44、夜の異世界投げ祭り
『笑わせるな!
超越者となった俺に冒険者でもないお前に何ができる!』
優越感に浸るように笑っているのは、前の世界の同僚の川上さんの変わり果てた姿だ。
巨大な亀の頭部から青い炎が立ち上がるようにして宿っている。
正直この鯨サイズの化け物に戦いを挑むのは馬鹿げている。
彼を放置して、この世界にどんな影響が出ようが知ったこっちゃない。
あの日、自らの意思で湖に来て、この世界に落ちたのだから自己責任じゃないか。
俺だって同じ立場なんだし。
逃げても良いだろう。
それでも……!
俺を倒したい、否定したい、乗り越えたいという川上さんの魂の叫びに応えたくなった。
川上さんは前の世界でひたすら自分の本性を隠して生きてきたんだろう。
異世界に来て、開放された。
魂の赴くまま、乗っ取り続けるのだ。
俺と一緒じゃん。
乗っ取ることに拘った男と、投げに拘った男。
どちらの拘りが強い意味を持つのか。
「勝負しようじゃないか」
決断してしまうと、何の屈託もなく心からニッと笑ってしまった。
お互いの生命をかけて、戦う。
「俺の望んでた世界だ!」
『ほざけ!
そんなステータスで粋がるな!』
「天現捨投流 投神、参る!」
『なっ……?』
「おりゃー!」
俺は密かに投気を込めまくっていたダブルヘッドの槍を亀の頭部に投げつけた!
ズッガーーンッッッ!!!!
頭部は甲羅の中に引っ込んで無傷だが、槍は甲羅を砕いて根本まで深々と付き刺さった!
『馬鹿なっ!』
甲羅は大きく陥没しひび割れているが、何せ巨大生物ゆえに大したダメージになっていないかもしれない。
『何のロールも持たないお前が何故こんな力を持っている?!』
「異世界投げパワーだ!」
『そんなものあるかっ!』
武器庫の方角に誘いながら、ミズカマキリの槍を水に浸けつつ、会話で時間を稼ぐ。
「川上さんだって変な乗っ取る力があるんでしょ?」
『これはユニークスキルで、この世界のシステムに沿ったものだ!』
「ユニークスキル…?」
『ちっ、そんな事も知らん雑魚に傷をつけられとはな!
まぁ良い
お前の身体を奪って、その意味のわからん力を調べてやる…
俺は、お前に、なる!』
巨大亀の周りに幾つも渦巻きが現れ、そこから水柱が何本も立ち上がる。
そして水柱の先端がこちらに向けられた。
これは銀狼の氷柱攻撃と同じタイプ…?
『死んで俺の身体になれ!』
渦巻く巨大な水柱が凄まじい質量を持って噴出された!
俺は足で投気を込めていた水に浸かっているミズカマキリ槍を蹴りあげ、手に持ち構える。
「斬り裂け!水刃!」
水柱を水刃が切断する!
切り離された水柱は、形を失ってただの水になった。
しかしその勢いは殺せず、俺は巨大な津波に飲まれるように押し流されてしまった。
波にさらわれ揉みくちゃにされた後、ようやく立ち上がれたのは湖からだいぶ離れたところだった。
長い距離を転がされたが、幸い擦り傷や軽い打ち身程度で済んでいる。
「川上さん…、亀はどうなった?」
巨大亀は水刃と槍の直接攻撃を受けて激しく損傷しているが、体全体から見るとほんの一部でしかない。
深い傷もあるものの、血は吹き出していないのは亀が生命活動をしていないからだろう。
俺も川上さんに負けた場合はあんなふうに無理やりしかばねを酷使されるのか…。
嫌だな。
雄々しく戦って、負けたら死んで静かに眠ることこそ我が流派の本懐。
「あ…、だから両親のお葬式の時に親戚のみんなは悲しまなかったのか…?」
あの時は知らなかったが、親戚はほぼ全員が流派の使い手だ。
同じく流派の使い手だった両親が戦って亡くなったのだから、静かに送ってやったのかもしれない…。
何も知らされていなかった俺には理解できなかったが。
「あっ!杖は?」
あたりを見渡すと杖は後方に転がっている。
川上さんは何故かこの杖に固執している。
絶対に渡してはならない!
走って杖を拾い、そのまま武器庫に向かう。
追って来い!
『くそう…
なぜ赤峰に水属性魔術が使えるんだ?
また傷が増えてしまったぞ…
この体は修復できないというのに!
赤峰は?
そこか……逃がさんぞ!
亀は陸上でも走れるのだ!』
ズシィン ズシィン ズシィン…!
追ってきた!
予想以上に早いな。
…だが間に合った!
少し高くなっている場所に立ち、迎撃に移る。
「ここは俺の武器庫!
これから俺のターンだぜ!」
巨大亀との距離は50mほど。
余裕で当てられる。
アトラトルとミズカマキリの槍を並べる。
その数7本。
それにここは調子にのって切り出した岩板が散乱している。
やり投げ&円盤投げ&砲丸投げ祭りだ!
わっしょい!
「闘いに臨むつわものは皆、我の前に在りて陣列をなす!
行くぞっ、川上さん!」
先ずはアトラトルにミズカマキリ槍をセットして5連射だ!
