08 実践編(上)
多少人の手が入った山道は、獣道よりはマシという程度で、歩行で体力を奪われるのは間違いない。それも、大荷物を持っているのなら尚更。
追手が来ないか精神を張りつめながら、十人弱の男達――盗賊団「赤獅子」一行はようやく、手引き者と別ルートで移動中の仲間達との合流地点に辿り着き、緊張を解いた。
「やっと着いたか。これで歩かずに済む」
「つっても次は馬車だぜ。ソルテラじゃあクルマに乗っていた俺らが、今さら馬車だなんて」
「仕方ねえよ。鉄道すら走ってねえ国だぞ。なんてったってグラスター王国は魔法使い様の国! とんがり帽子に杖を振って、怪しげな呪文を唱えりゃあなんでもできると思っている、お花畑共の集まりなんだからな!」
ぎゃははははっ! と盗賊達は下品に笑う。彼らは法の改定によりソルテラ国内での活動が厳しくなったため、隣国グラスターに拠点を移す算段であったのだ。
技術力の低さから王国を見下す部下達を、頭領のテアトルは「調子に乗るんじゃねえ」と睨みつける。
「そのお花畑共が作った結界に穴開けんのに、どれだけ金かかったのか忘れたのか? 一年前の戦争もあの帝国に勝っているんだ。最新の銃器をバンバン使ったっていうのにな」
頭領に釘を刺され、盗賊の一人がしゅんと項垂れた。
「す、すいませんボス。でも、警戒し過ぎじゃないですか? 今夜襲撃するあの砦だって、五人しかいないって話じゃないですか」
「そうっすよ。副頭領さんと合流すれば、こっちは三十人近くいるんですぜ。脅して俺達の隠れ家にするなんて、朝飯前ですよぉ!」
「馬鹿野郎。だから油断するなって言ってんだ。手土産でしばらくしのげるとはいえ、商会のジジイに頼り切りじゃいずれ食われる。さっさと別の拠点を確保して、武器やクスリを密輸しねえと。失敗は許されねえ」
「へへっ。砦なら武器庫のおかげで密輸し放題っすもんね。さすがボスっす!」
国外逃亡が成功した達成感からか、未だ楽観的な部下達の態度に、テアトルは呆れて頭を掻く。これ以上言っても仕方ないと無視を決め込んだ時、「おーい!」とこちらに向かって男が叫んできた。
ぜえぜえ息を切らしながら走ってくる小太りな男は、季節外れの毛皮の外套を羽織っており、事前に聞いていた手引き者の特徴と同じであった。テアトルが眉間に皺を寄せる。
「大変です! フォルムの憲兵に勘づかれました! 馬車で移動はできません、気づかれます!!」
「なんだと!? なにやらかしてんだてめぇ!!」
「ひぃぃ、申し訳ありません」
盗賊の一人が凄めば、小太りな男は情けない悲鳴を上げた。テアトルは舌打ちをする。
「商会の方もか?」
「え、ええ。もうすでにルクルム会長も、捕まってしまいまして……」
「役立たずが……お前、ここの地理は詳しいか?」
「もちろんです。憲兵に見つからぬよう、抜け道をご案内いたしま――」
「オルクス砦まで案内しろ」
「えっ?」
呆ける男に、テアトルは短銃を突きつける。またもや悲鳴を上げる男を無視し、テアトルは部下達に告げた。
「おい野郎ども! 予定変更だ。今から砦を奪取し、そこを新しい拠点にする! シーシャだけここに残ってニデックに伝えろ。どうせルクルムのジジイ以外とも取引するつもりだったんだ。このままネクサス商会に乗り換えるぞてめえら!!」
「了解っす!」「承知しやした!」と、盗賊達は頭領の言葉に答える。テアトルは手引き者の男の額に銃口をあてたまま、にやりと笑った。
「そういうことだ。泥船にのるつもりはねえ。命が惜しかったら、大人しく砦まで案内するんだな」
「は、はいぃぃ……」
手引き者の男は何度も必死に頷き、慌てて「こちらです」と獣道を示した。
盗賊達はトランクやリュックなど大荷物を抱えながら、さらに足場が悪い道を進む。地には動物の死骸が転がり、鳥の不気味な鳴き声や獣の唸り声がどこからともなく聞こえてくるが、それらに怯える者は誰もいない。
