41、ゾンビ
両頭の巨大黒犬を倒した後に残されたものは、いつもの小石と得体の知れない肉片のようなものだった。
少し気味が悪いが拾ってみると、ボール状で中に水でも入っているかのようにタプタプとしている。
ぐっと握ってみると、液体が少し飛び出てきて地面に落ちた。
「うわっ⁉」
地面に落ちた液体はいきなり激しい炎を上げた!
この炎の感じは両頭の犬が口から吹いたのに似ている。
体の中にそういう発火する液体が入った器官を持っていて、それが残されたのだろう。
「これは危険物だな…」
火で攻撃したけれぱ赤石を投げるから、微妙っちゃ微妙だな。
投げ頃サイズだし、とりあえず持っていこうか…。
取り扱い注意!
軽く休憩をとって、さらに奥へと進む。
流星錘罠解除歩法で一本道を進む。
すこぶる快適である。
罠はあるが、適度にある方がむしろ飽きがこなくて良いぐらいだ。
爆発やガス以外に、極稀に発動後にキラキラと美しく輝くものもあった。
無論、恐ろしくて回避しているが、どういう内容の罠なんだろうか?
「分岐点か…」
通路が左右に分かれている。
これも右に行こう。
魚皮紙に書き込む。
今のところ迷う心配はないが、ぐるぐると同じところを回らないように、だいたいの距離感も記録している。
「ん…?」
しばらく進むと何かの気配を感じとった。
ゴブ槍を構えて投げ集中して待っていると、一つじゃなくて数多くの足音が聞こえてきた…。
ただ、どれもが鈍重で覇気というものが感じられない。
通路なのでミズカマキリ槍の水刃で一掃したいところだが、先ほどの両頭犬との戦いでその力は使ってしまった。
水に浸けないと復活しないだろう。
さらに投げ集中。
見えてきたのは無数の人影。
ただ、誰もが腐りかけのボロボロで、とっくに生命活動を終えているように見える者たちばかりのようだ。
みな声を上げることもなく覚束ない足取りでフラフラと歩いていて、それが最後尾が見えないほど延々と続いている。
これは俺でも知っているぞ。
「ゾンビだ…」
様々に欠損した体に白濁した眼球で虚空を見やり行進してくる様は、強烈な生に対する冒涜感を感じる。
関わりたくないという拒否感と、このままにはしておけないという義務感でせめぎ合う。
「………天現捨投流 投神、参る」
ここはダンジョン。
戦いあるのみ。
フィフドラでは1回も『逃げる』を選択したことはない!
「ゴブ槍、逝ってこい!」
バシュッ! ドガーンッ!
直線の通路が幸いしてかなりの人数にダメージを与えた。
しかし頭や胸を破壊しないと止まらないようで、片腕や片足などを失った程度ではその行進は止まらない。
「ダブ槍、いけー!」
多くの者を巻き込めるタイミングを見計らい、ダブルヘッドが残した槍を投擲。
素早く位置取りを調整する。
アクエルオー様の水が勿体ないが、ドボドボとミズカマキリ槍に掛けてみる。
む、色が変わったな。
「水刃よ、切り裂け!」
バシュッ シャャャャー!
片膝立ちの低い位置から投擲した槍は、見える範囲の全ての者の頭や胸を切り飛ばした!
「流石!」
槍は使い切った。
まだまだ追加が来るわー。
お次はブーメランでいこう。
この通路は決して広くはないが、ノンリターンのこのブーメランなら充分に通せる!
引き付けてから1本ずつ投擲する。
避けるという動作をしないから駆け引きとか、いらんっ!
「砕け!ブーメランッ」
まだ来やがる。
選抜ナイフを投擲し、その間にハツ石を地面に並べる。
そろそろ接近戦になりそうだ。
「直接触れるのは嫌だな〜」
ズルズルと距離を詰めてくるゾンビの群れを見ながら嘆いてしまう。
縞石を握り締め、サイドスローの構えで投気を高める!
「オォァァアッ、水切りっ!」
ジャッ! ズパーーンッ!
ミズカマキリ槍の水刃と同じように、ほぼ全ての者の上半身を切断した。
たがまだ終わりは見えない。
よし、赤石の浄化の炎で場をリセットしよう。
そして、前進して武器を拾う!
「全てを焼き清め給え!」
バシュゥッ バゴオオオオオオォォォォォォォォ!
通路はもう紅蓮の炎しか見えない。
盛大な火葬となったな。
こんな通路で巨大な火を点けると色々危険そうだが、赤石の炎は燃焼に酸素を必要としていないように思える。
魔法的な何かだろう。
ビニール袋に入っている両頭犬の肉玉の火は、前の世界の科学的に説明できる火のような気がする。
火傷したときの感じか推察するに、ね。
今のうちにと思って水を飲み、小休憩を取っていると火が弱まってフッと消えた。
もうちょっと燃えると思ってた…。
『貴様か、我が軍勢を平らげたのは』
念話キターー!
まだ姿は見えないけど、ビビッと伝わってきましたよ念話が!
気持ちが伝わるって最高!
