29 じょしかい
魔力の代わりに魔石を使用し、魔法を発動させる実験は失敗に終わった。
魔石にも魔力を十分含んでいるのだが、なぜかそれを使用しての既存の魔法は発動できない。
そのため、魔石の主な用途は、割って属性の現象を発動させることだ。例えば、火の魔石ならば割ることで火を、水の魔石ならば水をその場に発生させられる。火種となる火の魔石と、持ち運びに便利な水の魔石以外は、需要がないのが現状であった。
とはいえ、実験に使用した魔石は、再利用する機会がくるかもしれない。アールとエルに異論はなかったため、砦の武器庫へと保管することになった。
そして、日が落ちた頃に歓迎会が開かれ――夕食があらかた済んだあとは、リーベルの予想通り、どこからともなく大量の酒が取り出された。
「いやあ、やっぱり、仲良くなるなら酒でしょ酒」
「まさか辺境伯の屋敷から持ってきてんですかそれ……」
「俺からの祝いの品だよ」とヴェンがウインクすれば、ヴィースは呆れた様子で腕を組んだ。酒瓶のラベルを見て、フトゥが声を弾ませる。
「おお! こりゃあまた良い酒を」
「フトゥ殿はイケる口ですか?」
「ワハハ! ワシはこう見えてザルじゃ! 美味い酒ならいくらでも飲めるわい」
「ほう、デルベルク家も代々酒豪なんですよ。楽しみですな」
「ひひ……今日中に飲み切れるかな、この量」
「余ったらまた後日飲めばいいさ。料理に使ってもいいし」
『ははは。贅沢な料理酒だ』
男達が盛り上がる中、リーベルはレクティタに目で合図し、席を立った。
「私は遠慮します~。隊長さん、一緒にお風呂入りましょうか」
「珍しい。酒好きのあなたが。体調でも悪いのですか、リーベル」
「いえいえ。私なりの気遣いです~。たまには男水入らずで楽しんでください」
「そうそう。ヴィースも肩のにをおろして、どんちゃんさわぎするといいです」
「何ですか二人して急に……まあ、隊長をあまり夜更かしさせても、ですね。お言葉に甘えてお願いします、リーベル」
「はいはーい」
「レクティタには?」
「隊長はちゃんと歯を磨いてから寝てくださいね」
「むー! 子ども扱いして! しつれいしちゃう!」
「五歳児が何を言っているんですか」
そんなやり取りをしたあと、レクティタとリーベルは皆に挨拶をし食堂を去って行った。
背後から何の酒を飲むか何杯飲めるかの賭け事をする話が聞こえてくる中、リーベルがレクティタに囁く。
「隊長さん、作戦は予定通りお風呂上りに」
「りょうかい」
二人は言葉通り入浴しさっぱりしたあと、廊下から食堂の様子を聞き耳した。既に男達は十分酔っているようで、ヴェンがエールを一気飲みしたことやリタースが突っ伏して動かないなど、彼らの笑い声と共に情報が飛び交っている。
これならバレまい、と二人は顔を合わせて頷き、忍び足で隣の厨房に入った。戸棚にしまっているお茶請けの焼き菓子や瓶ジュースをこそこそと手に取る。そうして十分な量を懐に抱え、二人はそそくさとリーベルの部屋へ向かった。
「やりましたよ~、隊長さん! 食料確保成功です!」
「えへへへ。せんりひん、いっぱーい」
レクティタは部屋に入るや否や、焼き菓子をリーベルのベッドの上に広げた。リーベルは瓶の蓋を外し、一緒に持ってきたコップに中身を注いだ。鮮やかな橙色は、オレンジジュースであった。
レクティタにジュースを注いだコップを渡し、リーベルはもう一つのそれを掲げた。
「乾杯でーす」
「かんぱーい」
互いにコップを軽くぶつけ、二人はジュースを飲んだ。ぷはぁ、とレクティタが大仰に口を拭う。
「おふろあがりの、ジュースはサイコーです」
「このクッキーも美味しいですよ~」
リーベルがレクティタにクッキーを一枚差し出せば、彼女はそのまま大きく口を開いてそれを食べた。両手で頬を抑え、「リタースお兄さん。さすがのうでまえ」と幸せそうに味わう。
「じょしかい、いっぱいおかし食べれる。すき」
「他にも楽しいことがありますよ。例えば――恋バナとか?」
「ほうほう。ていばん、という奴ですか」
「隊長さん、部隊の男達の中では誰が一番好きですか?」
「リタースお兄さん。おいしいごはん、くれるから。お顔はこわいけど。リーベルお姉ちゃんは?」
