26、ゴブリンの巣穴を探索!
あの巨大亀がこちらにこないかヒヤヒヤしながら水に入る。
目印が良い仕事をしているので、魚の位置を見失うことはない。
ただ魚はまだまだ元気のようで、暴れている。
治癒効果のある水の中にいるから、時間が立てば回復するかもしれない。
止めを刺さなければ。
ナイフは置いてきてしまったが、縞石で大丈夫だろう。
腰まで水に浸かりながら進むと、首のあたりに槍が刺さった魚が見えてきた。
2mほどの大きさで、虹のような綺麗な模様がある。
これは婚姻色が出ているオイカワか。
ある種の魚は繁殖期に特にオスがメスにアピールする為に綺麗な体色に変化することがある。
オイカワの婚姻色は日本産の川魚の中でも綺麗なほうなのだが、この巨大オイカワは虹のやオーロラのようにほんとに美しい。
惚れ惚れするわ。
愛おしい…。
愛おしい……。
……ガン!
「ァ痛っ!」
もっていた石の入ったビニール袋を足の上に落としたようだ。
水に浸かっていたので、たいした痛みはないが、目が覚めた気分だ。
あのオイカワの模様を見続けるのは危険な感じがする。
とっとと仕留めよう。
「縞石!」
シュッ! ズパン!
おしっ!
縞石の力でオイカワの首を切断した。
動かなくなったオイカワを、その綺麗な模様を見つめないようにしながら引っ張って陸にあげた。
もう湖はもとの静寂を取り戻している。
巨大な生き物を隠しているとは思えないほどだ。
陸にあげた巨大オイカワを調理場まで持ってきた。
2mの巨大魚に、もう何も驚かないのが怖いね。
ゴブリンのナイフを武器庫から持ち出し、鱗は取らずに3枚におろした。
そして鱗を付けたまま丁寧に皮をはいだ。
この婚姻色の模様は使える気がするから残しておきたいのだ。
鱗の付いた皮は天日干しをしておこう。
肉のほうは小骨、小骨と言っても20cmはある、大きな小骨を抜き、鯉のときに使った木の串を刺す。
流木に赤石で火を点け、遠火で焼干しにしていく。
石板でかまどっぼくしておいたので焼きやすくなった。
3枚におろしているので肉厚が薄いから、鯉よりも早く完成するだろう。
「…なんだかこの生活も慣れてきたなぁ」
いずれ水と食料が捕れなくなるというのは目に見えているが、それでもこの生活を楽しんでいる部分もある。
前の世界では味わえない究極の自由がここにある。
気付かなかっただけで、俺は何ものにも縛られない自由を渇望していたのかもしれない。
そして誰かがその願いを叶えてくれた…。
…ないか。
あの姫神湖で水切りした不思議な模様のある石のせいだ。
あんな水切りに最適な石に変な力があるのが悪いと思います!
あ、でも、もし似たような石を見つけて、水切りしたら元の世界に戻れるかもしれないのか…。
「この湖にもあるかもしれない……!」
たまたま落ちてきたのではなく、この場所に何か特別な意味があるのなら、あの不思議な石があってもおかしくはない。
そう思うと、この地を離れるということは、帰れる可能性を捨て去ることになるのではないかという悩みが生まれる…。
「とりあえず、行動範囲を広げる!
後のことは、後で考える!」
得意な投げ遣り思考に切り替えて、オイカワの焼けた部分を味見してみる。
「いただきます!」
モグモグモグ…
うん、美味しい!
臭みはなく、大味でもない、脂のった白身には濃厚な旨味が詰まっていて、燻製のような風味もついていて大変美味でごさいます。
醤油か塩さえあれば……!
岩塩とかないのか!
……岩塩か。
「この石英っぽいの、実は岩塩だったり?」
……ペロ
「無味!圧倒的無味!
うがー、食の質を上げたい!
車の中に置いてきた調味料セットを我に与えよー!」
いくら吠えても無駄だった。
もし動画をアップできるなら、視聴者の皆さんには水切りの際は調味料を必ず携帯するようにと注意喚起したい。
いや、魔法陣の描いてある石は投げるな!か。
……現実を見よう。
このままでは栄養素に偏りがあるので、体調を崩しそうだ。
野菜やミネラル類を獲得しないとな。
ゴブリンはどうしてるんだ?
