45、魂の行方
石の塔を巨大な槍のように投げ、巨大亀に突き刺した。
泥石の効果もあり、大地に深く縫い留められた巨大亀はもう動くことはできないだろう。
しかし巨大亀は元々死骸を無理やり動かせられているだけだ。
操っていた人魂の川上さんを消滅させないと、止まらないかもしれない。
俺は赤石を握り締め、静かに投気を込める。
弔いの業火を慈悲の愛火が届くように祈る。
「赤石、頼んだ」
シュンッ! ボオオオオオォォォォォォォォ…!
燃える。
一切が燃えている。
紅蓮の炎は付き刺さった塔を遥かに越えて天まで届きそうに高く高く燃え上がっている。
何もない荒野に唯一灯った篝火のように、周囲を明るく照らし続けた。
川上さんの人魂の青い光は見えないが、成仏できただろうか?
生命をかけて戦って、自分の人生を満足できただろうか…。
俺はふと、流派の使い手として戦って生命を落とした両親のことを想った。
彼らは自分の人生を満足し、納得したのだろうか?
『くっくっくっくっ…、アハハハハァ〜ッ!』
念話が届いた!
全然成仏してないじゃん!
どこだ?
念話じゃ方向が分からん。
『後ろだ!
お前の杖を奪ってやったぞ!』
振り向くといつの間にか移動していた青い人魂が、地面に転がっていた不死王の杖を包むようにしてメラメラと輝いている。
「その杖で何ができるんだ?
投げてみたけど、特に何も起こらなかったし…」
『投げるなっ!この投げバカ!』
「それは褒め言葉です」
『ちっ…
無知のお前には分からないだろうが、この杖にはSP能力がある!』
「エスピー能力?」
『そう、これには“転生”の能力があるのだ!』
「はぁ…」
『お前の姿と能力を奪ってからSP解放する計画だったが、亀を壊されたからには仕方がない…
俺は転生して人の姿を取り戻す!』
「人の姿…?
そんなことできるの?」
『鑑定済みだ!
お前は指を咥えて見ていろ!』
「それ不死の王が持ってたやつだし、それって…」
『SP解放!』
不死王の杖が光り輝き、人魂の青い炎を塗り潰すように覆い隠す。
そこに美しさはなく、不穏な感じしかない。
見えない何かが動いている。
光りに吸い寄せられるように集まってきているんだ…。
それは徐々に人型を取り始め、その姿が白く浮かび上がってきた。
それは記憶にある川上さんの姿……とは全くかけ離れた、理科室の全身骨格標本そのものだった。
『な、なんだこれは…⁈
骨じゃないか!』
骸骨の目の窪みの奥に青い炎を宿して、骨が狼狽えている。
「不死の王…
その杖を持っていた不死の王は骨だったよ」
『……くそっ!
骨の化け物では……俺の望みは叶えられない!
やはりお前の体を乗っ取るしかないっ!』
骨の川上さんは杖を拾い構える。
敵意に満ちた暗い思念が絡みついてくる。
不死の王となった川上さんは呪文を唱えた。
ヤバい!
ビニール袋から掴み出した石を投げる!
バキン!
自動防御の壁か!
『溺れ死ね!』
《水之嵐》
いきなり何もないところから大量の水が出現して俺を飲み込み、激流の中でシェイクされて天地を見失った!
何という激流、このままでは溺れ死んでしまう。
お師さんに滝壺に落とされた時と同じように、必死に藻掻くしかできない。
「藻掻くからいけねーんだよっ、わたるぅ」
「そりゃ藻掻くわ!
危うく溺れ死ぬところだったぞ!」
……これはいつの記憶だ?
初めて滝壺に落とされた中一ぐらいの時か…。
「焦って流れに逆らい、浮上しようとするからダメなんだよ」
「じゃあ、どうすれば良いんだよっ!」
「水の流れは早いところがあれば、遅いところも生まれる
流れに乗って深く潜り、緩やかなところに流れてきてから浮上するのさ
超簡単だぜぇ」
「息が保たんわ!」
「だから焦るからだっつーの
焦んなかったら5分ぐらい余裕っしょ」
「そんな簡単にできるか!」
「と、いうわけで!
もっかい逝ってこいっ♪」
「こ、こら何しやが…!」
ドッボーンッ!
滝壺に蹴落とされていく時に見た、お師さんの笑い顔を俺は一生忘れないだろう…。
この水の嵐は、あの大瀑布の滝壺よりも、ヌルい。
だったら超簡単じゃねーかっ!
俺は流れに逆らうのをやめ、流れと共に泳ぐ。
流れに乗っていると、俺は水の一部となった。
むしろ俺の流れについて来させるのだ。
その激しい流れの勢いを利用して、俺は飛魚のように空へ飛び上がった!
「ブーメランッ!」
飛魚が胸ビレを水平に広げるように、サイドスローで2枚のブーメランを投げた。
そして地面に着地すると同時に雷石を投擲!
バシュッ バリバリバリバリバリバリ!
自動で出現する壁に直撃は阻まれるも、電撃は届くはずだ。
そこに左右からブーメランが襲い掛かる!
ズガガーンッッ!!
頭蓋骨を残し、不死の王の川上さんの上半身は粉々に砕け散った。
『やっぱりお前には勝てないな……』
目の奥に青い炎を宿す頭蓋骨の川上さんの念話がポツリと届く。
『俺は主人公になりたかった…!
どこに行っても主人公のお前が羨ましかった!
だからお前の全てを奪い、お前になり変わってこの異世界で暴れやるつもりだったのに!
無念だ…
俺はやはり脇役で、主人公の活躍を眺めるだけのモブだったようだな
赤峰くんの首に掛かってるプロアウェイみたいに、君の活躍を黙って撮るのがお似合いな存在なのさ』
「俺は!…川上さんの撮る映像が好きだったですよ…」
『だからカメラマンの経歴は嘘だと…』
「川上さんがいつも良い絵を撮れるように研究してたの、みんな知ってますよ!
俺達も視聴者さんも経歴なんかで判断して動画視てないし!」
『………もう良いい
何かを奪い、乗っ取ることに疲れた…
赤峰くんの力なら、この人魂やら骨になった俺を終わらせてくれるんだろ?
……やってくれ』
「川上さん……」
俺はビニール袋から石英を取り出し、ありったけの投気を込めていく。
魂だけ迷いこんでしまった哀れな川上さんを浄化して、もし出来るなら元の世界に送り返してやりたい。
そんな祈りの想いで、投げた。
バシィッ キーーーーーンンンンン……!
石英で頭蓋骨を砕くと、石英は高い音を上げながらキラキラと神秘的な光を撒き散らしていく。
そしてその音はどんどん高くなり、可聴領域を越えで、細かい振動になっていった。
輝きの中で不死の王であった骨は全て白い砂のようになり、青い魂が露出している。
川上さんの青い魂が俺を見ている。
もう念話は届かないが、お礼を言われているようにも、何かを託されたようにも感じた。
「川上さん
俺はこの世界で精一杯生き抜くよ
川上さんの魂が前の世界に届くよう願ってます
さようなら」
振動はさらに細かく早くなり、とうとう光に変換されていくかのように強い光を放ちだした。
眩しくてもう見ていられない!
強烈な光と音にならない音が治まる頃、そこには白い砂しか残されていなかった。
「いったか…」
渡れたかな……。
どこか神聖な空気のなか、俺は元同僚の魂の冥福を祈った。
その首に掛かるプロアウェイは青いパイロットランプを灯し、静かに夜空を映すのであった。