6.同行
「我々はヴィダルド様に裏切られたばかりなのですよ?!」
(はて、ヴィダルド様とは誰の事だろう……)
ドエムは全く顔を覚えていなかったが、襲撃者達を率いていた裏切り者の男の事である。
「アレン、控えろ!」
「しかし!」
レオノーレから叱責が飛ぶが、それでもアレンと呼ばれた騎士の顔には大きく不服であると書かれているのが分かる。
「……こう言ってるんだ、無理に同行するのも良くないだろう」
「っ、お待ちください!」
せっかく助けてやったのに理不尽に敵愾心を向けられて排斥されるのも、それはそれで気持ちいいなどと考えているドエムとは違い、ルクレツィアは必死だった。
守護聖竜の下で修行を積み、聖獣に認められた本物の聖騎士などここ数百年で現れた例がない。
この稀有な出会いと縁を逃してなるものかと更に言葉を重ねようとして、ドエムの言葉に遮られる。
「それに、こんな格好では迷惑を掛けるだろう?」
「……っ」
それは、自身の部下がドエムに対して「原始人」などと発言したからか。
聖獣と聖騎士はとても強固な絆を、それこそ親子のような関係を築くと伝えられている。
霊峰エレクティオンの過酷な環境で、自らの親代わりであり、その形見とも言える毛皮を馬鹿にされては流石の聖騎士も腹に据えかねるという事か。
(ルクレツィア? だったか? 彼女の格好と自分の格好との差が酷すぎて原始人という評価も納得だな)
しかし本人は全然気にしていなかった。
「部下の無礼をお詫び申します」
「ひ、姫様が頭を下げられるなど!!」
「アレン! ……目が覚めたばかりで状況がよく分かっていないんだろうが、あの方は本物の聖騎士だ」
「まさか……」
「恐らくな」
目の前には自分へと頭を下げる歳下の女の子、そのすぐ後ろでは同い歳くらいの女性に何かを言われたのか、とりあえず控える姿勢を見せたが未だ疑惑と敵意が隠せない目で睨み付けてくるこれまた歳下だと思われる男の子……それらをグルりと見渡し、そしてドエムは思った。
(めちゃくちゃ羨ましい――)
目の前の少女の立場になって考えてみれば、なんていう美味しいポジションなのだろうか。
服装や馬車、自らを守護する護衛騎士の存在と、何よりも「姫様」と呼ばれていた事から本当に身分の高い人物なのだろう。
そんな、この場において一番位が高い人物が自分の責任ではない事柄によって、原始人のような平民に頭を下げる――なんという屈辱、なんという甘美なシチュエーションなのだろうと。
他人から敵意を向けられるのも良いが、遥か格下の相手に頭を下げさせられるシチュエーションには到底及ばない。
「なんて羨ま――ん"ん"っ、ゴホン! ……気にしていない」
「……ありがとうございます」
思わず本音が漏れそうになったドエムの許しを受けて、何処かホットとした様子のルクレツィアが頭を上げる。
「そうだな、街に入るに相応しい服を用意して貰えれば同行しても構わない」
「……本当ですか?」
「あぁ」
アレンと呼ばれた少年は未だに心地良い敵意を向けて来るし、このままルクレツィア達に同行すればまた羨ましいシチュエーションが見付かるかも知れないという私情百パーセントでドエムは同行する事を承諾した。
ただちゃっかり衣服を要求する事は忘れない。自らの恥ずかしい格好を指摘されるのも素晴らしい甘露ではあるが、やはり普段は覆い隠されているモノが無理やり暴かれてこそだとドエムは思うのだ。
なので暴かれる為に、無理やり裸に剥かれてしまう為に服は必要だった。
「レオノーレ、聖騎士様のサイズに合う服はあるかしら?」
「……申し訳ございません。部下達の中に体格の合う者は一人として居らず、どれも小さいサイズとなってしまいます」
「そう……聖騎士様、申し訳ございませんが街まで待って頂けませんか? 街に着いたら必ずご用意すると約束致します」
「それで構わない。それと俺の名前は聖騎士ではなく、ドエム・ブラットだ」
「ドエム様……聖騎士ドエム様ですね、承知致しました」
ドエムは何故ルクレツィア達が自分の事を頑なに聖騎士だと呼ぶのかが分からなかったが、もしかしたら彼女も自分と同じ絵本の物語を見聞きした事があって、それと自分の状況を重ねているのかも知れないと考えるようにした。
兎にも角にも衣服が確実に手に入り、自分の朧げな記憶を頼りに街を求めて彷徨う事を回避できたのだからドエムにこれ以上の文句はない。
「それではドエム様、馬車にお乗りください」
「姫様、流石に身内以外の異性との同乗はこのレオノーレも承知できません」
「あら、いけませんか?」
「いけません」
「では仕方ないですね」
チロっと舌を出して肩を竦めてみせる様子に、レオノーレは深い溜め息を吐き出し、部下の一人に指示を出す。
「馬車の準備は!」
「会話中に出来ております!」
「では殉職した者が乗っていた馬から一頭、ドエム殿に見繕え!」
「了解です!」
どうやらもう出発するらしい気配を感じ取って、ドエムがレオノーレに「遺体はどうするのか?」と尋ねる。
「悔しいが、連れて行ってやれない……既にルートが割れている以上、一刻も早く姫様を安全な場所に送り届けねばならない」
沈痛な表情で言葉を絞り出し、痛々しい笑顔で「気遣いに感謝する」という言葉を残して馬車のすぐ隣に馬を移動させるレオノーレを見送り、ドエムも「そんなものか」と理解して用意された馬に乗る。
何故かドエムが近くに寄るだけでどの馬も恐怖と緊張から身を固くして動かなくなるが、彼かそっと首を撫でて促せば慌てたように、けれども恐る恐るといった様子で歩を進める。
「俺はお前を認めない。本物の聖騎士なんて居る訳がない。……もしも姫様の乗る馬車に近付いてみろ、俺がお前を叩き切ってやる」
アレン少年から向けられる敵意にドエムの霊峰がエレクティオンしそうになり、咄嗟に眉間に力を入れる事で何とか回避する。
「アレン!」
「はっ! 失礼しました!」
レオノーレの叱責に真面目に応えつつも、その直後ドエムに振り返った時にはもう既に敵愾心の溢れた顔付きになっていた。
「精々馬脚を露わさない様に気を付けるんだな」
不信感たっぷりの声でそう吐き捨てたアレンは、そのまま列の最後尾へと移動していく。
馬車の少し後ろを往くドエムを監視しやすい位置であり、事実としてドエムはアレンからの鋭い視線を背中に強く感じていた。
年嵩の騎士の申し訳なさそうな目礼に適当に返しながらも、ドエムのアレンに対する評価は高かった。
(アレン君、君はなんて素晴らしいんだ――ッ!!)
自身が退屈しないようにと、常に敵意を向けてくれるアレンの存在にドエムはこの日一番の感謝を捧げた。
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