30、持たざる者
この世界の人と呼べる存在との邂逅。
額にツノが生えてる以外は前の世界の人と何も変わらない。
投げ集中しないと薄暗くてはっきりとは見えないのだが、顔立ちは西洋っぽいハッキリした感じで、皆さん美形だ。
年代は俺と同じく20代後半といったところだろうか。
女の子を心配している様子からは悪い人たちではない。
てか、オレンジ頭の半裸の男がビニール袋をぶら下げて、裸の幼女に近付いてきたら、そら警戒するわな!
殺気も冷たい目線も甘んじて受けよう!
それはそうと、俺のさっきの言葉は通じてないのか?
自分の中では、けっこう思い切った発言だったんだが…。
「ぷっ……」
ぷ?
侍が何か言葉を紡ごうとして…
「ぷわっはっはっは〜!」
…大笑いしやがった。
なんでやねん。
笑いの要素がありました?
って、みんな笑ってやがる!
いや、剣士とかは堪えて少し引きつった感じになってるけども。
あ、女の子は笑ってない。
……助けて良かった。
うん?剣士が何かに気付いた様子で皆を静止し、俺に注意を向けさせた。
「見ろ、∇∀θは『持たざる者』だ」
途端にシンと静まり返る。
はい?確かに何も所持してないに等しい半裸のおっさんですが?
何か皆さんバツの悪そうな表情をしてらっしゃる。
タブーに触れたような…。
「∇✱Ωと∫✲∇Ωの∆Ω∈∂は分からないままだが、まぁ良い
我々はこの子を∂∨∌∉も早く然るべき✦∧Τに連れて行かねばならん
悪いが見ての通りパーティー✝Υ∃✙Ωなのでね
さらばだ!」
唐突に『さらば』と言われて訝しんでいると、後衛の杖をもった女性が呪文のようなものを唱えだした。
えっ攻撃されるの?
女の子は別の杖を持った女性と手を繋いで、こちらを見つめている。
そして、手を振った…。
「∬Ω∂!」
女性の聞き取れない声と音が混じったようなものが発せられると、彼らの足元に魔法陣が浮かび、輝きだした!
そして眩しいほどの強い光を放った時、彼らは魔法陣に吸い込まれるように消えてしまっていた…。
「……あれ?…えと」
何もない薄暗い洞窟にぽつねんと独り佇む俺。
まるで孤独な俺が妄想で生み出した幻のように、女の子も6人の男女も何の跡形もなく消えてしまった。
女の子は彼らと行動を共にすることに対して拒否は示していなかった。
元々顔見知りのような雰囲気だったし。
こんな不審者と一緒にいるより、彼らと行くほうが正しいし良いのだが…。
「俺も連れて行って欲しかった…!」
******************
「…ったくあいつは何だったんだ、セリシア?」
無事に転移を終え、彼ら魔族パーティーがホームとしている小さな街に着いた途端、侍のムーが言った。
「ぅぅあぅういい…」
「よせっ、まだ沈黙の樹魔人の毒が抜けていない」
話し出そうとした少女を剣士でこのパーティーリーダーのダーグがとめる。
「しかしダーグよ、魔族のリーンの一族が終滅の地のゲートダンジョンに隠れ住んでいたのがバレた可能性がある
あいつを生かしておいて良かったのか?」
普段は口数が少ない忍者のイーシィが珍しく尋ねた。
「仕方あるまい
彼の属性は『善』とツオが鑑定したのだから、我らが手を下せば悪堕ちしかねん
それにリーンの一族はもう…」
全ての感情を心の中に閉じ込めたように反応が薄い少女に視線を送り、その先の言葉を言えずに押し黙る。
「まぁあの「持たざる者』があの難関ダンジョンを踏破してどこかの街に辿り着くとは思えませんが…
ステータスも高くはなかったですし…」
謎の男を鑑定した錬金術師のツオがそう呟いた。
「いや〜わかんねーぜ?
だって血頭巾をただのゴブリンって言ってのける奴なんだからよ!」
「マジうける~」
ムーの空気を変えようとするような軽口に応えたのは賢者のホワイン。
「私、ダーグが笑ったの初めて見たわ」
薬師のゾゾは興味深そうに言った。
「笑ってなどおらん」
「まぁまぁ」
「しっかし血頭巾はどこに行ったんだぁ?
