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38、修羅

 俺は氷柱(つらら)を投げ返し、銀狼に大ダメージを与えた。

 高速で射出された氷柱も銀狼が投げた物だと思えば、投げ返せるんだから不思議…。

 しかし俺が投げ返した氷柱は銀狼が投げ放ったものよりも数段早く、銀狼も投げ返されるとは思わなかったようで胸に深々と付き刺さった。

 相当なダメージのようで、銀狼の周りに浮いていた氷柱や氷塊は地面に落ちて溶けていく。


 …終わりにしよう。



「編集さん、モザイク頼む…

 ぉおおおお…行けっ!赤石!」


 バシュッ!  ドガンッ! ブオオオオオォォォォォ!


 ありったけの投気を込めた赤石は、天井にまで届く巨大な炎をあげて銀狼を包み込んだ!



 美しい毛皮が焼かれていく。

 悲鳴にもならない掠れた音が聞こえる。

 戦場において、戦えばそこに死が生まれる。

 我が流派は殺し合って生き残るための技術を伝えてきた。

 死と向き合ってきたのだ。

 相手の生命を奪う時には、喜怒哀楽の心を持ってはならない。

 修羅と成りては生命を賭して戦った場への敬意と称賛しか抱いてはならないのだ。


 今はその意味がよくわかる。

 それは自らを護る心の在り方だ。

 この焼かれていく美しい生き物を見て、そう思った。



 ピキ……、ピキピキピキピキピキッ、ビキビキビキ!


 小さな硬い音が聞こえる…。


 銀狼は蹲ってるようだが、キラキラと銀色の光が見える。


「自らを凍らせたのか?!」


 戦いはまだ終わっていなかった!

 相手の息の根を止めるまで気を抜くなと散々お師さんに言われてきたのにな、怒られるなこりゃ。


 素早く2本の剣を構える。

 1本は岩卵から出てきたやつだ。

 銀狼は分厚い氷に覆われて、炎を完全に遮断したようだ。





 来る!


 ………バキンッ ドンッ!


 氷の塊を割ってボロボロの銀狼が飛び出してきた!


 選抜ナイフを投げ、片目に付き刺さったが全く動じずに走ってくる。

 覚悟を感じる。


 …光栄だ。


 流派独特の歩法。

 動いてないように見えて動いている。

 いつの間にかその場所に居るように見えるのだ。

 それをわざと早めに見せ、かける!


「天現捨投流 鬼返し投げ」


 ズッガーンッッッ!




 最後の力を振り絞るように突っ込んできた銀狼の虚をつくような動き。

 反射的に咬みつこうとしたところに俺は存在せず、刹那の隙が生まれた瞬間に腹に潜り込み、剣を突き立てながら地面に投げつけた!

 意外に体の柔らかい銀狼の体は、雪崩れるように投げてもダメージは与えられない。

 一気に背骨を地面に激突させて砕くような投げだ。


 銀狼は完全に沈黙した。








「きょ、強敵だったな……」


 ただの狼がなんて強いんだ!

 1匹だから何とかなったけど、群れでこられたら完全にアウトだな。


「これは先が思いやられるな〜!、って…あれ?」


 仰向けで横たわっていた銀狼が急激に形を失い溶けていく…。

 スライムや異形の者と同じだ。

 そして謎の水溜まりとなってしまい、その中には小石と大きな牙が2本残されていた。


 あんなに存在感のあった巨体がこの短時間で小さな水溜まりになるなんて、色々おかしい。

 急速に腐食していくとかではなく、生命を失うとその姿を保ってられない、というような感じだ。


 ダンジョンの中だから?

 いや、ゴブリンは溶けることはなかった。


「ん〜、わからんっ」


 いま考えても答えは出ない。

 これ以上の考察はまた今度。


 銀狼が残したものを拾う。

 小石は大きい。

 ゴブリンの王よりでかいぞ。

 2本の牙は手のひらに収まらない程の大きさだ。

 まあ投げられないこともない。




「痛たたた…」


 おっと抉られた腕をアクエルオー様で治療しよう。

 しばらく休憩だ。








 水を飲み、傷口を洗って安静にしていると大分回復した。

 干魚をかじり、投げ散らかした武器を拾って探索を再開する。

 ゴブリンの槍が1本砕かれてしまったが、牙2本増えたから良しとしよう。


 1本道が続くが、曲がりくねっている。

 罠もところどころあるので、気が抜けない。

 この先に人の文明圏があるとは思えなくなってきた。

 6人組もあの魔人のように『転移』という瞬間移動魔法で、遠いところから一気にやってきたのだろうか。

 だとしたら、このままこのダンジョンを探索しても意味がない。

 上を歩いていく方が安全だ。

 いつか判断しなければならないが、しばらくはこのダンジョンを捜索することに専念しよう。



「ん?これは…?」


 急に通路が狭くなっている。

 大人一人がやっと通れる程度だ。

 まるで門のようにそこを越えると広い空間があるようだ。


 中を覗いてみる。

 暗くてよく見えない。


「誰かいますかー!」


 ……返事はない。

 何かが動く気配もなかったので、生き物は何もいないのだろう。

 この狭い門をあの銀狼が通れる訳もないから、この門よりこちら側を徘徊していたのか…?

