4.期待外れ
「誰だ!?」
突如として現れたドエムに裏切り者の男率いる襲撃者だけでなく、馬車の周囲を囲む護衛騎士の者まで警戒した視線を向けてくる。
両者から突き刺さる敵愾心に溢れた眼差しの数々に頬を薄らと染めながらも、ここが気合いの入れ所だとドエムは気を引き締め直す。
ここで、最初に、自分は強大な存在であると大言壮語を吐かなければならない。
威勢のいい事を言っておきながら、その直後に敗北を晒す事で生じるギャップ――これが最高なのだいう真理にドエムはこの齢にして気付いていたからだ。
(なんてオーラだ――ここまで存在感のある男に何故気付けなかった? 何故こんなにも距離を詰められるまで意識できなかった?)
裏切り者の男は、知らず一歩後退った。変態相手に。
(あの男が纏っている毛皮は……っ、まさか! 禁域の奥地に生息するという聖獣の物か!? 城の宝物庫で見た事があるが……いったい何者なのだ?)
レオノーレはドエムが身にまとっている毛皮の正体に逸早く気付き、彼の素性について考えを巡らせる。ただの変態とも知らずに。
(無理やり脱がされるのではなく、自ら脱がなければならない状況を作るとは……コイツ、できるッ!!)
裏切り者の男とレオノーレが冷や汗を流しているとも知らず、ドエムは脅迫されて鎧を脱がされたレオノーレを一瞥し、次いで裏切り者へと鋭い視線を投げ掛けた。
「お前がやったのか――?」
「……ッ」
変態から放たれる強い圧に裏切り者の男は自然と喉を鳴らす。
「だ、だったら何だって言うんだ?」
「貴様のこれ以上の狼藉を、見過ごす訳にはいかないな」
その言葉を聞いた時、襲撃者の一人が思わず笑いを零した。
「ハッ! たった一人増えたくらいで何ができる?!」
「……そうだ、野蛮人が一匹増えたところで何も変わらん」
裏切り者の男は、自分が先ほど感じた圧は勘違いだったと振り払うように部下の嘲笑に乗っかった。
周囲からドエムを嘲る罵倒が飛び交い、変態を悦ばせる。
「――お前らを全員打ち倒す事ができる」
そんな歓迎を受けてはドエムも応えなければならない。
あまり大きな声量とは言えないのに、やけに耳に響いた低音にその場の者が黙り込む。
「俺は通りすがりの者だが、傍から見ればどちらが悪かは一目瞭然……守るべき者を背に戦う者を侮辱し、挙句の果てに裸に剥こうなど――」
ドエムはグッと拳を握り直し、堪えきれないとばかりに込み上げてくる情熱を吐き出した。
「見過ごせる筈がないッ!!」
だって羨ましいんだもん! そうせざるを得ない状況に追い込まれて、嫌々自ら服を脱がなきゃいけないだなんて、そんな敗北シチュ見逃せないんだもん!
「へ、へっ! なんだよ? この人数が見えないのか? お前も裸で犬のポーズがしたいってのか?」
「――望むところだッ!!」
本当に望むところである。
(な、なんて迫力だ……まさか本当に望んでいる訳ではないだろうが、これだけの人数を圧倒する自信があるのか?)
そのまさかである。
(やはりあの男が纏ってある毛皮は聖獣のモノ……まさか、今の世に本物の聖騎士様が? いや、そんな訳はない。何かの間違いだ……そんな事よりも無関係な御仁が危ない!)
危ないのはドエムの性癖に巻き込まれ掛けている周囲の者たちである。
(あぁ、ここまで啖呵をきって敗北したらどれほど気持ちイイのだろう――)
三者がそれぞれ別の事を考えている間にも、ドエムは更に一歩踏み出して襲撃者達へ向けて手を招く。
「――掛かって来るがいい!!」
「てめっ」
「チッ! お前らは邪魔者を殺せ!」
変な奴のせいで場が掻き乱されたと、仕切り直すように部下へと指示を出しながら裏切り者の男はレオノーレへと刃を向ける。
「さて? お前らが抵抗し、悠長にしていたせいで無関係な男が死ぬわけだ」
「くっ……」
「これ以上の不確定要素は要らない。降伏はもう認めない。お前らはここで――」
言葉を遮るように、レオノーレ達の目の前を黒い何かが一瞬で通り過ぎた。
「え?」
「は?」
水気を含んだ柔らかい物が爆散する湿った音に少し遅れて木々が薙ぎ倒される音が響き、さらに間を置かずしてさらに二個目、三個目と何かが吹き飛んでいく。
「いったい何が――ッ!?」
黒い物体が飛んで来る方向へ急いで視線をやったレオノーレ達が見たものは――
「――温いッ!! 温すぎるぞッ!!」
鬼神の如き形相で襲撃者達を一人、また一人と砲弾のように投げ捨てるドエムの姿。
「その程度で俺を倒せると思うのかッ!?」
迫り来る魔術にビクともせず、毒矢を放てば素肌が弾き、直接その肉体に刃を突き立てようと近付けば凄まじい速度で捕まり投げ飛ばされ、どれだけ隠密で逃げ隠れようとも何故か視線が合ってしまう。
(なんだ!? なんなのだコイツは!?)