報告ではキング級が出たとか」
「ロード級がいてもおかしくはないわ
現に沈黙の樹魔人の蔦なんて持ってたんだから…」
「セリシアが回復したら話しを聞かせてもらおう
家族が殺されたのだから思い出すのも辛いだろうがな…」
「ぅぅぅあぁぁ…」
「無理をするなセリシア
いまはゆっくり休め」
セリシアはツオたちに連れられて滞在する宿に向かって行った。
街の人々は魔族である彼女たちを避けるように道をあけた。
そして向けられる厳しい視線。
ダーグは人知れずため息をつき、呟いた。
「未だ魔族の安住の地は見つからず
導く者もまた現れない
マザーの思い描いた理想卿は、まだまだ遠いな…」
ダーグはふと、同じように忌避される存在である『持たざる者』の男のことが気になった。
あの古の言葉遣いの奇妙な男は、何か隠された大きなものを持っているような気配がしたのだ。
それが魔族にとって良いものか、悪いものか…。
あの男はきっとあの難関ダンジョンを越えてどこかの街に辿り着くだろう。
そんな確信めいた予感が彼の中にはあった。
******************
「うしっ、いつまでも惚けていられない」
この世界には『人』がいて、高度な文明がある。
それが判明しただけでも希望が持てる。
そして魔法。
正にゲームの世界のような魔法を見た。
俺の赤石の効果のように炎が出たり、瞬間移動したり。
この世界にはありふれたものなのかもしれない。
そんな見たことのない文化が発達した街に住むことができれば…!
「しかし言葉がなぁー…」
日本語がベースになっているのは確かだ。
しかし部分的に全く違うものになっている。
音が二重三重になっているのだ。
バクシに連れられて飲みに行ったときにお店で聞いた『ホーミー』という歌唱方法に近い聞こえ方だ。
西モンゴルには倍音という効果で2種類の声を同時に出して歌う技術がある。
そのホーミーより聞こえ方が奇妙で、言葉をカタカナに置き換えることすらできない。
そしてその音を再現できないから、上手く意思疎通ができないんだよな。
なのに普通に通じるところもあるというバランスの悪さ。
聞き取れない部分は推察するしかない。
次に人に会った時はもう少しコミュニケーションを取らないとな。
「よし、今できることをやるか」
先ずはこのゴブリンの巣を探索しよう。
そしてさらに続くこの通路もおいおい調べないとな。
ここから彼らはやってきたから、彼らの文明圏に通じているはず。
地下帝国でもあるのかな?
ミズカマキリ槍を拾う。
これは大活躍だった。
ん?なんか軽い。
薄暗いので判別できないのだが、色も薄くなってる気がする。
要検証だな。
ゴブリンの王が座っていた場所は他に何もない。
しかしその後ろには汚い縄が乱雑に置いてあった。
女の子の手足を縛っていた植物の根っこのようなものだ。
もらっておこう。
それ以外は強烈な異臭を発する排泄物が溜まった場所があるだけだ。
食べ物や飲み物はない。
どうやって生活してたんだ?
…まさか、あの女の子を食べる気だったのか?
あり得るな。
おぞましいが、これがこの世界の常識かもしれない。
あの子を助けられて良かった。
この広間にはそれ以外に何もなさそうだ。
他のゴブリンの武器を回収して、一旦拠点に戻ろう。
ゴブリンの使っていた武器で回収できたものは洞窟の外に固めて置いておいた。
入り口付近の瓦礫砲丸投げで崩れてしまったところはとりあえずそのままにしてある。
外で戦った王と大ゴブリン3体を先に赤石で荼毘に付してやった。
王の大剣は衝撃波を発生させていたが、石英を当ててから禍々しいオーラが消えている。
もう普通の大剣のようで、俺が振っても衝撃波は出ない。
まぁ大剣とか扱いにくいし、石投げてる方が良いわ。
この大剣もここに置いておこう。
「ゴブリンの広間に拠点を移すのもありだな」
ちょっと臭うのが難点だが、そのうち消えるだろう。
ミズカマキリ槍1本に汚い縄を巻きつけ、お手玉投げ歩行で湖の拠点に戻った。
お手玉マジ楽チン。
今日はアクエルオー様の水をよく消費したので、補給しておこう。
アクエルオー様を湖に沈めたその時、湖底にあるはずのないものがあるのが目に映った。
「な、なんでプロアウェイがあるんだ…⁉︎」