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20、ゴブリンを投げます

 ゴブリンが押し寄せてきた。

 通常時の目でもはっきりと奴らの姿が見える。

 武器は持っていたりいなかったり。

 武器は短槍やナイフなどと統一されていない。

 頭に巻いてる赤いバンダナと毛皮の腰巻きは共通している。

 醜悪な顔に赤い目が爛々と光っている。

 どいつもこいつも戦いに酔った表情で、狂ったように走ってくる。

 死兵だ。

 指揮官っぽいデカいゴブリンを倒したというのに、何が奴らを突き動かすんだ。


 武器庫に戻ろう。

 奴らをおびき寄せる為に武器庫に干魚とか置いておいたのだが、完全に俺だけにロックオンして追ってきやがる。

 分散してズルズルとゲリラ戦を挑まれるよりは良いか。



 急いで武器庫に戻った。

 思ったよりゴブリンの足が早い!

 無数にある石板を手当たり次第に投げる!


「オラッ!オラッ!」


 不味い。

 敵は中距離を越え、近距離の戦闘に移行してきた。

 円盤投げでは速射が難しい。

 フリスビーのような手投げでは威力がでない。

 迎撃ペースが落ち、戦線が近付いてきた。

 投げナイフや苦無、砕けた石を投げる。

 投げまくる!


「おりゃ!…とりゃ!」


 息つく暇もない。

 半数は倒してると思うが、後から後からゴブリンは湧いてきて無限にこの戦いが終わらないのではないかと焦燥感が生まれてくる…!



 我が天現捨投流は戦場の技だ。

 多人数に対する戦い方も伝わっている。

 しかし俺は頑なに投げしか習得しなかったから、完全な継承者にはなれなかった。

 そのことで宗家の赤峰家の独り息子である俺に対する親戚のプレッシャーは厳しいものだった。

 お師さんは分家筋にあたるのだが、そんな俺を唯一陰なり日向になり守ってくれた。

 柄じゃないと言いつつ、秘匿道場の師範代を担ってくれた。

 親戚と揉めに揉めたときは、海外に送り出してくれたりもした。

 そんな不完全な俺でも、流派の使い手を名乗らせてもらえるなら、お師さんに恥じるような戦いは断じてできない。

 投げだけでも我が流派は戦場で最強だと証明してやる!


 もうゴブリンは目の前にいる。

 ここからは乱戦だ。


「天現捨投流 赤峰渉…いや投神、参るっ!」


 俺の顔めがけて突き出された槍を、首を傾げるようにして避け、踏み込む。

 伸び切った腕を脇に挟み、喉輪をして態勢を崩し、少し回転しながら後頭部を地面に打ち付けるように投げる。

 仕留めたことを確認もせずに、槍を奪って別のゴブリンに投げつけた。

 そして予め置いておいた角石を拾い、横から回り込もうとしていたゴブリンに投げる。

 回り込ませるかよ!

 ナイフで突っ込んできたゴブリンを、その勢いに逆らわずに抱きつくようにして一緒に後方に飛ぶ。

 二人の全体重がゴブリンの脳天に乗るように極めて、投げる。

 立ち上がるついでにナイフを奪い、投擲。

 ついでに赤石、泥石、花崗、石英を四方に投げる。

 赤石が当たったゴブリンは激しく燃えあがった。

 ん?花崗が当たった奴は既に息絶えているが、凍りついているように見える…。

 おっと、余所見はいかん。

 まだまだゴブリンは襲ってくる。



 秘匿道場では技を掛け合ったりするのだが、本当の意味では掛け合えない。

 我が流派は戦場で人を殺す為の修羅の技。

 技が成ったときは、即ち死人が出るということだ。

 技を磨いても、その技を使えない。

 そのジレンマを秘匿道場にいる人達の多くは抱えていただろう。

 その秘匿道場で投げだけを極めんとしていた問題児の俺が、本当の生き死にをかけた戦場に出れるとは。

 みんな羨むかもしれないな…。

 業深い。


 スゥゥゥー、ハァァァァー……


 我が流派では基本的に声を出さない。

 裂帛の気合、発声は筋肉が緊張するだけとされ、脱力を是とする理合と合わない。

 深く深く呼吸し続け、瞬間的にしか力を出さない。

 厳密には技というものもなく、1つの型だけがあり、その型の応用で臨機応変に戦場に対応するのだ。

 大事なのは破壊する為に人間を知り尽くし、色んな状況下で戦える発想の瞬発力。

 だから滝壺に落とされたり、樹海や大草原、砂漠に放り込まれたり…。

 あの野郎…!


 だから人型のゴブリンは、デカい魚や虫より与し易いのだ。

 

 どの競技でも禁止とされる技のオンパレード。

 目潰し、金的は小さな力で大きな効果があるので、最も基本的な攻撃です。

 それを単品ではやらず、投げに連なる動きの一環として行う。

 すると異世界パワーのお陰で軽い力で強力な技になることに気がついた。

 力が少なくてすむなら、継戦力が向上するのだ。



 いつしか異世界ならではの力の使い方の検証になっていた。

 恐怖も興奮も高揚もない。

 今まで磨いてきた技の実戦での確認と、新たな力への探求心しかない。


「おりゃゃー!」


 意外にプロレスのジャイアントスイングが有効じゃねーか!

 思わず声が出ちゃったよ。

 ゴブリンの足を掴み、駒のように回転する。

 投げ技の助走と思えば鬼のような回転力が加わる。

 それを周りのゴブリンにぶつけて吹き飛ばし、投げつける。

 ボウリングのピンのようにパッカーンとゴブリンどもが弾け飛んだ。


「おもしれぇ〜!」


 そうか、中学生のときにやっていたハンマー投げと同じだ。

 今までハンマー投げを戦いに転用する発想がなかったが、いまカチリと理合が合った。

 この異世界で得た不思議投げ力によって、ジャイアントスイングは充分な殺傷力を持った技となった。

 武器を持って突っ込んできたゴブリンにゴブリンをぶつけて双方にダメージを与えられるし、間合いも取れる。

 武器を持ってかたまってるところに投げつけるのも効果的。

 ハンマー投げの応用でなんと50m先のゴブリンにも当てられる。

 素敵だ。


 俺の周りにゴブリンがいない空白地帯ができれば石やゴブリンの武器を拾って投げつけてやる。

 それを無我の境地でやり続けた。



「むぅ、ゴブリンの押し寄せる波が少し弱まってきたな…」

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