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21、オニヤンマに球を投げます

 辺り一帯はゴブリンの既に息が絶えた者と、虫の息の者であふれている。

 黒い岩の大地は赤く汚れていた。

 これが全て自分が成した結果ということに恐ろしくなるが、後悔はない。

 俺もゴブリンも雄々しく戦った。

 そして俺が生き残った。

 それだけだ。

 もうもがき苦しむしかない者に止めを刺そう。


 戦闘が終わり、途端に身体が重たくなる。

 これからは陰鬱な作業が始まるのだ。

 身体を引きずるようにしてまだ息のあるゴブリンに向かおうとした時、遠くから異様な音が聞こえてきた!


 バリン!バリバリバリバリバリリリン!


「なんだこの音!」


 ガラスの板を割るような耳障りで大きな音が響いている。

 音の主を探すとすぐに見つかった。


「オ・オ・オ・オ・オ、オニヤンマ…⁈」


 バカでかい!

 体長3m以上の化け物だ。

 黄色と黒の縞々が鮮やかに自らが危険な存在だと主張しているようだ。

 キラキラと陽の光を反射する羽を動かして、空中をグルングルンと旋回している。

 

 そいつは腕に抱えるようにして何か掴んでいた。

 ゴブリンだ。

 ゴブリンを食い散らかしている…。

 鋭い顎で噛み砕き、肉片が溢れるのも構わずに次から次へとゴブリンを拾っている。

 地面スレスレに飛ぶ時に、羽が地面に当たって音が鳴っているようだ。

 食べる為なのか、ただ噛み砕くのが目的なのかわからないが、ひたすら空中から襲い掛かっている。


「これはヤバい!」


 昆虫の中でも最強の部類の生き物が、3m以上の大きさなんて…。

 俺にはゴブリンの群れ以上の脅威だ。

 あんな大きいものが空を飛べるはずなさそうなのに、余裕で飛んじゃってます。

 異世界パワーに違いないっ!


 …槍を集めよう。

 これは絶対に戦闘になるやつ。

 刺激しないようにコソコソと落ちている武器を集め回る。

 横たわるゴブリンの槍を掴んだとき、そいつは気絶していただけのようで大きな声をあげて襲いかかってきた!


 グギャグギャグギャ!


「騒ぐな!」


 頭頂と顎を掴み、捻りながら回転して投げる!


 ドシャー!


 しまった!大きな音を立ててしまったぞ…!


「……見てる?気付いた?気付くよな、そりゃ…」


 宝石のような緑の大きな目をこちらに向けるようにしてホバリングしている。

 トンボに耳はあったかな?

 ……動きか。

 ハンターだから動くものに反応するよね。

 巨大オニヤンマはホバリングから一気にトップスピードでこちらに向かって飛んできた!



「迎撃態勢、整ってませんてー!」


 早い、早すぎる!

 あっと言う間に最初に戦闘があった狩り場の高台を越え、こちらの武器庫まできた!

 お前はジェット機かっ!

 

 とにかく投げろっ!


「おらっ!」


 ゴブリンの槍を投げつけた!

 しかしオニヤンマの空中機動能力は高いようで、上昇して避けられてしまった。

 しかし驚いたのか、上方でホバリングして様子を伺っている。

 まだまだ!


「オラッ!オラッ!オラッ!」


 集めたゴブリンの槍を投げる。

 間にリズムを変えるように投げナイフも投げる。

 スイスイと避けやがるが、投げナイフだけはギリギリ躱した感じだ。

 綺麗な放物線を描く槍よりも、カーブが有効と見た!



 あれは小学5年生の頃だ。

 既にお師さんと暮らし、殺伐とした修行に明け暮れていたが、学校の帰りにふと校庭のキッズ野球が目についた。

 友達がピッチャーをしていたのだ。

 今まで知らなかったけど、なかなか良い投げをするではないか!

 生前の両親は忙しく、キャッチボールなんかしてもらった記憶はない。

 だから野球に興味はなかったのだが、投げに目覚めた俺にはピッチャーの投げる球がヒジョーーに興味深い!

 混ぜてもらおうではないか。



「赤峰、お前スゲーな!チーム入れよ!」


 当然のように投げの才能を見せつけ、チームに加入し、大人のコーチから投球を教わった。

 特に変化球が面白く、友達の誰もが俺の投げる球を打てなかった。

 そうして練習試合の日、俺は友達からピッチャーの座を奪いマウンドに立った。

 第一球目!

 あまりの速球に球場の誰しもが驚きの声をあげた。

 そりゃそうだ。

 もはや大人のコーチでも俺の球は打てない。

 しかし、キャッチャーが俺にボールを投げ返したとき、俺はボールをキャッチできなかった。

 投げはできても、キャッチはできん!

 仕方がないのでキャッチャーは転がして俺に返球するのだが、それが何回か続くとあまりの滑稽さに相手チームからクレームの嵐が噴出した。

 審判もどうにかなんないの、とか言ってくるしぃ。

 焦ったキャッチャーは俺にボールを投げて返球したのだが、キャッチしようとしたボールは何故か俺の顔面に激突。

 …鼻血を出して担架で運ばれる騒ぎとなった。

 運ばれる中、友達の元ピッチャーはこう言った。

 もう来るなと。


 そうして俺は一人の友達を失った。


 野球にはこんな青くほろ苦い思い出があるが、あのとき覚えた投げはまだ、俺の中に息づいている!


 手に握るは、角石だ!


「カーブ!」


 バシュン! ズバッ!


 直撃するかに見えたが、寸前で躱したようだ。

 いや、足が2本ほど無くなっている。

 よーし、どんどんいくぞ!

 お次は泥石だ。


「シュート!」


 バシュン! バリン!

 

 ん、羽に当たったかな?

 相変わらず飛んでいるが、何となく動きが鈍くなったか。


 それじゃあ、次は石英だ。

 こいつは白くて丸いから、まさに野球のボールって感じだ。


「もういっちょシュート…と、見せかけてストレートだ!」


バシュン! ズドンッ!


 完全に避けそこねたオニヤンマの長い腹の中央あたりをとらえ、吹き飛ばした!


 よしっ!イケるぞ!


 腹の切断面からボタボタと体液を流すオニヤンマは、怒りか、痛みか、ワナワナと震えている。

 ひときわ大きく顎を開いて威嚇したあと、こちらに突っ込んできた。

 ヤバい!

 石が近くにない!

 どうする?


 低音と高音が混ざった凄まじい羽音を響かせて迫りくるオニヤンマに俺はゴブリンを投げつけた!

 空中で綺麗にゴブリンをキャッチしたオニヤンマが通り過ぎる!


 バリパリパリバリン!


「ぐわっ!」


 ……なんつー衝撃だ。

 羽は体に当たっていないのに、衝撃波というか振動で体をバラバラにされたようなダメージ。

 くそっ、耳からも血が出ている…。

 平衡感覚が狂ってやがる。


 オニヤンマは捉えたゴブリンをゴリゴリと噛み砕いていて、俺の存在を忘れたかのように旋回している。

 身代わりの術、できたよ忍者先輩。


 抱えていたゴブリンの残骸をペッと捨てたオニヤンマは再び俺を認識したようだ。

 高い位置で俺を狙うようにホバリングしている。

 もう一度身代わりの術が成功したとしても、あの羽の衝撃波に耐えられる気がしない。


 振らつきながら地面の武器を拾い集める。


 次に突進してきたときが勝負だ…。


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