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23、アクエルオー500ml

 湖の水の力のお陰で一命を取り止めた俺は、深みに潜んでいる巨大ナマズを刺激しないよう、ゆっくりと陸に上がった。


 あんな鯨サイズの生き物がこの湖で生きているなんて。

 今まで遭遇してきた、この湖の生き物が全てタフで巨大化してるのは、この水のせいかもしれないな…。

 俺も飲みまくったら巨大化するの?

 恐いような面白いような…。

 まぁ生きぬく為に水は飲まないといけないし、もう飲んじゃってるし、気にしないでおこう。



 今度こそ、戦闘は終わったか。

 しばらく湖畔に腰を降ろし、休憩する。

 ゴブリンがまだ苦しんでいるかもしれないので、戦闘のあった場所まで戻る。

 思ったよりは遠くに飛んでなかったようだ。

 そういえば赤石を無くしてしまった…。

 ゴブリンの亡骸を燃やすことができる赤石は絶対に必要だ。

 ナマズは恐いが探すしかない。




「赤石じゃないけど、石発見!」


 地味な黒っぽい石だが、綺麗に1筋の白い縞が入っている。

 花崗岩に石英が流れ込んだか。

 7番目に拾ったこの石は縞石と命名。

 しかしいま必要なのは赤石だ。




「ん?なんか沈んでる…」


 これは!

 ペットボトル!


「アクエルオーだ!」


 何もないこの異世界の荒涼たる雰囲気をぶち壊す、鮮烈なブルーのパッケージ!

 スポーツ飲料の『アクエルオー』の500mlだ。

 確か『みずがめ座』という意味のラテン語かフランス語からの造語だったような…。

 アスリート時代は結構飲んでたんだよね。

 キャップは拾ってあるし、ちょうどよい。

 拾い上げて軽く洗い、入っている水を出す。


 ドボドボドボドボ……


 これは何気に嬉しいぞ。

 飲み水を携帯できる!

 一気に探索範囲が広げられるんじゃなかろうか。


 ドボドボドボドボ……


 ………おかしい。

 明らかに500ml以上の水が出ている。


 ドボドボ、ジョロー…


 ようやく出尽くした。

 見た目は普通のペットボトルでしかない。

 今度はペットボトルを沈めて水を入れてみる。


 ゴプゴプゴプゴプゴプゴプゴプゴプ…………


 …やはり、500ml以上の容量がある!

 でも重さは500mlのそれだ。

 不思議だ。

 異世界から落ちてきただけで、物にもこんな不思議な力が宿るのか…。


()()()()座、か…」


 しかしこれは好都合!

 良き物を拾ったではないか!





