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1、世界を〜投げ投げ!

投げて、投神(なげがみ)サマ!



「ど〜も〜徹底投擲(てっていとうてき)チャンネルの投神(なげがみ)です!世界を〜投げ投げ♪」

 幾度となく繰り返してきたこのお決まりのフレーズ、いまだに小っ恥ずかしい。

 しかしプロデューサー曰く、動画配信サービス「エムブロ」こと「MBrocast(エムブローキャスト)」の動画のオープニングにはこういうノリが大事らしい。


 俺は「投神」という名前で活動している登録者数25万人のブロキャサーの赤峰渉(あかみねわたる)だ。

 主に投擲系のスポーツに関する話題をネット上で発信している。

 チャンネル立ち上げ開始時は現役のアスリートにその競技で挑戦し、打ち負かすという事を繰り返してきたので、なかば迷惑系として扱われた時期がある。

 最近は直接その競技で争うようなことは極力避けて落ち着いた内容になってきている。

 まぁ過激な内容の昔のほうが良かったという視聴者さんの声も多いが…。

 俺的にはプロデューサーの指示通りに動いてきただけなのだが、プライドを傷つけてしまったアスリート達に対しては大変申し訳なく思っております。


 ここ一ヶ月ほどは俺が発案した、とある山上湖での「第1回投神杯 水切り大会in姫神湖」開催に向けて忙しい日々を送っている。

 制限時間内に湖畔で石を拾って水切りをし、その石が跳ねた回数と美しさを競う大会だ。

 この山上湖は過疎地域にあり、地域興しのイベントとして県を巻き込んだなかなか大掛かりなものとなっている。

 俺はその審査員と解説を担う。徹底投擲チャンネルのオフ会という意味もあるので、まぁ客寄せパンダです。

 それでも開催に向けて事務方としても色々動いており、マジで寝る暇もない状態だ。

 今日もこの山上湖のシチュエーションを紹介動画を撮影後、料亭で地域住人との懇談会が待っている。



「山を登ってくると突如としてこの美しい湖が見えてきます

 ひえ〜透明度がヤバい!

 そして周りは木々に囲まれているので風による波が立ちにくいという、水切りには最適な環境となっています

 挑戦者の皆様にはこの石が多くある『水切り石採取ゾーン』で制限時間まで石を吟味して頂きます

 水切り挑戦回数は各3回ですので、石は3つまでキープしてくださいね!

 そして順番に水切りに挑戦してもらい審査員による観測し順位をつけていきます

 湖の上にはドローンも待機しておりますので公平な映像判定ができますのでご安心くださいね

 さて、この湖なんですが、神が住むという伝説がありまして、願いを込めて石を投げると神がその願いを叶えてくれる、なんてお話もアルとかナイとか♪

 確かにこの美しい湖を眺めてると神秘的な力を秘めているように思えてきますね〜、しらんケドっ

 皆さまもぜひ、この神秘的な姫神湖で願いを叶えるべく、水切りにチャレンジしてみてください!

 申し込みサイトを概要欄にアップしておりますので、そちらをチェックしてくださ〜い。

 それと高評価、チャンネル登録もお願い致します!

 それでは当日、お待ちしておりま〜す!

