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33、投げる意味

 放浪を終えて家に戻り、国も交えての話し合いの末に宗家相続放棄及び移譲手続きを申請した。


 俺はもっと大きい世界で投げる。

 それは両親も先達もいつかは納得してくれるはずだ。


 それが海外で投げを見つめ直した結果、導き出した俺の答え。


 お師さんはその答えを支持してくれた。


 これ以上秘匿道場に通うことは許されなくなったが、意外にも特殊公務員の予備員として登録され、赤峰家に伝わる伝統芸能の表向きの広報担当に就任することとなった。

 なので赤峰家には留まったままという、中途半端な状態だ。


 それは俺のこれまでのアスリートとしての活躍による知名度を重視された結果で、隠れ蓑となる為の表の顔としての活躍を期待されてのことらしい。


 広報といっても普段は何もするとこはなく、年に数回の伝統芸能の活動実績を作るのみである。


 なので基本的に自由であるのだが、一応は広報ということなので話題の動画共有サービス『エムブロ』を活用できないかと考え、詳しい方を紹介してもらった。


 そう、それが後に一緒に会社を立ち上げて活動することとなる鬼ブロデューサーこと鬼塚琴音さんだった。


 彼女は俺より少し年上のメガネがキリリの似合うクールビューティーで、めったに笑わないがとにかく仕事ができる人だった。

 赤峰家の紹介動画など、数件の仕事を共にしたあと、彼女から一緒にブロキャサーとして活動しないかと誘いを受けた。


 『一緒に新しい投げ世界を探しにいきませんか?』なんて言われたら誰が断れるようかっ!


 そして鬼塚プロデュースの企画で現役アスリートたちに勝負を挑み、勝利を重ねる動画はネット上で話題となった。

 動画は爆発的に視聴者を獲得し、会社『マザズランド・エヴァンジェル』を設立してチャンネルを運営した。

 会社名が長いので誰もその名で呼ばず、『マザズ』とか『ウチの会社』とかしか言わなかったが…。


 動画の内容が段々とエスカレートして一部からは迷惑系と敬遠されてしまうが、認知度が上がってからは勝負にこだわらない内容で幅広い層に受け入れられる動画作りに舵を切ることで、安定して登録者数を伸ばすことができた。

 鬼プロデューサーいわく、全て既定路線らしいが。


 鬼プロデューサーの「投げろ」という指示に従い、投げるだけの日々だったが、俺もいつしか投げを世界に発信することの意義を、そして楽しさを感じるようになっていた。


 宗家を譲り渡して良かったと心から思うようになった。


 そしてそのチャンネル内で真摯な活動を続けた甲斐あって、官民連携した町おこしも兼ねた水切り大会をチャンネル主催で開催するにまで至った。






 両親を失い、壊れた心に宿った投げへの執着。


 お師さんや道場のみんな、各種目のアスリートたちと磨き上げた投げは、もう俺の喪失感を紛らわす為のものではなくなった。


 日本を離れ、師匠たちに出会い、投げの素晴らしさを再認識できた。


 投げを自分だけのものにしてはならない。


 投げとは、手を離れ、誰かに届けるということなのだ。


 両親が俺に生命のバトンを渡してくれたように。


 鬼塚さんと始めたエムブロで、そう俺は教えてもらったのだ。


 俺の投げを世界に…!





 


「やっと吹っ切れて、ここまで来たのになー」


 世界を投げ投げーって、異世界に来ちゃうとはね。


 鬼塚さん、急に俺がいなくなって怒ってるだろうな。

 意外に寂しくて泣いてたり……は、ないか。

 俺たちは戦友って感じの関係だったし…。

 冷静に状況を判断して、今は新たなチャンネルの顔となる人物を探してるんじゃないかな。


 それに今から思うと、鬼塚さんは俺がふらっと何処かへ行ってしまうのを予想してた気がする。

 俺の今までの放浪歴も知ってるし、赤峰家の裏の事も知ってる。

 会社を設立するときも、俺が自由に動きやすいように配慮してくれてた。

 冷たいんだか、優しいんだかよく分からない人だったな。

 俺が異世界に落ちることもあの人の予想範囲内だった、なんて思えてしまう程に何もかもデキる人だった。

 もうあの全てを見透すようなクールな目を見ることがないと思うと、認めたくないげど寂しいな…。

 だが、


「もう、どうしようもない」


 あのままの生活が続いてたとして二人の関係がどうなっていたのかわからないが、もう二人の住む世界が違うのだ。

 スパっとこの淡い想いを投げ捨て、この世界で生きるのみ。










「さて、気を取り直してブーメランの検証をしようか!」


 数字の7のような形のノンリターン・ブーメラン。

 アボリジナル・オーストラリアンの師匠のもとで最も習得するのに苦労したが、最も熱中した投げだ。

 まぁ何かを教える気はなく、勝手に盗めという感じだったが。

 何せしゃべらないし、しゃべってもわからん。



 2本のブーメランをカマキリが威嚇するように構える。


 この枝は前の世界産で異様に固くて重い。

 異世界投げパワーも相まって、前の世界と異次元の投げを見せるはずだ。



「投げるっ!」


 ブォフォンッッ! シュッュュュュ……  ズカッガガンッ!


「っかー、凄まじいな!」


 同時に投げた2本のブーメランは複雑な軌道を辿り、狙った位置の岩壁に時間差で付き刺さった。

 その威力は凄まじく、岩を切り裂いて巨大な亀裂が生まれている。

 岩から引き抜くのに苦労する。


「そしてブーメランは無傷と」


 ブーメランは高速回転しながら飛翔し、尖った切っ先が当たるとその回転力と質量を一点に集約して強力な衝撃力を生む。

 しかもこの7の形状は手に持って振れば剣というか鈍器としても大変優秀である。

 異世界投げパワーが出ないのでやらんが。



「これはすごい武器を手に入れたな…」


 毒棒手裏剣とこのブーメランは対人戦で強力な武器となる。


 この世界で初めて会った『人』、あの女の子を連れ去った戦士たち。

 特にあの剣士は強い。

 あの人たちは邪悪な感じではなかったが、あのレベルの猛者がゴロゴロしてて、もし戦わないといけない時が来るなら準備はしないといけない。


 あの人たちの装備を見るに、ここはそういう世界だってわかったからな。




 生きる為に始めた投げは、いつしか色んな人の想いを伝える手段になっていった。

 異世界に落ちて、再び生きる為の投げに戻るか。

 しかも他の生命を奪う修羅の投げだ。




「ままよ」


 この世界で生きていくと決めたんだ。

 投げて投げて投げまくるのみ!



 俺はこのブーメランにおける最適なフォームを身につける為、何度も何度も投げ続け、ブーメランの微調整を重ねるのであった。



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