7.久しぶりの街
「懐かしいな――」
馬上から見えて来た景色に思わずドエムの口から声が漏れる。
十五年前に自分が真理を発見した地――あの街の城壁は何も変わっていない様に見えた。
「ドエム殿はこの街に来た事があるのですか?」
いつの間にかすぐ横を並走していたレオノーレに声を掛けられ、まさか独り言に返事をされるとは思わなかったドエムは驚きつつも肯定を返した。
「あぁ、修行に出る直前の頃だったか……この街でいつも自問自答していた」
「……そうだったのですか」
思わぬ返答に驚いていたのはレオノーレも同じだった。
聖騎士として修行に出るか否か、いや修行に赴く前の禁域の踏破の時点で生存確率は著しく低い。
迷い、本当に己に成し遂げられるのか問うのは当然だろうと思ったが、何処か遠い場所を見詰めるドエムの様子にそれ以上の事を深く尋ねるのは躊躇われた。
(あの時は青かった……ただ敗北すればいい、痛みを受ければそれで良いと考えていた……)
もちろん深い理由など無い。
「実は私もこの街に一度立ち寄った事があるのです」
「ほう?」
何となく黙ったままいるのもアレだったので、ドエムはレオノーレの話に耳を傾ける事にした。
「あれは十数年前の……まだ、私が幼かった頃の話なのですが、なんと同い歳くらいの男の子が皇帝の銅像の頭に腰を下ろすという何とも言えない事件があったのですよ」
「へぇ」
ドエムは「自分以外にもそんな事をする子が居たんだな」などと呑気に考え、次いでに同類かも知れないとも思った。同一人物である。
「大人から注意されても、子ども達から石を投げられても笑みを浮かべるだけで降りて来ず、仕方なく街の衛兵が無理やり引きずり下ろそうとしたのですが、抵抗激しく、最終的に小隊が三つも駆け付ける大事に発展したのです」
「世の中は広いな」
「まさに」
他人事のように言っているが、ドエム本人の話である。
「そろそろ門ですね、先触れを出しているのでそう待たずに専用門が開かれるでしょう」
「並ばなくて良いのか?」
「えぇ、貴族と平民は門が別れているのです」
「そうなのか」
そんな会話をしている間にも馬車は進み、そしてとうとう門を潜ってドエムは十五年ぶりに街へと入った――
「レオノーレ殿! いったい何があったと云うのです!?」
街に入り、中でも一番高い場所に建てられた屋敷の正面玄関へと馬車を停めたところで、屋内から出て来た老紳士が血相を変えた表情で詰め寄ってくる。
「レイダル殿、先ずは姫様に休息できる場をお願い出来ませんか?」
「っ、と、失礼した。すぐに用意させよう」
レオノーレからレイダルと呼ばれた老紳士はこの街の領主であり、伯爵の称号を持つ人物である。
彼は一目見て護衛騎士の人数が随分と減っている事に気付き、自らが支持する姫になにかあったのではないかと慌てたのだ。
レオノーレからの要求に一先ずは大事ないと悟り、落ち着きを取り戻した彼は使用人達へと指示を出していく。
「……して、そちらの御仁は?」
「彼の名はドエム――数百年振りに現れた本物の聖騎士様です」
「まさか?」
「彼の纏っている毛皮は聖獣のモノです。姫様とも意見が一致しました」
「ふーむ、俄には信じられんな」
「少なくとも数十人の襲撃者を一瞬で蹴散らし、我々の窮地を救ってくれたのは事実です。どうか彼にも丁重な持て成しを」
「……あいわかった」
数百年振りに現れた本物の聖騎士であるという部分は信じられなくても、大事な姫君の窮地を救い、そしてその姫君が取り込む事を考えている人物であると悟ったレイダル伯爵の理解は早かった。
彼は即座に成人男性向けの食事と男風呂の準備も追加で命じたのだ。
「お久しぶりです伯爵」
「おぉ、ルクレツィア殿下もご機嫌麗しゅう……また背が伸びましたな」
「そうですか? それは良かったです」
レオノーレに手を引かれて馬車から降りて来たルクレツィアとレイダル伯爵が長い挨拶を交わし、その間に護衛の一部が伯爵の用意した者と交代を行う。
その様子をボッーと眺めていたドエムは突然ハッとしたかと思うと、小さな声で呟く――
「――なるほど、これが放置プレイか」
ドエムが悦んだのも束の間、すぐに呼ばれてしまって風呂場へと案内されてしまった。あまりにも短い放置プレイに焦らしプレイかと思ってしまったくらいだ。
「放置プレイではなかったか……」
「? 何か仰いましたか?」
「いや何でもない」
前を歩く案内の者に首を振って誤魔化し、ドエムは気持ちを切り替える。
「風呂というのは初めてだな」
ドエムの生まれた小さな町では水は貴重で、全身が浸かれるほどの湯を沸かす事など到底できなかった。
修行中に水浴びする事はあっても、わざわざお湯を沸かそうという考えに至らなかったのもあってか、ドエムにとってこれが正真正銘人生で初めてのお風呂である。
「コチラになります。もしも分からないところがございましたらベルを鳴らしてお呼びください」
「あ、うむ」
ドエムはあまり丁寧な対応をされるのが好きではなかった。もっと粗雑に自分を扱って欲しいタイプの人間である。
「それでは失礼致します」
一度頭を下げてから去っていく使用人の背中を一瞥し、それから脱衣所への扉を開く。
「アレン君の視線が恋しいぞっと――ん?」
「あ?」
そこには先客が――ドエム好みの対応をしてくれるアレンが居た。
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