 レッツら、世界を〜投げ投げ!」


「…ハイ、OK!」


「お疲れ様でした〜」「お疲れ様でした」

 プロデューサーの声でカメラ撮影が停まる。

 とりあえず湖紹介パートは一旦終了し、明日は水切りのデモンストレーション等の動画を撮る予定だ。

 カメラマンはこのまま他の美しいカットを撮影すべく、探索するとのことで別行動となった。

 土地勘のある俺は夕方まで大会チラシを近隣地域に周って配ること仕事を申し出た。

 もちろんアクションカメラは装備し、撮影可能かや顔出し可能かを確認して地元住人の声を拾っていくのだ。

 面白い動画かどうかはプロデューサーが判断するので、気にせずに自然体で行動するのだ。

 撮影クルーと別れ、一人車に乗って先ずは最寄りの商店街に向かった。


「あ〜、懐かしいなぁ

 でもお店が減ってるな…

 ぅわっ、お肉屋さんがなくなってる!ショックだ、コロッケ美味しかったのにぃ…」

 常に動画を回しているので、独り言は意識的にするようにしている。

 もともとは寡黙なほうなので、なかなか辛いものがあるのだが、プロデューサー(鬼)の目が怖いのだ。

 車から降りてアクションカメラを回しながら商店街を歩いていると、懐かしくて心が暖かくなる。

 この商店街は子供の頃はよく来ていたので、顔見知りの人が多い。


「あ!西口のおっちゃん!お久しぶりです」

「えっ?あー、赤峰んとこの子か!まだ投槍やってるか?」

「いえ、今はブロキャサーやってます。エムブロで動画配信してるんですよ」

「へ〜、ハイカラだね?」

 西口のおっちゃん、エムブロ知らないんだね…。

「お〜赤峰くん、円盤投げ頑張ってる?」

「赤峰は砲丸投げだろ?」

「いやいやハンマーだって」

「あんたジャグリングで世界大会行ってたよね?」

 西口のおっちゃんを皮切りに近所の商店街の人や買い物中のお客さんがわらわらと寄ってきた。

「皆さ〜ん、いま俺はブロキャサーやってるので、そっち見てくださ〜い!徹底投擲チャンネルです!世界を〜投げ投げ!」

 みんなほとんど知らないようだが、一部は「あ〜、アレね」みたいな声も聞こえた。

 登録者25万人じゃ、まだまだですな〜。

「こんど姫神湖で水切り大会をするんで、そのPRにきてます。このチラシをお店で貼ってもらえますか?」

「おぉ〜聞いてる聞いてる!ナゲガミってひと、赤峰くんだったの」

「ウチの店はもう貼ってるよ」「ウチもウチも」

 さすがに県を巻き込んでやってるので、結構イベント認知度は高いようだ。チラシも商工会のメンバーが中心となってチラシ配りをしてくれたらしい。

 なので買い物中のお客さんにチラシを配ってPRしていこう。

 一部のエムブロを見てくれている登録視聴者からはキャーキャー言われたのだが、地元ということもあって嬉しいやら恥ずかしやら…。

 小さい頃からの知り合いの人がいる前ではお決まりの投げ投げポーズもテレが入ってしまった。

 ときに記念撮影に応じ、ときに昔話に興じながら商店街を渡り終えた。


 夕方になってきたので、地元有力者が集まった食事会に間に合うように移動することにした。

 お、カメラマンの川上さんから電話だ。

「もしもし赤峰くん?姫神湖の夕方の画、すんごいの撮れたよ〜、期待しといてね!」

「それは楽しみですね。お疲れ様でした!俺はこれから車で水蝶亭に向かいますので、現地集合で良いですか」

 徹底投擲チャンネルのカメラ担当の川上さんは少し年上の飄々とした態度ながらも、ドラマチックかつ見やすい動画を撮ることでチャンネル内でも評価が高い。

 チャンネルスタッフの中でも気の合うほうなので、割とこまめに連絡を取り合っている。

「りょうか〜い」

 電話を切って車に乗り込み、懐かしい商店街を後にした。

 この商店街の道を右に曲がれば、俺の生まれた家がある。

 もう誰も住んでいないが。

 平凡で平和だった、まだ両親が健在だった子供の時間。

 両親の死後は振り返る暇もない激動の連続だった。

 自分で企画した地元でのイベントだが、変わってしまった自分をまざまざと直視させられるようで辛い。

「お父さん、お母さん…」

 廃墟と化した実家に帰っても仕方がないので、穏やかな過去を振り切るように反対方向の料亭に向かった。



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