 とにかく入ってみよう。


「お邪魔しま〜す…」


 中は銀狼と戦った場所と同じような広間。

 危険な罠はないが、何か違和感を感じる…。

 念のため…


「指弾」


 小粒の小石を地面に当てる。

 軽い音を上げて小石は砕けた。

 何も起こらないのを確認してから、一歩踏み出したとき…、

 床が魔法陣の光で輝きだした!


「転移か?」


 何度か見た光の乱舞。

 一際明るくなったあと、そこには奇妙なシルエットを浮かべる生き物が出現していた。


 ウゴゴオオオオオオオオオオォォォォォ!


 二重に響く咆哮!

 現れたそいつは人型ではあるが巨大…、巨人だ!

 それに頭の両サイドに顔が二つ、腕も4本あり、それぞれ違う武器を持っている。

 魔人ではないと、なぜか直感的に理解できた。


 真正面を向いているが両サイドの二つ横顔から睨まれていると、変な感覚に陥る。

 サイドに回り込んでも死角を取れないのか。

 肩は上下に付いていて、そこからそれぞれの腕が伸びている。

 むちゃくちゃだが、体の統制は取れている滑らかな動きだ。

 頭の形状的に脳は一つに思えるんだが、よく処理できるな…。


 っと、前の世界の定規で測ってはいけない。

 俺の異世界投げパワーのように、何か不思議なパワーが働いているのだろう。


 身長は4mぐらいか。

 足は巨木のように太く、鈍重そうだ。

 しかし4本の腕から繰り出される武器の攻撃は遠心力と質量で掠っただけで危険。

 インド由来の仏様、明王や阿修羅のような姿をしているが、我ら流派も戦いにあっては修羅と化す。

 どちらがそれに相応しいか勝負だ。



「天現捨投流 投神、参る!」


 先ずは安定の角石先輩からだ!


「投げるっ!」


 シュンッ! バキン!


 ほう、俺のシュートをバットに当ててくるとはなかなかやるね!

 バットじゃなくて、棍棒だが。

 でも、


「角石先輩を舐めんな」


 ビキビキビキ…


 角石を弾いた棍棒に亀裂が入り粉々に砕ける。

 投気をたっぷり込めたからな!


「ゴブ槍、逝ってこい!」


 バシュウンッ! ズガッ!


「縞石っ!」


 シュンッ! ガキンッ! バシィィッ!


 ゴブ槍は見せ球。

 やはり叩き折られた。

 縞石も同じように剣で叩き落とされたが、切断の衝撃波が直撃した。


 グゥオオオォオオォォォオウウッ!


 剣を弾き飛ばすことに成功したが、衝撃波を喰らったのに大したダメージはなさそう。

 というより高速で回復していきやがる。

 タフだな。

 武器を二つ落としたのから、今このダブルヘッドの巨人が持っているのは、槍とよく分からない金属の塊の二つのみ。

 金属の塊は盾のようなチャクラムのような感じで、防御にも攻撃にも使えるのだろう。


「石英っ!ゴブ剣っ!」


 足は遅いので、俺は常に有利な位置取りをして投げに良い中距離を保つ。

 しかしダブルヘッドに死角は存在しないようで、投げに的確に反応してくる。

 唯一の弱点というか、苦手なのは足が2本しかないので背後に回ると対応が遅いというところだ。


 しかしタフだな!

 石が当たっても、暫くすると腫れが引いてやがる。

 長期戦になるぞ、こりゃ。


 よし、仕掛けるか。


「ブーメラン!」


 俺は床にミズカマキリを転がし、2本のブーメランをサイドスローで同時に投げた。

 そして、ダブルヘッドに向かってダッシュ!


「泥石!」


 これ見よがしに近づいてからの投擲!

 

「3点同時攻撃だ!」


 ザシュウゥッ!ゴガガッ!


 複雑な軌道を描くブーメランで両サイドの顔を狙ったが槍と盾で防御された。

 しかしそれに気をとられたダブルヘッドの鳩尾(みぞおち)に泥石が命中!


 グオオオオオオオォォォオォ!


 ダブルヘッドは痛みと泥石の効果で重くなり、片膝をついて苦悶の表情を両サイドで浮かべた。

 畳み掛ける!


「電気石っ!…からのミズカマキリ槍っ!」


 ガゴッ! バリビリビリビリビ! ズババンッ!


 泥石を投げてからすぐにバックステップで距離をとって電気石を投げ、そして槍を拾い投擲。

 電気石の直撃は盾で防いだが、電撃は通じたようで震えている。

 そしてそこに水の刃を伴った槍が飛来し、ダブルヘッドの胸を引き裂いた!


 ウゴオオオオオオオォォンン!


 致命傷と思われるが、驚異の回復力があるので止めを刺す!


「花崗っ!」


 俺はダブルヘッドに向かって走り出し、花崗を投擲!

 首元に命中させ、動きが止まったところに飛びついた!


「天現捨投流 首螺旋投げ!」


 凍りついた首を捻るようにして投げ技をかけると、氷が割れるように首が砕け散った!






「我は修羅なりて無残なり」



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