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28、ゴブリンの王

 陽の光の下で見るゴブリンの王は俺よりも背が高く、筋肉と脂肪に包まれた見事な体格をしている。

 仕草のひとつひとつに自信と実力が溢れ、まさにこれが王者の風格という感じだ。

 取り巻きの3人のゴブリンも俺の身長と変わらない程に大きく、強そうだ。

 これはなかなかタフな戦いになるな…。

 数が少ないのがせめてもの救いか。

 

 ゴブリンはそれぞれ武器を持っている。

 王はやたら禍々しい剣。

 大剣だ。

 他のゴブリンは剣が二人、槍が1人。

 って、それ、俺のミズカマキリ槍じゃねーか!

 あの水の刃の効果を見て、拾って持ってきやがったか。


 対する俺は石が4つと選抜良品ゴブリンナイフ1つ。

 瓦礫はいっぱいあるが、砲丸投げする隙はないだろう。

 貯めがいるからな。


 でも俺には天現捨投流の投げ技がある。

 戦場の技、ゴブリンの王に見せてやる!




 ゴブリンの王は余裕を見せ、3人の大型ゴブリンを先にいかすようだ。

 こちらとしてはその方がやりやすい。

 3人は扇型に展開。

 右手側が槍だ。

 俺は右手に花崗だけを持ってぼんやりと構える。

 石の入ったビニール袋は腰のパレオを止める触角ベルトに結んでおいた。

 投げる意思を持ちつつ、リラックスしながら俯瞰して戦況を眺めている。


 先ずは間合いの長い槍のゴブリンに誘いをかけよう。

 気づかれないように重心をずらしていた俺は、フッと槍ゴブリンに接近した。

 ゴブリンからは瞬間移動したように見える、不思議な歩法。

 慌てた槍ゴブリンは反射的に突きを出した。


「かかった」


 腰の入っていない突きを左手で捌き、本命の中央にいた剣ゴブリンに花崗を投げつける!


 シュッ! ズガン! ピキピキピキピキ…


 おぉ〜凍ってる。

 ゴブリンの体の水分に反応して凍らせるような感じか。

 

「それは置いといてっと!』


 押さえつけていた槍を、握っていたゴブリンの関節を極めるように力の向きを変えて、左のゴブリンに向けて槍ごと投げ飛ばす!


「どっこいしょ!」


 二人諸共吹き飛ばした。

 そしてその隙にゴブリンナイフを取り出し、凍傷を負って蹲っているゴブリンに投擲!


 シュンッ ガスッ!


 首元に深々とナイフが突き刺さったゴブリンは完全に沈黙した。



 ゴブリンが一人やられたというのに、王は薄ら笑いを浮かべたまま見ているだけだ。

 余裕か。


 俺は素早く倒したゴブリンに近づき、花崗とナイフを回収。

 起き上がってきた剣ゴブリンに向けて花崗を投げつけた!


 シュッ ガキンッ!


 お、弾くか!

 やるね。


 では投げナイフだ。

 このナイフは手に入れた多数のゴブリンナイフの中で投げナイフとして飛び抜けて出来が良い。

 適当に作られたはずだが、スローインダガーとしては名工が作りあげた一級品に匹敵する仕上がりである。


 そのナイフを構え、


「スロー!」


 投げられたナイフはキラキラと陽光を反射しながら回転し、軌道を変化させて剣ゴブリンの首元に吸い込まれるように深々と刺さった!

 倒されたゴブリンを気にかけることもなく、槍ゴブリンが鋭い突きを繰り出してきた。


「槍は投げるもの」


 俺の中ではね!

 突きを避け、引きと同時に踏み込んで投げてやる!


 その時、フッと王が動くのが見えた


 ドッガーーン!






 ……やられた。


 王は槍ゴブリンの背後から大剣を振り、衝撃波で俺たちを吹き飛ばしたのだ。

 槍ゴブリンは真っ二つにされ、俺も深手を負って血が噴き出している。


 王は同族を殺したことを意にも介さないようで、蔑むような薄ら笑いを浮かべてゆっくり歩いてきた。

 こいつに王者の風格を感じたが、とんだ勘違いだったようだ。

 知らず知らずのうちに、体格が似ているモンゴル相撲(ブフ)の英雄であるスレンバートル師匠(バクシ)と重ね合わせてしまっていたのだろう。

 本当に強い力士で、心技体の充実したあれほど大きい人はいない。

 彼から手取り足取りで投げ技を教えてもらったのは、本当に僥倖であった。


 厳しい環境を生き抜くに為に、強い『王』は先頭に立ち、多くの者を手に入れて率いて行かねばならない。

 それが『力』を持った者の権利であり義務だ。

 ワタル、お前も力を持つ者として、群れを率いろ!


