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49、なげ池

「なんてことを……!!」


 投げにはイメージが大事とはいえ、中学二年生のような香しいポエムを口にしてしまうとは…!


 心が痛い!

 異世界に来てからの最大のダメージだ!


「おのれっ!

 幽霊小隊、やってくれる‼」


 プロアウェイさん、録画してなかったよね?

 鬼プロデューサーさん、チェックしてないよね?

 あの絶対零度の視線は俺の花崗の威力の8倍はある!

 川上さんも「あ・か・み・ね、くぅ〜ん♡、良い絵が撮れたよ〜w」なんて言ってくるに違いない。

 絶対言ってくる!


 いっそプロアウェイを破壊しようか…。


 震える手で首からプロアウェイを外し、逡巡する。











 “良いわ ワタルくん そのキャラで行きなさい”




 聞こえるはずのない、鬼プロデューサーの声が聞こえた気がする。


 プロアウェイの再生機能でも、念話でもない。

 単なる自分の心の声だろうが、少し心が軽くなった気がする。

 こんな厨二キャラは嫌なんですが…。

 これはもう心の闇の1ページに刻んで封印しておこう。

 安易に触れてはいけないものがあるのだ。


 青いランプのプロアウェイを首に戻した。

 まだ戦闘は終わってないのである。





 水晶のような半透明の6体の像が白々しい眼で俺を見ている、というのは被害妄想か。


 泥石を握り締め、怒りの投気を込める!


 俺の心に闇を植え付けた貴様らは、許さんっ!


「潰せ、泥石っ!」


 ジャンプからの投擲!

 6人の中央辺りの地面に激突!

 そこを中心に強力な重力が加わり、全ての氷の像は粉々になって地面に落ちた。


「成敗っ!」





 幽霊だから、もしかすると何事もなかったように復活するかと思ったが、溶けた後にはいつもの小石が残されていたので大丈夫だろう。


 小石の他にも残っているものがある。

 盾と剣だ。


「ん〜、なんだろ?

 俺の投げが触るな危険、と判断してる…」


 投げられなくない形状なのに、投げようかと思うと“辞めた方が良い”という感情が芽生える。

 これは投げ直感を信じて、拾わないでおこう。




 さて、時刻はそろそろ夕方という感じかな。

 今日も2戦して深い(心の)ダメージを受けたから、拠点に戻って休もう。

 明日はさらにこの奥を目指そうか。




 流星錘歩法でサクッと地上に戻ると、辺りは薄暗くなってきていた。


 亀は相変わらず燃えている…。

 火の勢いは収まってきているようだが、美しいイルミネーションのように赤い光が見える。



「水が減ってる…!」


 すり鉢状に落ち込んだ底の水はいよいよ小さくなっていた。

 もう直径25mほどだ。

 明日か明後日で水は無くなるんじゃなかろうか…。


「焦るな〜」


 こうなることは分かっていたが、減るスピードが早すぎる。

 ほんとに底に穴が空いてるんじゃないか?


「水瓶作って、アクエルオー様で水を移そうか…」


 明日はダンジョンアタックより、この作業を優先した方が良さそうだ…。










 次の日の朝、日の出とともに起きる。

 ヘビトンボの羽布団が見つかったので、快眠でした。


「あ〜、また減ってるなー」


 よし、水瓶を作ろう。

 散々地形を変化させた武器庫のあたりは掘削しやすいし、そこにしよう。



 塵除けに少しうず高くなっている場所を選ぶ。

 そこを先ずは平らにカットだ。

 縞石に投気を込めていく。


「絶対切断!縞石っ!」


 サイドスローで小山の天辺を横に切断!

 平らになった地面の中央にジャンプして角石を当てる。

 岩が粉々になり、すり鉢状にはなったが…。


「ん〜、効率悪い?」


 縞石を拾い、ジャンプからの投げつけで縦に亀裂を何本も刻んでいく。


 そしてひと抱えほどの瓦礫を片手で担ぐように持ち、構えて投気を込めていく。


「瓦礫砲丸投げ、再び!」


 片足で立ち、浮かした足の屈伸の勢いでやや後方に2歩ステップ。

 体重と瓦礫の重みが一体化。

 最後の一歩で爆発的な推進力を瓦礫に伝える!