「私もリタースかなぁ。料理上手だし、レパートリーも豊富ですし、量もたくさん提供してくれますし」
「うんうん。ごはんは、じゅーよーです」
「ですです。でもこれ多分恋バナではありませんね。次行きましょ、次」
リーベルは話題を切り替え、棚に置かれているトランプを取り出した。
「ゲームしましょうか。隊長さん、遊びたいものありますか?」
「わーい。七並べ、しよ!」
リーベルがトランプをベッドの上で並べ、ゲームを始める。交互に対応するカードを出していく中、二人は雑談をし始めた。
先程の歓迎会のこと、昼間の実験のことなど、とりとめのない話が穏やかに続く中、ヴィースの出世の話になった時、ふとレクティタはリーベルに尋ねた。
「そういえば、リーベルお姉ちゃんはどうして魔法軍に入隊したの?」
「あれ? 隊長さんに話していませんでしたか」
リーベルは手持ちの札から一枚引き、スペードの2を場に出した。
「弟を探すために、入隊したんです」
「おとうと?」
「はい。名前はリヴィル。私の双子の弟です」
レクティタは驚いて顔を上げた。
「リーベルお姉ちゃん、ふたごだったんだ。デルベルク兄弟と、おそろい」
「そうなんですよ~。しかも異国出身ですし、奇遇ですよね~」
「お姉ちゃんは、おーこく出身じゃないって言ってたもんね。えっと……ふるさと、どこだっけ」
「王国からずーーーーっと北にある、谷底です。穏やかな場所ですが、何もない田舎ですよぉ。それが嫌になって、弟も家出しちゃったんですけど」
「だからさがしているの?」
「ええ。心配して私も飛び出したのはいいものの、途中、食い扶持に困ってしまいまして」
リーベルは残り二枚の手札をひらひらと動かした。
「そんな時、風の噂で王国の魔法軍にいると聞いたんです。ちょうど帝国と戦争する直前だったので、人手不足もあって入隊はできたんですけど、肝心のリヴィルが、中々見つからなくて」
「むう。そうだったのですか。レクティタも、おとうと探すのてつだう」
「ありがとうございます、隊長さん。あ、お菓子食べきっちゃった」
雑談しているうちに、厨房からくすねてきた焼き菓子を二人は食べ終わってしまった。レクティタが残りカスを名残惜しそうに見る。リーベルは机の上にある置時計を見た。針は二十三時前を指していた。彼女はまだレクティタを夜更かしさせていいだろうと判断し、立ち上がった。
「トランプも飽きてきましたし、星でも見に行きます?」
「わーい! 行く行く!」
「じゃあ、ついでに温かい飲み物でも持っていきましょう」
リーベルはレクティタと手を繋いで部屋を出た。
話しながら廊下を歩けば、厨房から灯りが漏れている。覗けば、ヴィースとヴェンが台所で作業をしていた。どうやら酒を飲みながら会話しているようである。
「そうした前隊長のやらかしで、私達は泣く泣く金策するはめになったんですよ」
「予算横領とは災難なことで。そりゃあ除隊処分も納得だ。逆恨みだけが怖いな」
「その時は直葬してやりますよ。いや、燃やすから火葬か……て、隊長とリーベルではありませんか」
「お、どうしたんだ二人とも。夜食でもつまみに来たのか? 俺達みたいに」
振り返った二人は、ほんのり顔が赤かった。手元を見れば、どうやらヴィースが薄く切ったチーズを焼き、チップスを作っているようだ。ヴィースは皿に盛り付けたそれを一枚食べたあと、酒を飲んでから言った。
「戸棚にしまってあった焼き菓子が少なくなっていたのですが、犯人はあなた達ですか」
「なんのことだがさっぱりですー。ねー、隊長さん」
「そそそそうだね、お姉ちゃん。レ、レクティタは、クッキーやマフィンのことなど知りませんよ」
飄々としているリーベルに対し、レクティタは露骨に目を泳がせた。あからさまに犯人とわかる彼女を庇ってか、ヴェンが話題を変える。
「にしても、ヴィースって酒強いんだなー。まさかアールとエルの両方が先に潰されるとは思わなかったよ」
「他の皆さんは?」
「隣を覗けばわかりますが、全員寝ています。もう朝までこのままでいいですかね」
「邪魔なのでちゃんと部屋まで運んでください。食堂で吐かれても困りますー」