 バクシはよくこんな話しをしていた。

 ……多分。


 このゴブリンの王は強い個体であって、『王』ではない。

 単なる傍若無人な卑怯者だ!


「お前は投げ倒してやる!」


 ビニール袋からアクエルオー様を取り出し、溢れるのも構わずにガブ飲みする。

 そしてもう一つビニール袋から掴み出したのは、泥石か。


「投げるっ!」


 シュッ ガンッ!


 ダメージが大きいので、強力な投げはできない。

 ゴブリンの王は大剣で蝿でも払うように軽く弾いた。


「力が入ンなくてね……



 でも投気は込めてあるぜ?」


 …ドガッ!


 石を弾いた剣が急に重たくなったようで、ゴブリンの王は大剣を地面に落とした。

 少し混乱したようだが、すぐに顔を怒りに染めて突っ込んで来る!

 こんな体格のゴブリンなら、俺を簡単に八つ裂きにできるだろう。

 でもな、そろそろ…


「湖の水が効いてきた」


 俺を掴もうと伸ばされた大きな手の下をくぐり抜け、股下に潜り込む!

 太ももを抱きかかえ、奴の勢いを利用して蹴り上げるように投げ飛ばすっ!


暴れ馬・蹴り上げ投げ(トンゴロホ)


 ズガーン!


 王はひっくり返るように後頭部から受け身も取れずに地面に激突した!


「バクシに教えてもらった技だ!」


 モンゴル相撲における勝者の振る舞いである鷹の羽ばたきをまね、ゴブリンの王を脇の下をくぐらせるように舞った。



 …グゥゥ、グガギャギギャグギャ!


 普通の者なら力尽きているであろう衝撃を後頭部に食らって、まだ王は戦闘可能のようだ。

 俺は素早くまた水を飲み、さらに傷口にかけた。


 第二ラウンドが始まるようだ。


 立ち上がった王はまた突っ込んでくるかと思いきや、翻って大剣を拾った。

 俺はそれに合わせるように、地面に転がっていたゴブリンの剣を拾う。

 それを見た王はまたせせら笑いを浮かべる。

 そんな剣、この大剣の衝撃波ので粉々だ、なんて思ってる顔だ。


 実際そうなんだけどね。


 我が天現捨投流は戦場にあって敵を倒し、生き抜くための総合的な技術を伝えている。

 戦国時代に興ったので、もちろん剣もよく使う。

 使うのだが、俺は頑なに習得しなかった。

 だから伝承者として失格の烙印を押され、宗家から降りろと親戚連中から散々言われたのだが…。

 

 だけどね、思うんだよ。


「剣は投げるもの!」


 余裕こいて衝撃波を放ってきたのに合わせて剣を投げる!


 バシュンッ! ズガガーンッ!


 剣は粉々に砕け散ったが衝撃波を相殺!

 驚いた隙にさらに石を投げつける!


 バシュッ! ガンッ!


 王は何とか大剣で石を弾いた。


 ……キラキラキラキラ…


 投げたのは石英だったようだ。

 大剣が綺麗な光に包まれている。

 すると大剣から禍々しいオーラが立ち上がっては霧のようにかき消えていく。

 何かを察した王は剣を振り回すも、もう衝撃波は出ない普通の剣になってしまったようだ。

 王もメッキが剥がれたように威圧感が減り、ひと回り小さく見える。


「色々残念だな、王よ」


 決着を付けよう。


 破れかぶれに突っ込んできた王の剣の振りに合わせて懐にもぐり込み、梃子の原理で跳ね上げた。

 脳天に全体重が掛かるように、垂直に地面に投げつける!


 ズドッゴーーン!


 頭から地面に垂直に付き刺さった王の腹を軽く押す。


「おくり技は告げん」


 ……ドッシーン




 こうして俺はゴブリンの巣を壊滅させたのであった。


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