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22、指弾

 空中でホバリングしている巨大オニヤンマは、切断された腹から体液を流し続けている。

 痛みを感じているかわからないが、強烈な殺気を発している。


 対する俺もよくわからない羽の攻撃で体はボロボロだ。

 この距離でさえ石を投げても当てられる気がしない。


 持っていた石をパレオと腹の隙間に押し込む。

 手に持つのはゴブリン槍だ。

 突っ込んできたときに合わせて投げるしかない。



 ……投げる。


 構え、集中すると痛みや迷いはもう気にならない。


 俺の闘気を、いや投気を感じとったのか、オニヤンマは最後の力を振り絞るように俺に突進してきた!


 きたっ!

 

 その純粋な殺気に応えるように、ゴブリン槍を真っ直ぐに投げつける!


 軽く放物線を描くように飛翔する槍を、オニヤンマはその巨体に相応しくない身軽さで上昇して避けた!



 虫は脳で情報を判断する前に、体の節々で反射を行い動くことができる。

 だから人間なんかより行動を早く動かせる訳だが、反面、釣りやすい。

 ゴブリンを投げるとそれに反応して捕まえてしまう、とかな。


 だから仕込ませてもらったよ。


 完全に避けたはずの槍がオニヤンマの頭部を捉え、胸まで深く付き刺さっている!

 俺が投げた槍は、2本を重ねていたのだ。

 1本目の槍を反射的に()()()()、その後ろからきた2本目の槍を命中させたのだ。


 頭部の機能を失い、体の根幹である胸部にも大きなダメージがあるにも関わらず、オニヤンマはその飛行をやめない。


 ドガッ!





 ……! っは? 意識が飛んでいた!


 飛んでいることに気がつくと、体中に痛みが襲ってきた。


「ぐわ〜〜!」


 俺はオニヤンマに捕まえられ、空を飛んでいた。

 振動をともなうような高音の羽音と、風を切るビュービューという音が聞こえる。

 幸いオニヤンマの巨大な大顎はもう動かせないようで、噛みつかれる心配はないのだが、腕のトゲが食い込んでいる!


 脱出しようとともがくが、カゴに捉えられているようで、逃れられない。

 それでも腕を何本か破壊していたのが功を奏し、そこの隙間を利用してパレオに挟んでいた石を取り出すことに成功した。


 頼むぜ、赤石!


 動かせるのは肘から先だけ。

 手投げでこの角度では当てにくいし、威力もでない。

 俺は石を握りつつ、親指を拳の中にいれて指に引っ掛けた。


「指弾!」


 肘でスナップをかけつつ、その運動エネルギーが最高に伝わる瞬間にコイントスの要領で赤石を投げた!


 バシュンッ! バキン!


 赤石は狙い通りの羽の付け根を破壊し、激しい炎をあげた。


「うわーー、落ちるー!」


 オニヤンマは俺を抱えたまま墜落していった。




 ……ザッッパーーン!


 落ちた上が湖の上で良かった。

 後先考えずにやってしまったが、高度を確認してやるべきだったな。

 激しい落下の衝撃のお陰か、オニヤンマの拘束から逃れたようだ。

 だけどダメージが大き過ぎて、もう泳ぐ気力もない。

 水も大量に飲んでしまった。

 フィフドラで言うところのHP1の瀕死状態だ。





 俺はこの世界でシュナイデックのような勇者になれなかった。

 HPを回復してくれる仲間もいないし、復活の魔法なんてありえない。

 ゲームのように何度もリセットして挑戦できないのだ。


 天現捨投流の先人のように雄々しく戦えただろうか。

 お師さんや秘匿道場の皆んなは、よくやったと褒めてくれるだろうか。

 異世界に来ちゃったけど、先に死んでしまったお父さんお母さんの所に行けるのか…?


 疲れた…。

 もう指先も動かせない…。

 湖の底に沈むだけだ…。





 あれ?

 指、動きます。

 何なら腕まで動きます。

 泳げるし…。

 なんで?



「プハーッ!」


 泳げることに気づいた俺は一気に水面まで顔を出して呼吸をした。

 

「い、生きてるぜ、シュナイデック!」


 オニヤンマの腕のトゲでザクザクと引き裂かれたはずの体の傷が塞がっている。

 誰か回復呪文かけてくれました?


 ……いや、この水か。

 さっき大量に水を飲んだし、傷口に水をかけているようなもんだし。

 それで回復したのか…。

 すごいなこの水。


「…はっ⁈、オニヤンマは?」


 俺が回復したのなら、水に落ちただろうオニヤンマも回復するはず!

 立ち泳ぎでオニヤンマの姿を探す。


 ガボッッッ‼︎


 巨大な水しぶきがあがる!

 強烈な水を吸い込む音がした方を見ると、なんと巨大オニヤンマが何かに咥えられている!


「ナマズ⁉︎」


 ヌラヌラと滑らかな黒肌に、大きな口とヒゲ。

 そいつはヘビのように体を柔らかくくねらせて、オニヤンマの腹の一部を外に出したまま優雅に泳ぎ去っていく…。 

 デカすぎてもはやサイズ感がわからない…。

 3m以上のオニヤンマをひと飲みにできるということは、鯨なみ?

 プカプカと浮かぶ小さな俺には興味がないのか、そいつはゆっくりと深場へと潜って行った。


 この湖のヌシ。

 新たな強敵の予感に体が震えた…。



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