「そうそう。まったく、だらしない大人たちです。ささ、酔っぱらいは放っておいて、ホットミルクを作りましょう。リーベルお姉ちゃん」
レクティタが棚から牛乳を取り出し、リーベルに渡す。ヴェンが苦笑した。
「そろそろ寝た方がいいんじゃないの、レクティタちゃん」
「今からてんたいかんそくするので、まだ起きる。夜ははじまったばかりです」
「いいのー? あんまり夜更かししていると、お化けが出るよ?」
「お、お化け?」
ヴェンの言葉に、レクティタがぎょっと目を見開く。ヴェンは悪乗りし、体の前に手をぶら下げ、おどろおどろしく話す。
「何て言ったってここは砦だ。戦争で死んでしまった幽霊が、夜中になると廊下を徘徊していたり、果てには……」
「は、はてには?」
「鏡や魔石から腕が伸びてきて、生きた人間をあの世に引っ張っていっちゃうんだよ!」
「ひょ、ひょえええ……」
レクティタが両手で頬を抑え、顔を青くする。幼子の良い反応にヴェンが笑っている間、リーベルはヴィースに頼んで、コップに注いだ牛乳を温めてもらっていた。
「アヴェンチュラさん、隊長さんを揶揄わない。大人げないですよぉ」
「全くです。隊長が一人でトイレ行けなくなったらどうするんですか。隊長も、お化けが怖いなら夜更かしはほどほどに、早く寝てください」
「ななな、何を言っているんですか、ヴィース。レクティタ、お化けこわいなんて、ひとことも言ってない」
「はいはい」
「お、おてほんのような生へんじ……むー、いいもん。ヴィースもヴェンお兄さんも、てんたいかんそくに誘ってあげない。リーベルお姉ちゃん、早くお外へ行きましょう」
「ちょっと待ってくださいねー。今、蜂蜜入れるのでー」
「! それはじゅうよーな任務です。レクティタのは、はちみつたくさんで」
「仰せのままに~」
リーベルは蜂蜜を壺からハニーディッパーで掬い、コップへと垂らす。牛乳へ注がれていく甘い黄金を、レクティタはうっとりと眺める。
「うへへ、たまらんですなぁ」
「陽気な酔っぱらいみたいだね、レクティタちゃん」
(菓子を食べた後に蜂蜜入りミルク……流石に甘い物を食べすぎでは……)
レクティタの健康を気遣ってヴィースは苦い顔をしたが、明日のことなど考えず食堂で酔って潰れた大人達がいる手前、苦言は心の中で留めた。代わりに、安全に気を付けるように注意する。
「もう外は真っ暗なので、怪我には気を付けて。特に、見張り台から落っこちないように」
「お鍋を持っていくので大丈夫ですよ~。結界が張られていますから、魔物なんて襲ってこないと思いますけど」
破られちゃったら別ですから~、とリーベルは食器棚から適当な鍋を取り出した。その様子に、アヴェンチュラが首を傾げる。
「あのいつも持ち歩いている大鍋じゃなくていいの?」
「あれは万能ですけど上に運ぶの大変ですから。一応、私、普通のお鍋でも魔法は使えるんです~。ただ発動すると壊しちゃうので、あくまでも緊急時用、念のための処置ですね~」
「へぇ、そうなんだ。面白いね」
「ふっ、リーベルお姉ちゃんはお鍋使いとしていちりゅーなのです。理解してなによりです、このレクティタも鼻が高い」
「隊長は他人の能力で調子に乗らない。あの結界が破られるとは考えられないので、杞憂ではありますが。お願いしますね、リーベル」
感心するヴェンに、誇らしげに胸を張るレクティタ。そんな彼女に蜂蜜を入れ終わったコップを渡すヴィース。
何てことのない穏やかな光景に、リーベルは一瞬目を逸らしてから、いつもの態度でヴィースに返事をした。
「はいは~い、了解です。では、隊長さん、お待ちかねの星を見に行きましょうか!」
「はーい! さらばです、二人とも。夜ふかしもほどほどに、はやく寝るんですよ」
「レクティタちゃんも、風邪引かないように気を付けてね」
「おやすみなさい、また明日」
ヴェンとヴィースに手を振って、レクティタはリーベルを連れて台所から出て行く。
そして彼女達の姿が小さくなっていった頃、
「………」
食堂からひょっこりと顔を出したゴーイチが、やや迷ってから二人の跡を追いかけて行った。
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