8.入浴と着替え
「アレン君か、一緒に入ろう」
「チッ」
気さくに話し掛けたというのに露骨に舌打ちで返され、ドエムのアレンに対する好感度は急上昇していく。
道中で話し掛けてくる者も、この屋敷の人間も、何故かドエムに丁寧な対応をするからだ。人として当然の事なのかも知れないが、それが何だかもどかしく感じる。
(――いや、この丁寧な対応がひっくり返る敗北をすれば良いのか)
ドエムは平常運転だった。無様に敗北し、情けない命乞いをしてみせる事で彼らの対応もガラッと変わるのではないかと取らぬ狸の皮算用をしてみる。
この屋敷の人間達を差し出すから、自分の命だけは助けてくれとか言えばめっちゃ雑に扱われそう、というか追い出されそうだと。
「ふふふ」
「何がおかしい!」
「おっと、すまない。声に出ていたようだ」
自分の反抗的な態度を子ども扱いされた様に感じられ、アレンの額に青筋が浮かぶ。
彼は毒矢を受けて短い間だけ気を失っていたせいで、ドエムが戦っている場面を見ていない。
そのため彼は同僚からドエムの話を聞いても全く信じられないのだ。人間一人を砲弾の様に投げ飛ばせる筈も、禁域の魔獣を素手で殴殺――それも一撃で――できる筈もないと。
「どんな手を使ったかは知らないが、俺はお前のペテンなんかに騙されないからな」
「そうか、君はそのままで居てくれ」
「馬鹿にしやがってッ!!」
相手にしてられるかと吐き捨てたアレンはそのままドエムに背を向け、さっさと先に行ってしまう。
(イイ! いいゾ! アレン君その調子だ!)
周囲の人間の中で、一番ドエムに対して当たりのキツイ人間がアレンである。
ドエムは身体を洗う時もわざわざアレンの隣りに座り、ニコニコと機嫌の良い笑みを浮かべていた。
(なんだ? なぜ俺をそんなに見てくる!? 怒ってるならまだしも、なぜ気持ち悪い笑みを浮かべる!?)
アレンは得体の知れない恐怖に身を震わせ、湯に浸かる際も腕がぶつかるくらいの近くに居座るドエムの存在に困惑する。
段々と恐怖が勝ってきたアレンは入浴中ずっと無視を決め込み、それはもう大層ドエムを悦ばせた。
「如何でしょうか?」
「あぁ、ありがとう」
入浴を終え、食事も済ませた頃に呼ばれた部屋にて約束通りドエムは衣服の提供を受けていた。
きちんと身体のサイズを測った訳ではなかったが、用意されていた大量の衣服の中に、ドエムの体格にピッタリな物が幾つかあったのだ。
今の彼が着用している物は地味でありながら仕立ての良い物で、身体の動きなどを妨げず、通気性も優れた高品質のシャツとズボンである。
今着ている物を含めた数着を道中の護衛のお礼という名目で譲り受けたドエムは、ルクレツィアの「……この毛皮はどうされるのでしょう?」という質問に顔を上げた。
「これの事なら自由にして構わない」
「えっ」
「流石にそれは……」
薄汚れた未加工の毛皮などに未練はなかったドエムは軽い気持ちでそう言ったが、これの正体が聖獣の毛皮であると知っているルクレツィアとレオノーレは絶句してしまう。
(むっ、流石にゴミを押し付けるのは不味かったか?)
ドエムにとっての認識は、たまに食べられる美味しい夕飯の毛皮である。
以前まで暮らしていた場所に、まだまだ大量にあるので手放しても全く惜しくはない。
(試されている? ……これが聖獣の毛皮であると見抜けるか、もしくはドエム様が何も知らないと判断して不誠実に持ち出すか見ている?)
(まさか言葉通りに受け取る訳もないが……)
そんな事は知らないルクレツィアとレオノーレは困惑し、聖騎士から何かを試されていると感じていた。
もしかしたら自らを取り込もうとしている事を察し、助力するに値する人間かここで見極めようとしているのではないかと。
きちんと聖騎士や聖獣に関しての知識を持っているのか、ドエムを見た目通りの野蛮人だと判断しないか、言葉通りに受け取って聖獣の毛皮を持ち出さないか、そういった言動を見られていると。
「……確か、十年ほど前に城を出奔した方に聖獣の毛皮を加工できる技術を受け継いだ方が居た筈です。彼を探し出し、ドエム様に相応しい鎧に誂えて貰えるようにお願いしましょう」
「むっ、良いのか?」
「えぇ、勿論です。これはドエム様の物ですから」
セイジュウだか何だか知らないが、こんな薄汚れた毛皮を鎧に加工してくれるなんて親切な人だとドエムは思った。
もしかしたらゴミを押し付けてしまったんじゃないかと危惧したが、真正面から「こんなゴミを貰っても困る」と言わず、それどころか綺麗に加工して相手に返すという親切心に「都会の人は凄い」と素直に感心した。
また同時に、無理やり服を剥ぎ取られる前に武装解除させられるべきだとも思い至り、その事に気付かせてくれたルクレツィアに感謝した。
「そうか、助かる」
(この対応は正解だったようですね)
思わず微笑みを浮かべたドエムの様子を見て、ルクレツィアは自分の対応が間違っていなかったと安堵の息を漏らした。
「その間ドエム様はどう過ごされますか?」
「む? どう過ごすか、だと? ……そうだな、冒険者ギルドに行こうと思う」
「それは何故ですか?」
「それは、だな……わかるだろ?」
人間社会についての知識が七歳で止まっているドエムには、ただ単に「格好良さそうだから」「歴戦の冒険者がここぞという場面で敗北を晒すのも最高だと思ったから」以上の考えはない。
しかしルクレツィア達はそうは受け取らなかった。
「なるほど、国に縛られず、情報も集めやすい冒険者の身分を求めるのですか」
ルクレツィアが何かを深読みしている様子にも気付かず、ドエムは「しかし冒険者ギルドが何処にあるのか分からない」と困り顔で言う。
「それでしたら明日はこの街出身のアレンを案内に付けましょう」
「そうか、それは助かるよ」
ただの原始人から服を着た平民になり、そして次は冒険者である。
着々と自分が剥ぎ取られるべき社会性などが増えていく事に、ドエムはとても嬉しそうにしていた。
これで鎧も何時しか手に入り、明日の案内はあのアレン君である。ドエムにとってこれ以上ない滑り出しと言えた。
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