しばらく歩いていると、体力に自信ある盗賊達でも疲れが見え始めてきた。やけに植物、特に木に垂れ下がる蔓が多くなってきたと、テアトルは汗を拭う。顔までかかる蔓を腕で払い、先頭の男に言った。
「他に道はないのか。草木が鬱陶しい」
「ボスの言う通りだ。こっちは大荷物なんだ。トランクに傷が着いちまうだろうが」
盗賊が持っている横長のトランクをちらりと見て、小太りな男は怯えながら答えた。
「し、しかし、ここでなければ砦の兵に気づかれるかも……その、提案ですが、荷物を置いていったらどうです……?」
青い顔の男に対し、テアトルの目が険しくなる。
「ああっ!? できるわけねえだろ!! 商売道具を置いてけっていうのかてめえ!!」
「しょ、商売道具って言っても……命には変えられませんよぉ」
「舐めたこと言ってんじゃねえぞデブ! この銃を密輸すんのどれだけ苦労したか――」
「おい」
怒鳴っていた盗賊を目で制し、テアトルは男に向けて発砲する。鉛玉は小太りな男の足元に着弾した。
「ひぃ!? 何するんですか!?」
「白々しい。さっきから探るようなことばかりしやがって。それにお前、デブの割には体力あるじゃねえか」
弾をセットし、もう一度男に向ける。
「さっきから息切れどころか発砲されても汗一つかかねえ、そんな人間がいてたまるかよ」
今度は頭を目がけて引き金を引く。銃声が鳴り響く直前、小太りの男は舌を出した。
「んー、バレちまった!」
直後、男の姿が消え、大量の蝙蝠が目の前に現れた。蝙蝠は盗賊達を襲い掛かるように飛んでいく。仲間から悲鳴と困惑の声が上がる。テアトルは咄嗟に腕で顔を守ると、凄まじい羽音と共に愉快そうな声が耳に入った。
「目標は達成したからな、ジジイはここで退散じゃ。あとは頼むぞリーベル」
蝙蝠が去れば、奥に隠れていた少女らしき人物が返事をした。
「はいはーい! 出番ですよー、つる植物くん」
間延びした声を合図に、木に巻き付いていた蔓が動き始めた。目にも止まらぬ速さでテアトルの脚に絡みつき、そのまま逆さづりにするよう高く持ち上げられた。見れば、少女の隣にある大きな鍋壺から植物が繋がっていた。そしてなぜか少女自身も鍋を被っていた。
「うおおおお!? なんだこれ!?」
「ぎゃあああいてええええ!!」
蔓は絡みついた盗賊の身体をも拘束し、動けないよう雁字搦めにする。テアトルはそんな部下を尻目に、すぐさま蔓を発砲し、拘束から逃れた。そして、懐から小型の筒を取り出すと、頭についてあるピンを抜き宙に投げる。
「あっ!! リタース耳塞いで!!」
リーベルはすぐさま植物を退かし鍋壺に避難した。
次いで、目が潰れるほどの光が炸裂する。音は全てかき消され、耳鳴りがおくれてやってくる。少し待ってから、眩暈を覚えながらもリーベルは壺から顔を出した。先ほどまではしていなかった耳飾りに手を触れ、同僚の安否を問う。
「リタース、リタース。大丈夫ですか。耳潰れていませんか?」
『ああ……聞こえている。少し危なかったが、大丈夫だ』
「では早速報告です。十人は拘束成功、頭領のテアトルと二人の部下は取り逃しました。あと商売道具が入っているといった横長のトランクもありません。足跡的に砦の方に逃げたようです」
『作戦通りだな。あとはこっちに任せてくれ。今からアルカナを寄越す』
「わかりました。お鍋に入って待ってますね」
そう言ってリーベルは耳飾りから手を離せば、リタースの声は聞こえなくなった。
便利な魔道具だなーと感心しつつ、音の魔法使いとしかやり取りができないのは不便だなと二つの感想を抱く。リーベルは頬杖をつきながら、なんとなしに呟いた。
「そういえばあのトランク、かなり大きかったなー。どこの商品なんだろう」
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