雪山での遭難ラブイベントはヒロインとするものですよね。私、悪役令嬢ですが。
吹雪の中で、王太子ダレスの体がきれいな放物線を描く。
落ちた先は吹きだまり。我が王国の麗しき王太子は、まるでひっくり返された蛙のようなポーズで雪に埋まった。
「すいませんねえ。あなたを『凍死』させたら、爵位をくれるって弟殿下が言うんです」
「それと、うなるほどの金を。悪く思わないでくださいよ。レイラ様も。王太子の婚約者になったことが、運の尽きだったんです」
ダレスを放り投げた張本人、二人の王太子付き従者はそう言って去って行った。
「なんでこんなことに……」
吹き溜まりの中から、情けない声が聞こえる。
それは私のセリフだわ。雪山遭難イベントは攻略対象とヒロインがするものなのよ。悪役令嬢の私は無関係なはずなのに、どうして。
考えられるのは、私が悪役令嬢に待ち受ける破滅を回避しようと、あれこれ画策したせいでシナリオが狂った、ということだけど。原因はなんだっていいわ。今は生きて帰ることのほうが重要だもの。
「レイラもすまない」とダレス。「君は抜け出せそうかい」
実は私も吹き溜まりに埋まっている。ダレスと違って、立っている格好で胸の下までが雪。普通ならば、抜け出せない。でも、大丈夫。
風の精を呼び出すと、私を中心に竜巻を起こしてもらった。周囲の雪が飛んでいき、私とダレスの脱出はいとも簡単に成功した。
「なんで精霊を呼べるんだ!」と驚いているダレス。
それはそうよね。本来なら、精霊女王に気に入られたヒロインにしかできないことだもの。だけど、破滅したくなかった私は――
「精霊王に頼んだから」
で、その資格をもらったのよね。
「はあぁ!? 精霊王にどうやって会ったんだ!」
「努力と根気」
「君という奴は……」
「のんびりしている場合ではないわ。帰るのは自力なのよ。――風の精、ロッジの方向はわかるかしら」
精がうなずく。良かったわ。ダレスの手首を掴む。
「死にたくなかったら、はぐれないでね。あなたのために余計な労力は使わないわよ」
「……他の令嬢に目移りした僕を助けてくれるのか」
「死なれたら気分が悪いもの」
……本当は今でもダレスを好きだからだけど。そんなことを伝えても、無意味だもの。
「ありがとう、レイラ」
ダレスに感謝されるなんて、初めてかもしれない。私は悪役令嬢なのだから、この一言だけで満足しなくてはね。
そうして私たちは、吹雪の中を歩き始めた。
◇◇
精霊は、ロッジに案内してくれた。だけどそれは私たちが泊っているところではなく、無人の避難用だった。しかもここは攻略対象とヒロインがラブラブイベントをする場所……。
とりあえず火の精霊に暖炉をつけてもらったのだけど、ダレスは
「このままだと風邪をひく」
と言って濡れた服を脱ぎ、みつけた毛布にくるまっている。そして、私に別の毛布を差し出しながら、
「レイラも早く」なんて言っている。
これってまるっきりイベントどおりなんだけど!
どうしてこんなことに。ダレスからの好感度が上がったの? まさか。
高まる胸を感じつつ、毛布を受け取った。
なろうラジオ大賞用に書いたものの、字数がオーバーし、オーバー分を削除する気力もないので、参加を取りやめた作品。その2。
その1は『冤罪で処刑される聖女は、魔王を選ぶ』