16、魚に槍を投げます
槍を構え、狙いをつけて集中すると視界に変化がある。
遠く離れた的がよく見えるのだ。
投げるのをやめようと思うと、元の見え方に戻る。
やっぱり投げる!と思うと、視界がギューンとクローズアップする。
めちゃくちゃ面白いんですけどっ!
拡大された岩の壁面に槍を投げる。
シュンッ! ズカン!
狙った箇所に寸分違わずに槍は深く深く付き刺さった。
25mほど離れてるのに、まるで5m先の的に当てる感覚。
一度投げただけなのに、もうこの視え方や感じ方が当然のように馴染んでいる…。
どんどん投げが進化していってるようだ。
岩壁に深く付き刺さった槍はもう使えない。
木材の柄とゴブリンの赤布を回収して、もう1本槍を新たに作る。
材料は揃っている、ものの数分で槍が完成した。
「今日は魚を突くまでが企画だったな」
あ、いかんいかん!撮れ高を計算している自分がいる。
カメラもないのに、異世界で見せ場を作ろうとはっちゃけたら簡単に死ぬるっ。
慎重に、計画的に、生命を大事に!
とは言っても漁はしなければならない。
槍2本、銛2本を肩に担ぎ、腰の触覚ベルトに投げナイフを差し、右手に赤石を持って湖に向かう。
なかなかの重量だ。
今朝の湖も静寂そのもので、風もないのか鏡のように空の雲を映している。
ここに俺の身長を越える魚がいるはずだ。
「ん、水際の位置が後退している…?」
これだけ乾燥した大地だ。
蒸発するのも早いだろうが…、焦るな。
この水がなくなる迄には新たな水場に移らなければならないのか。
やはり保存食をさらに確保して、周囲の探索を開始しないと。
調理場に着くとまだ火はついていた。
焼魚、焼き枯らしは完成とみて良いだろう。
あとは風通しの良いところに置いておこう。
「早速だけど、いただきます」
アムッ ムグムグムグ…。
うまい!
旨味が凝縮している。
長時間焼いたので硬いのだが、脂がのっているのでパサパサではない。
川魚特有の臭みも抜けている。
塩、塩さえあれば…!
朝からお腹いっぱい食べてしまった。
これだけ食べてもまだまだ残っている。
いや、安心しててはダメだ。
新たに食料を確保しないと!
水をガブガブ飲んでから、漁に適した場所を求めて移動する。
水際で高台になっているところが良い。
あの辺か。
「はい、狩り場に着きました!
これからね、頑張ってね、自作の槍で魚が捕れるかやってみたいと思います!」
またこのノリか。
でも誰もいないこの世界でテンションあげるのには、やっぱりこれなのだ!
仕方ないよね。
「それではこの石の穂先の槍でやっていこうと思いますが、陸上競技としてなげ槍の槍と比べてだいぶ短いですね!
そしてかなりの重量感があります。
長さはだいたい1mほどでしょうか。
穂先も大きいので空気抵抗が大きく、飛距離はそれほど出せないとは思いますが、今回は魚を捕るというコンセプト。
的に正確に宛てられるかが勝負ですね。
その的は動きますし、かなり難しいんではないかと思っております。
ですがこの投神の名にかけて、何とか成功させてみたいと思います。
それではっ、世界を〜投げ投げ!」
槍を構える。
投げるという意志に伴い、視界が変わる。
望遠鏡を覗きつつも、視界の端は普通の世界が見えているという不思議な感覚。
それでいて違和感がない。
水の透明度は高いが魚は見つからない。
湖の中央付近はかなり深いようで、底が見えない。
ブラックホールのように青黒く、全てを飲み込みそうだ。
そこに大きな水音を立てた、巨大な魚がひそんでいるはずだ。
しばらく待っているが何も変化がない。
それでも集中は途切れさせない。
狩りに粘り強さが必要なのは、アボリジナル・オーストラリアンの狩りの師匠に教わった。
教わったというか、見せつけられたというのが正確か。
あれはジャグリングの世界大会がオーストラリアで行われ、その大会終了後にオーストラリア大陸を彷徨った時のことだ。
頑なに昔の狩猟生活を続ける一族に偶然出会い、しばらくやっかいになったのだ。
その中でも一人の老人の狩りの技に感銘を覚え、ずっと付きまとっていた。
いや、あれは弟子入りという状態です。
向こうは俺のことをどう思っていたかはわからないが。
なんせ言葉が通じない。
もともと口数が少ないのだが…。
特に何かを教えるとか、伝えるということはない。
勝手に見て、学びとるだけだった。
狩りが成功したときの、彼の険しい顔のまま目だけは少年のように笑う顔が好きだったなぁ。
良い木が手に入ったらブーメランを作ろう。
そういえば前に手に入れた枝でアトラトルが作れるじゃん!
ちょうど良い形状をしていたはずっ!
ん…?
「はっ⁉︎ なんか泳いでる!」
早い!
水中の中を弾丸のように進む銀色の影。
ランダムにジグザグに進むのではっきり見えないが、魚のようだ。
そして例に漏れず、デカい!
「当てられるか…?」
いつの間にか考えごとをしていたので、もう一度集中しなおす。
魚の動きを観察し、次の動きを予想するのだ。
体の筋肉の緊張を取れ!
魚はこちらに気づいてないようだ。
だんだんとこちらに近づいてくる。
読み切って投げろ…!
「そこだっ!」
シュバッ! チュドン!
「命中っ!」
魚はバシャバシャと暴れているが、頭付近にしっかりと刺さった槍は外れることはなさそうだ。
回収しに行こう。
念のため銛を1本手に持ち、水の中に入っていく。
足がギリギリ届かない深場になってきたころ、ようやく暴れている魚が見えてきた。
水中で見るとかなり大きくてビビる。
銀色ベースのボディに真ん中に黒っぽいラインが入っている。
ヒレは黄色っぽい。
「カワムツ?」
よくいる魚だが、ここまで大きいと別物に見える。
割と急所っぽい頭に槍が刺さっているのに、相変わらず元気いっぱい暴れている。
苦労しながらやっと槍の柄を掴むことができた。
ものすごい力だ。
銛も打ち込んでみるか…。
そのとき不意に湖の奥から細長いものが魚に向けて突進してくるのが見え、そいつはカワムツにしがみついてきた!