 探索を続けるも赤石は見つからない。

 ゴブリンの呻き声も聞こえてきたので、陰鬱な作業に入ることにした。


 ゴブリンに放ったのは強烈な殺傷する為の技。

 全て急所を狙っている。

 死に切れなかった者は、今はもう最後の時を待つのみでしかない。

 早く楽にしてやろう。

 無数にあるゴブリンの槍にゴブリンのナイフを投げつけて先端を尖らせる。

 細く、鋭く。


 我が流派に技名はないが、敬意を表しておくり技を告げる。

 それが俺たちの悼み方、らしい。


「天現捨投流 慈悲解脱投げ」


 シュン… 


 苦しむゴブリンの背後にまわり、首から脳幹に向けて針を通すように槍を投げた。

 槍は音もなく吸い込まれ、苦しみから解放されたゴブリンは醜悪な顔に安らぎの表情を浮かべたように見えた。

 …早く他の者も解放してやろう。





 もう苦しむ者はおらず、静かな湖畔に戻ったが凄惨な風景は変わらない。

 ゴブリンの亡骸を1体ずつ、高台の向こう側まで運ぶ。

 全てのゴブリンを移動し終えたときには、もう暗くなっていた。

 まだゴブリンの残した武器や、投げつけた岩の欠片が散乱しているが、それの片付けは明日にしよう。


 身体を洗い清め、水を飲んだ。

 激しい戦いがあったのに、水は清浄を保ったままに見える。

 見上げると大きく薄い満月と、昨日より少し細くなった小さな月が見えた。


「大きい方はずっと満月のままか…」


 前の世界でもそうだった。

 俺たちに大変なことがあっても、月は知らん顔で輝いてやがる。

 少し気が立ってるのか、苛立ちを覚えた。


 寝ぐらに戻り、緑石を取り出す。

 お手玉のように、軽く上に投げてキャッチするのを繰り返した。

 今まで心を支配していた、戦いの黒い殺意の名残りや、罪悪感、虚無感がウソのように晴れていく。


 天現捨投流の先人の中で戦いに赴いた後、精神に異常きたす者も当然のようにいたらしい。

 やはり実際の戦さは凄惨過ぎる。

 そういう心が壊れた者たちを生まない為に修練も編み出され、伝わっている。

 しかし俺には必要なかったようだ。

 癒しの緑石で大丈夫です。

 もしかして緑石に宿る異世界パワー?

 ……あり得るな。


 有難い。

 明日もやることがいっぱいだ。

 寝よう。







 次の朝、光に照らされた辺りを見渡すとやはり憂鬱な気分になる。

 気持ちを切り替え、アトラトルをセットした槍を持ち、構える。


「投げる」


 投げ集中して遠くを見渡す。

 異常ナシッ。

 異常はないが、俺の目がおかしい…。

 昨日より確実に遠くまで見えている。

 ゴブリンを倒してレベルアップでもしたのかな。

 ファンファーレは聞こえないが…。


 ゴブリンの巣はどうだ?

 影はない。

 いまは何もいなさそうだが、あそこは一度確認しないといけないな。


「よし!今日も働こう!」


 先ずは赤石を探して湖畔を一周しよう。

 朝食の干魚をかじり、水を飲み、武器を持って探索を開始した。

 今日も良い天気だ。

 ここに来て四日目か…?

 雨が降る気配が全くない。

 アクルオーを手に入れたとは言え、新たな水源の確保は急務だ。



「やっぱり水位が下がってるな」


 確実に水際の位置が後退している。

 あんな鯨みたいなサイズの生き物がガブガブ水を飲んでたら、すぐに飲み干されてしまいそうだ。

 もっとアクエルオー落ちてないかな…。




「あー、流木はっけーん!」


 やったぜ!朝からツイてるぅ!

 水から引き上げてみると70cmほどの大きさで、大きく湾曲している。

 水を吸っているのか、石のように重たい。

 とりあえず乾燥だ。

 用途はあとで考えよう。




 一周してきた。

 収穫は曲がった流木のみ。

 魚の気配もない。

 あの巨大なナマズは1日でいったいどれだけの餌を食べるんだろうか…。

 俺の食料が無くなる!

 魚を見かけたら確実に仕留めないと。


 それじゃぁ気乗りしないが、落ちている武器を片付けよう。

 ゴブリンの槍やナイフ、俺が投げた石や岩の欠片を拾い集めてとりあえず武器庫に置く。

 汚れているものはアクエルオーの水で洗い流した。

 アクエルオー超便利。



「あ、赤石発見!こんなところにあったのか〜」


 湖に落ちたと思ったが、陸地のこんなところまで飛んできたのか。

 オニヤンマの羽に弾かれたのかもしれない。

 これで今まで見つけた元世界由来の石の全てが揃った。

 切り出した岩でも良いんだが、すぐに砕けるんだよね…。

 元世界の石は傷一つ付かないぐらい頑丈で、どんな場面でも安心して使える。


 地面の汚れもアクエルオーの水で流し、湖とは別の窪みに溜まるようにした。

 湖の水は飲むから、汚水が混ざらないようにしたい。

 それにしてもアクエルオーの容量はどれくらいあるんだろうか?

 少なくとも10ℓはありそうな勢いだ。

 アクエルオーさえあれば、数日は行動できるんじゃないだろうか。

 


 アクエルオー…、いやアクエルオー様、マジ神!



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