3、異世界に投入!
あの日の月を割った水切りの光景は、壊れかけた俺の心に深く刻み付けられたようだ。
それから狂ったように「投げ」がつくものに対して執着するようになった。
そして一緒に暮らすお師さんこと叔父の峰山昇は古武術である天現捨投流の師範であり、彼から徹底的に投げ技を叩き込まれた。
この古武術は殺人を目的としており、現在のスポーツ化された武道とは根本的に異なるものだ。
だから一般的には周知されておらず、厳重に秘匿されている。
外では一切この武術の名は語ってはならず、技も使ってはならないという厳しい教えがあった。
なので投げるという成分があるスポーツをとっかえひっかえしつつ、山中の道場で隠された古武術を教わるという生活が続いた。
表の投げと裏の投げ、それぞれの技術を自分なりに統合して追求するも、未だに究極の投げをできないでいる。
俺自身、もはや何を求めてるのかわからなくなってきていた。
そんな時にブロキャスの鬼プロデューサーと出会い、新たな投げの形を探るべく活動を開始したのだ。
そんな転機となった湖にあの月が浮かんでいる。
上着を脱いで靴を脱ぎ、ズボンのすそを捲り上げてそろりと水に入ってみた。
「冷た」
夜風と冷たい水が心地よい。
「…ん?」
水面の波紋が収まると、足元の石に目が惹きつけられた。
何か光っているような…。
拾い上げてみると、丸く平たい黒い石の表面に幾何学模様のようなものが見える。
「これが光って見えたのかな?」
自然にできた傷のような、人の手で作られたような不思議な模様。
しかし俺はそんなことよりこの石の形状に心動かされるのだ!
つるりとした黒い石は、ほぼ真円!
複雑な模様がある上面は平で、下面は軽く膨らんでいる。
「水切りに最適な形状!」
この湖は火山活動によりできた湖らしく、大きな川と繋がっていない。
なので落ちている石もあまり河原の石のように平たく丸いものは少ない。
水切り大会では、ベストな石を見つけられるかも重要なポイントなのだ。
ちょっとフライングだけどこの最強の水切り石で水切りチャレンジをしましょう!
水切りの為の最適サイドスローの構えをとる。
足から発生した波紋が消えるのを待ちながら、今までのことを思い出していた。
俺にとって投げとは、急に失った両親という心の支えを取り戻す行為だったのかもしれない。
この投げ始まりの場所に立ち、最高の水切りができたら、また新たな道が開けそうな気がする。
この投げは両親に捧げよう。
軽く息を吸い込み、
「水切り」
軽く息を出しながら水面と水平になるように超低空のサイドスロー!
様々な投げ技術を注ぎ込んだ水切り投法で、奇妙な石は水面の月に吸い込まれるように飛んでいった。
チュンッ
ワンバウンド目。
素晴らしい。理想的な進入角度で何ら減衰することなく水面を跳躍した。
チュンッチュンッ……
止まらない!
月を日本刀で真っ二つにするかの如く、鋭い切れ味で湖面の月を切り裂いた。
「…できた。これが究極の水切りだ」
お父さん、お母さん、お師さん見てるか?
……なんて、格好つけたくなるほどの一投だ。
お師さんは生きてます。
月を左右に二等分した石はなおも回転を続け、水面を走る。
「あれ?」
しかし不思議なことに、石が光って見える?
驚いて目を凝らしていると、湖面に広がっていく波紋も光ってる!
波紋ではなく、円と直線を組み合わせた複雑な幾何学模様が発光しながら連鎖的に生まれてくる。
「どーなってるんだ⁉」
いまや湖面はその水面だけでなく、水中にも上空にも光り輝く幾何学模様で埋め尽くされている。
その中で真っ二つにされた月は戻る様子もなく、物理的に分離されたようにどんどん離れつつある。
水面を走る石はとうとうスピードを落とし、水中に沈むかに見えた。
…パキーーンッ!
石は一際大きく発光すると爆発するように粉々に砕け散った!
「うわっ」
その途端、石が走った線に沿って湖面が真っ二つに割れ、大きな音を立てて水が落ちていく!
割れ目の中心にいた俺も踏みしめていた湖底の感覚がなくなり、水とともになすすべもなく落ちていった。
テレビのイタズラ番組の大掛かりなやつー!
「おとーさーん!」
ゴウゴウと水のうねる音が聞こえる。
ひたすら落ちている。
石やら壁に体が触れることはないが、無重力と強烈なGが交互に襲ってくる。
あ、お師さんに修行の一環と称して滝壺に落とされた記憶が蘇ります。
あの野郎!
てか、どんだけ落ちるんだよ!
もう落ちているのか流れているのかわからない。
鍛えてはいるが息がもたん。
意識が朦朧とするなか、今までの投げ人生を振り返ってしまう。
色々やってきたなぁ。
わが投げ人生に悔いは無しか?
…いや、最高の水切りができた今、ふつふつと投げに対するさらなる欲望が生まれる。
他の投げでもあれ程の境地で投げれたら?
まだ見ぬ投げが存在するんじゃ?
俺はこんなもんじゃねぇ!
「まだまだ投げを投げ出せるかーゴボゴボ!」
水中にもかかわらずに衝動のままに叫び声をあげた。
ふと足元が明るく見える。
無重力。
と思ったらやっぱり下に落ちて、次いでウォータースライダーのように横方向に流されていく。
ごろごろと回転させられ、それが収まるころ俺は岸に打ち上げられ、久しぶりに空気を吸うことができた。
見上げると天は光の幾何学模様で埋め尽くされ、その中心に亀裂があり、そこからゴウゴウと滝のように 水が落ちてきている。
ああやって俺も落ちてきたのか…。
しばらく呆然とその光景を眺めていると不意に光は収まり、水もいつの間にか途切れていた。
夜空はまるで何もなかったかのように、何もない。
俺がなかば浸かっている湖は明らかに急にできたものに感じる。
水草などの水辺感が一切ないもの。
岩肌に水が溜まった感じだ。
「てか、どこだここ?」
湖が割れて落ちたと思ったら、天から落ちてきた。
見渡す限りの黒い岩ばかりの荒野です。
…理解が追いつかない。
投げを極めようと世界中を旅してきたからわかる。
これは地球じゃあない。
なぜなら星は見たことのない配置だし、月が二つあります!
はい、ここは異世界です。
どうやら俺は異世界に投げ込まれたようです。