やはりあの巣穴は早期に探索すべし。
「よし、行く準備をしよう!」
思い立ったが吉日、すぐ行動する派なんです。
武器庫に戻り、持って行くものを決める。
ビニール袋に石7個とアクエルオー様を入れる。
腰には選抜ゴブリンナイフと石苦無。
そして新作のミズカマキリ石槍を3本手に持つ。
結構な重量だが、何があるかわからないからな。
とりあえず下見ということで。
「出発!」
槍を構えて方向を確認しつつ、ゴブリンの巣穴に向けて歩く。
石が7個もあれば重たくて歩くのが辛いだろうと思いきや、快調に歩けている。
「なんと大発見!
石をお手玉投げしながら歩くと全く疲れないのだ!」
投げるときに謎の投げパワーで体全体が強化されるという素敵仕様が優秀過ぎるっ。
歩いているのではない、投げているのだ、と思いながら歩くのがポイントです。
という訳で30分ほどで巣穴付近に到着。
高台の方向からは出入口は見えなかったから、回り込んで先ずは観察だ。
「おぉ、やっぱり大きな穴がある!」
大きな岩の下に瓦礫が散乱してあり、その中心にぽっかりと大きな穴が見えた。
何となく人工物の地下道が崩れて露出したっぽくみえる。
あのゴブリンにこの地下道を建設できるのか?
ゴブリン以外に高い文明を持った生命体がいれば良いのだが。
友好的な。
これ重要。
「さて、入るか」
穴の前に降り立つ。
しばらく待ってみても生き物の気配はない。
よし、進もう。
瓦礫を崩して大きな音を立てないように注意しながら降りていく。
風がある。
何処かに通じているのか。
何となく獣臭い気がする。
明るいところに居たので、暗闇に目を慣らす。
穴に入ってみると、意外に天井が高く、充分に槍を振るえる広さがあった。
少しだけ進んでみると、濃い闇に包まれた。
さらに目が慣れてくると、床や天井が薄っすら光を放っているようだが、それでも光量が足りない。
洞窟のような感じで、かなり奥が深そうだ。
松明が欲しいところだが、それはそれで目立ち過ぎるかな。
短い距離を慎重にたっぷり時間をかけて進む。
槍を構え、投げるという意識を持てば、暗闇でもよく見えることに気がついた。
投げは全てを解決する。
ありがとう、投げ。
しかし別の問題が発生。
投げの意識を持ったのに投げないのは非常にストレスが貯まるのだ!
餌を前に長々と「待て」をさせられる犬の気分である!
定期的に投げないと爆発しそうなので、槍の代わりに赤石を軽く投げて火を付けて洞窟を照らし、そしてまた赤石で投げ集中して歩くというのを繰り返して進むようにした。
10分程進んだだろうか。
慎重に進んでいるので、大した距離は稼げてない。
しかし何かが変わってきていた。
においか。
ゴブリンをひたすら担いで運んだ時に嗅いだ、あの臭いがする。
生活臭が残っているだけなのか、それとも生きている者が残っているのか。
いつでも槍を投げられるように集中しながらゆっくりと進む。
グギャッ グゲゲギゲ
いる!
まだゴブリンが潜んでいた。
洞窟がカーブしていて、まだ姿は見えないが複数のゴブリンがいる気配がする。
もうゴブリンと友好的な関係を築けるとは思っていない。
戦うのみの『ゴブリン・即・投』だ!
しかし、昨日のあのゴブリンの群れを退けられたのは、圧倒的な量の投擲武器の遠距離攻撃が成功したからだ。
武器の数が少ないなかで、この洞窟内での戦闘はどうだろう。
洞窟内が直線なら当てやすいか。
ひと当てして、直線になっているところまでおびき寄せて迎撃。
ゴブリンの数が多ければ武器庫まで撤退するか。
臨機応変、柔軟に対応しよう。
一旦直線になっているところまで戻り、投げやすいようにして武器を置いておく。
石苦無を手に持ってゴブリンの気配がするところまで進んだ。
そしてカーブのところの岩陰からゆっくりと顔を出す。
そこは驚きの光景が広がっていた…!