 シュオンッ!  ヒュルルゥー……ドガーンッ!


 ライナーで天高く投擲された瓦礫は、亀裂を入れた地面に着弾!

 深い穴を穿つと同時に、岩板をバキバキと割った。


「おぉ〜、良い感じ」


 細かい瓦礫を取り除きながら、出来た穴に入っていく。

 厚みが30cmほどで畳サイズのデカい岩板が何枚もあるが

、異世界投げパワーでポンポンと外に向かって投げていく。 


 調子にのってそれを何セットか繰り返すと、水瓶どころかまあまあデカい池サイズの窪みが出来てしまっていた。


「また地形を変えてしまうほどの環境破壊をしてしまった…」



 まぁこの一枚ものの岩盤を削り出した池なら、どこかに漏れ出すこともないし、水を長く確保できるはずだ。


「早速アクエルオー様の水を溜めてみるか」


 ドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボド…


「どんだけ入ってんの?!」


 恐ろしい…。

 アクエルオー様が一番恐ろしいわ。


 お風呂数回分の水を吐き出し、ようやく空になる。


「……それじゃあ、湖の水を汲むか」


 湖と池とを何度も往復し、池に水がたっぷりと貯まる頃にはもうお昼過ぎになっていた。


「やっと完成した!」


 でも1人でこの岩ばかりの大地に人工の池を重機も無しに半日で作れるなんて、すごいことだよね…。

 文明圏に行っても道路工事とかで食っていけそうだ。

 あ、この世界の人は魔法が使えるから、もっと簡単に出来ちゃうかもだが……。



「よーし、この池の名は“なげ池”と命名する!」


 素晴らしい響きではないか、なげ池!

 俺は中々の出来栄えに満足するのであった。



「最後にアクエルオー様に補給しておこう」


 湖のすり鉢状の底がもう見えるようになった。

 水量は池と同じぐらいになっているのではないだろうか。

 アクエルオー様に水を補給する。

 また水深が浅くなった。


 生き物の気配は全くない。

 そして意外に大きな物は何も落ちてなさそう。


 生き物も物までもあの巨大亀が全て飲み込んだんじゃないか?


 残念。

 俺の車とか落ちてたらなー!

 色々助かったんだが、まぁしょうがない。


「ん?何か沈んでる!」


 久しぶりに前の世界産の物品だ!

 深いところだから潜らないといけないが、生き物はいないから大丈夫だろう。


 それは水深4m程のところに沈んでる。

 余裕で潜水できる深さだ。


 躊躇することなく裸になる。

 パレオはベルトを解くとバイーンと外れるが、ポンチョはもうパリパリに乾いて肩の形に固まっている。

 乾燥して少し色褪せているが、この鱗を見てるとウットリとしてしまう。

 緑石が対抗するように熱くなり我に返るんだが、敵に対しては全く効いている気がしない。


 モンスターや死んでるものには効かないのかな…?

 まぁ、効いてくれたらラッキー程度に思っておこう。



 ドプンッと水に潜って耳抜きをする。

 湖底にある物を掴んで浮上。


「プハーッ

 やっぱり、ビニール傘だ!」


 よくある安価な透明ビニール傘。

 陸に上がって傘を開いてみると、全然まだ使えるものだ。

 誰かが姫神湖に誰か捨てたんだろうな…。


 ゴミを捨てるな!


 でも有り難く使わせてもらいます!


 ここは雨振らなさそうな気候だけとね…。


 あ、でもでも誰も見たことないだろうし、対人戦で急にバッと開いたら虚を突けるかもな〜。

 ヒッヒッヒ…、卑怯ではない、そういう戦法だ!



 潜った感じ、もう本当に何も落ちてなかった。

 石でさえも。


 手札が出揃った、ということか。

 この手札でどこまで続いているか分からないダンジョンを進むか、地平線の向こうまで地上を行くかだ。


 手がかりはダンジョンのほうが見つかっている。

 やはりダンジョンを進むしかない。


 消えゆく湖を前に、俺は新たに決意をするのであった。


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