俺も念話使えないかな~。
どの地域、世界に行っても楽勝じゃん。
言葉が通じたら、世界の戦争の半分は無くなるんじゃないかな。
細かいニュアンスを含めて、お互いを理解す…
『答えよ、下賤の者!』
「えっ?あっ!念話って心の中で思ってるだけじゃ伝わらないんですね?
音声を同時通訳とかしてるんですか?
いやでも俺に届くのは音じゃないし、体に直接響く骨振動的なやつですか?
それともやっぱり物理方式を一切無視した魔法的なパゥワーで問答無用に伝えちゃうんですか?」
『ごちゃごちゃと五月蝿い、下郎!』
ちょっと久しぶりの会話なんでテンション上がっちゃったか。
怒られちまったぜ。
通路に漸く姿が見えてきた。
大勢のゾンビを引き連れて現れたのは、ゾンビではなくて理科室の骨格標本みたいな奴だ。
それが上等そうな長いローブを着て、曲がりくねった杖を持っている。
ゾンビより清潔感があります。
はっ、そうだ!
いつも聞きそびれるから先に聞いておこう!
「先生、教えて!
ここから人の住む街にはどうやって行けばよろしいのでしょうか!」
ビシッと片手を上げて失礼のないように質問してみた。
おしゃれ骨格さんは口を開けてカラカラと音をたてた。
……これは嘲笑、かな?
ゾンビに何かしらの指示を出したようで、後ろの軍勢が動き出す。
『下賤の者の問いに答える口は持たぬ
貴様はただ我が軍勢に加われば良いのだ』
それってゾンビになって、ですよね?
「断る」
せっかく連れてってくれるというのだが、生命を奪われたんじゃ意味がない。
この世界で生き抜くって決めたからな。
まぁこうなる事は分かってたけど。
「天現捨投流 投神、参る」
先手必勝!
花崗を拾い、投気を込める!
全てを凍りつかせろ!
「投げるっ!」
バシュッ! ビキビキビキビキビキビキ…!
「泥石!」
バシュッ! バリィンバリバリバリ…!
どうだ!
このコンボは!
何やら強そうなゾンビ達だったが、凍らしてからの荷重で粉々に砕いてやった。
残るは後方に控えていた骨格標本のみ!
『珍妙な魔術を使うな
ユニーク魔技か?』
「なにそれ?」
『どんな技をもってしても、人の身ではこの不死の王たる我には通じぬ
ほれ、追加じゃ
藻掻いてみよ』
カタカタと口を鳴らし、曲がりくねった杖を振ると多数の地面からゾンビが這い出てくる。
「結構ピンチ」
今ある手札は、角石、石英、緑石、雷石、流星錘、爆炎肉玉。
この内、キーとなるのは石英だろうか。
ゴブリン王の大剣を清めたから、ゾンビたちにあのキラキラは効きそうだ。
どのタイミングで投げるかだ。
自称不死の王さんはゾンビを壁にして安全な後方で観戦してやがる。
しかも花崗や泥石の効果を不死の王の周囲だけ打ち消された気がするから、未知の力を持っているはず。
余裕ぶっこいてるうちに仕留めないと、こっちがヤバい。
肉弾戦はともかく、魔法をかなり使える奴と見た。
後方……。
よし。
「かけるか」
さっきよりも更に強そうで新鮮なゾンビがこちらに向かって走りだす。
…って走れるのかよ、オイ!
俺は地面に並べた緑石と雷石をしまい、角石と石英を掴んで投気を込める。
二つ同時にやったことはないが、やらねばならん。
「清めよ、石英っ!」
バシュッ! キラキラキラキラ……!
やはり石英はゾンビに効くようで、無数にいたゾンビは光に包まれて溶けるように消えていった。
『ほう、聖属性まで扱えるか』
石英を投げると同時に走りこんでいた俺は、不死の王に向けて角石を投げる!
「角石先輩、よろしくっす!」
『氷之壁』
バシュッ! ガインッ! ビシッバキン、バキバキ…
数mという至近距離から投げられた角石は、不死の王が突き出した手を中心に広がるように出現した氷の壁に阻まれてしまった。
それでも角石の力で氷の壁を砕いた。
『我が氷之壁を砕くとは、貴様そう見えて高レベル冒険者か!』
「そうだな、投げを極めんと冒険ばっかしてきたよ
…でね、もう投げてあるんだけど…」
『なにぃ?』
「ルアーだよっ!とぉー!」
角石を投げた際に不死の王の足元投げて転がしておいたルアーを手繰って後方に投げ飛ばす!
ルアーは狙い通り不死の王のロープに引っ掛かり、そのままグンッと手元に引き寄せた!
強力な引っ張りに耐えられず、王の美しいロープがスボンッと抜けた。
骨ゆえに分からないが、驚愕の表情を浮かべたことだろう。
まさしく骨格標本のような貧相な姿になってしまって蹌踉めく王の顎に、そっと優しく手を添える。
さも、支えてあげるように。
そうやって意識をずらしながら、足を掛けて捻りながら地面に投げつけた!
バギャン!
後頭部から地面に激突し、王の頭蓋骨は軽い音を立てて粉々に砕けちった!