襲撃者の一人は目にも止まらぬ速さで木々の合間を駆け巡り、次々と仲間を屠っていくドエムの存在に恐慌状態に陥っていた。
あの筋肉の鎧を纏っているような巨体で動き回る事もさる事ながら、素肌で魔術や矢を弾くなど聞いた事もなかった。
「――お前は俺に何をしてくれる?」
「――ヒッ!!」
自分のすぐ背後、耳元から聞こえてきた重低音ボイスにその襲撃者は身を固くする。
「強いのか? それとも搦め手か? 何が出来るんだ?」
男は直感した――「これは意趣返しだ」と、この化け物の実力を知らずに放った「ハッ! たった一人増えたくらいで何ができる?!」という自らの発言を覚えていたのだと。
もちろんドエムは言葉を発したのが誰かなんて特定できてはいない。ただ彼の中にあるのは失望と、それでも捨て切れない僅かな期待だけ。
自分が敗北するのに適したシチュエーションだと云うのに一人一人はそんなに強くなく、集団で襲われてもそんなに大して変わらない。
卑劣な集団らしい搦め手は気付く前に踏み潰していた。今も背後を取られた時用に設置されていたトラップが起動し、彼の足の裏に少しばかりの擽ったさを与えていた。
「なにも、無いのか?」
「……っ」
「え? 本当に何もないのか?」
「な、ない!」
「本当は何か奥の手を隠し持ってるんじゃないのか? あるんだろ? まだ! なにか!」
「た、頼む! ないから許してくれ!」
「……はぁぁ……そうか、残念だよ」
「ちょっ、待っ――」
本当に、それはもう心の底から残念そうにしながらドエムは最後の一人だったその男を遥か彼方へと投げ飛ばした。
生身の人間が空気の壁を突破するという、冗談みたいな現象を起こした怪物はそのまま固まって動けないレオノーレ達へと意識を向ける。
「く、来るなッ……!!」
「何故だ?」
心底不思議そうな顔で、ドエムは首を傾げた。
散々部下たちを意味不明な方法で虐殺しておいて見当の外れた反応を示すドエムに、裏切り者の男は総毛立った。
「き、来たらコイツを解放するぞ!!」
裏切り者の男が懐から取り出した物を見て、顔色を変えたのはレオノーレだった。
「お前それはっ!?」
「あぁそうだ、これを知らない者はいない……なにせこれは、百年前にに迷い込んだ禁域の魔獣――イビルバジリスクを封じ込めた魔結晶だ! もしもの為に持たされていたが……クソっ、まさか本当に使う事になるとは!!」
「ほう?」
興味を惹かれたような声を出し、ドエムは足を止めた。
レオノーレの焦りようからも、それが自分を敗北させるに足る何かかも知れないと思ったのだ。
「正気か!? そんな物をここで解放すればお前も無事では済まんぞ!」
「部下を大量に失い、任務にも失敗し、こんな訳の分からない化け物に殺されるくらいなら道連れにしてやるってんだよ! えぇ!? どうなんだッ!!」
――ドエムの目が期待に輝く。
「ならば見せて貰おうか――その禁域の魔獣とやらをッ!!」
期待に膨らんだドエムの胸には純粋な願いがあった――どうか、この俺を上回ってくれと。
全身全霊で戦い、今出来る事を全て試した上で敗北したい、屈服したい、いやさせて欲しいと。
「なっ!? 本物だぞ! 嘘や偽物じゃねぇんだ! 近付くな!!」
「通りすがりの御仁よ! 早まってはダメだ!」
自分を心配するレオノーレへとドエムはとても穏やかな眼差しを向け、次いで裏切り者の男へと決然とした強い眼差しを向けた。
(っ、まさか死ぬ気で足止めするから逃げろ、と……?)
レオノーレはその献身に胸が高鳴る想いをした。
(クソっ、覚悟の決まった死兵か!! 無関係の人間相手にそこまでしてやる義理が何処にあるってんだッ!!)
裏切り者の男は乱入者の予想外な行動に歯噛みして、悔しげに目の前の化け物を睨み付ける。
(ここで俺が敗北すれば彼女は絶望と罪悪感の海に沈み、この男は安堵と怒りから俺を更に辱めてくれるだろう――あぁ、楽しみだ)
そしてドエムが薄らと気持ち悪い笑み浮かべ、その一歩を踏み出す――同時にレオノーレ達が馬車へと駆け出し、裏切り者が憤怒の表情で魔結晶を解放する。
「姫様――!!」
「全員死ねやぁ――!!」
眩い光と共に現れたのはドエムの三倍ほどの体長の、鋭い牙と爪を持った銀色の体毛に覆われている禁域の魔獣。
吐く息は周囲の生命を枯らせ、その目は視線が合った者を麻痺させる魔眼である。
「まさか本当に――」
レオノーレが驚愕と畏れの混じった目を見開く。
「あーっはっはっは!! もうお終いだ! さぁやれ! その男を殺せ! 要らぬお節介を焼いた事を後悔させてやぶげっ!?」
久方ぶりに解放された獣は、分を弁えず指示を出す男を爪の一振りで惨殺し、そして――
「……なんだ、コイツか」
――酷く落胆した変態の拳で脳を陥没させられ沈黙した。
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