そのあとは手当たり次第に岩板や瓦礫を投げ放った!
次から次へと、岩の形状に合わせて最適な投げを繰り出す。
当たったのを確認せずに適当に投げているようで、全弾命中している。
巨大亀は水の壁を作り防御するが、それならば大きな放物線を描いて上から当てたり、水切りで切り裂いたりと問答無用で投げていく。
この距離なら巨大亀の攻撃は届かず、一方的に攻撃できるのだ。
「この距離でっ!削りきるっ!」
「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ…!」
あれほど山のようにあった武器庫の岩板や瓦礫が少なくなってきた…!
この量をぶん投げられる自分の体力も驚きだが、それに耐えている亀も驚きだ。
俺は武器庫から、いつも寝ている高台の方へと戦場を誘導する。
この高低差は亀にはキツいはずた。
甲羅はボロボロになっているが、中身にどれ程のダメージを与えられているかが分からない。
亀の死体を操ってる人魂の川上さんがいるなら、亀は動く。
ゾンビのように。
『…どうした、赤峰ぇ
もう終わりか?
異世界にまで来て石を投げるとはお前らしいな
だが、石ぐらいで俺は止まらんぞ!』
再び亀が前進する。
水から完全にあがった亀を見ると、甲羅以外も結構ボロボロになっていることに気付いた。
俺の石でできた傷じゃない。
湖の他の生き物と戦った際にできたものだろう。
そうか…、あの水の中にいて回復しないとなると、死体の傷は癒えないんだな。
当たり前か。
ならば削るのみ!
俺はアクエルオー様で水分補給し、角石に投気を込める。
狙うのは巨大亀ではなく、俺の寝ぐらがある高台の、塔のようになっている根本だ!
「頼みますっ角石先輩!」
シュンッ! バゴンッッ!
塔に投げつけて、できた瓦礫や岩板を亀に投げる。
投げるものがなくなれば、角石で砕いて岩を切り出す。
それを何度も繰り返すが、巨大亀はどんどんと接近してきた。
もう巨大亀の攻撃が届く範囲に入っているだろう。
でもあの水柱は湖の水を利用していたが、この完全な陸地でも使えるのか?
『知らないだろうがなぁ、赤峰
この世界ではダンジョン以外では放出系の魔術を使うことはできない』
「………」
『しかぁし、この何もない岩ばかりの大地はな、ダンジョン扱いなのさ!』
「…はぁ」
「だから魔術が使えるんだ!』
《水之槍》
何やら呪文を唱えたかと思ったら、空中に水でできた杭のようなものが出現した!
そして射出!
早い!
水の槍が俺に迫る!
鋭い槍が!
槍か!
「槍は投げるものー!」
胸に水槍が吸い込まれる寸前に抱きかかえるようにして一緒に回転!
巨大亀に向けて投げ返してやった!
「投げれば投げ返される、忘れるな!」
まさか水槍が投げ返されるとは思ってなかったようで、首を引っ込める間もなく命中!
首の根本付近を抉るように付き刺さった。
『……何故だ!
何故お前にそんなことができる!』
「だから異世界投げパ…」
『うるさい!
この世界にはなぁ、人が使える魔術と魔技には厳密なルールがあるんだ!』
「そんなもん、投げ捨てちゃえば?」
『は?』
「せっかく異世界に来たんだから、ルールに囚われないで殺ろうぜ!」
『……お前はいつもいつもそうやって…!
クソっ!
その分けのわからん力の正体を暴いてやる!』
《解析》
まただ!
深く視られた感覚に頭の骨の内側がこそばゆくなる。
『な、なんだこれは?
…投げ……補正……神?』
おそらく川上さんは俺の情報を読んで、驚きに我を忘れている。
魔人も驚いてたし、何かあるんだろう。
でもな。
「戦いの途中で自分を見失うことは、則ち死を意味するぜ」
最後のミズカマキリ槍だぜ。
投げるは高台の塔!
「切り裂け、水刃!」
バシュッ!バシィィッ!
まだか!
だが、あと一息で塔は折れる!
俺は投げによって切り崩された塔の根本に取り付き、小さく揺らしていく。
最初は小さな揺れでしかない。
しかしこの塔の固有のリズムに乗れば、その動きは徐々に大きくなる!
今の俺なら、この巨大な投気をも投げられる!
「そこだー!」
揺れの振動に耐えきれずに投気の根本がボキリと折れ、ゆっくりと倒れていく。
それを円の動きで逆らわないように、力の方向を変えていき、蹴り上げ投げ上げた!
お師さん、技を借りるぜ
「天現捨投流 抱き巴天上投げ! どっせぇぇぇぇ〜いぃ‼
倒れるかと思われた塔は、その慣性の方向を変えられて、まるでロケットのように高く飛び上がった!
「行けえぇぇぇぇぇぇー!」
高く飛翔した巨大な岩の槍はその先端を下に向ける。
「仕上げだ!」
ありったけの投気を泥石に込めて、岩の槍に投げつけた!
重力マシマシで喰らえ!
ドッッガガガァァァァァァァーーーーンンン!!!!
地響きと衝撃を蒔き散らしながら、巨大な岩の槍は巨大な亀を大地に縫い付けるように付き刺さった!
それはまるで巨大な墓標のように…。