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26.哀愁

変態の()


「ここは――はっ! 姫様は!?」


 そんな声を出したのは気絶から目覚めたアレンである。

 彼は即座に起き上がると周囲を見渡し、そして程なくして瀕死のパーシヴァルを発見するや否やその顔に怒りを滲ませた。


「聖騎士パーシヴァル――!! よくも姫様を!!」


 アレンは気絶する前後の記憶がなく、現状を正しく理解していた訳ではなかった。

 しかし敵のリーダーは大ダメージを負っていて、自分の敬愛する主人と上司を助けるチャンスは今しかないと判断し、その手に剣を持ち飛び掛った。


「アレン待て!」


 そんな彼の動きに逸早く気付いたはレオノーレであった。

 だが彼女の制止の声は遅く、発せられた時にはもうアレンは剣を振っていた。

 途中で刃の軌道を変える事は今のアレンにはできなかった。ほんの一瞬だけ迷ったのだ。

 単純な技量不足も大きいが、なぜ制止されるのか指示の意図が理解できなかったのもあるし、自分がこの後どうなろうと仲間を大勢殺した脅威を排除すべきだとも心の何処かで思っていたからだ。

 技術と心の問題で放たれた刃は一直線にパーシヴァルの首へと届く――その直前で二人の間に挟まる男の影。


「ドエム殿!?」


 パーシヴァルを庇うように背中でアレンの刃を受けたドエムが、絞り出すように声を出す。


「――ヤるなら俺をヤってくれ」


 短く発せられたその言葉には、聞く者の心を震わせる想いが込められていた。

 何を考えて発せられたのか、その詳細は分からずとも、ドエムが酷い理不尽を嘆き、憤っているのが伝わってくる。

 敗北するつもりが勢い余って勝ってしまった後悔と、聖騎士を名乗っておきながらすぐにダウンしてしまう早漏野郎への怒り、持て余した昂りが篭っていた。

 言語化できない感情の発露にルクレツィア達は言葉を失い、そしてこの心優しい聖騎士がパーシヴァルを庇った事の意味を考える。


「さぁ、アレン君……ヤるなら俺を」


「い、いや、すまなかった……止めてくれて感謝する」


 アレンの言葉にドエムは一瞬だけ目を見開き、そして少し陰のある笑みを浮かべた。

 それは「お前も私を絶頂かせてくれないのか」という失意の笑みであったが、他の者達からはアレンが踏みとどまってくれた事に対して安堵したように映った。

 アレンは剣の直撃を受けて怪我一つ無さそうなドエムの様子に首を傾げていた。気絶から目覚めたばかりでそんなに力が入ってなかったのかと訝しむ。


「……ま、おじさんは殺されても仕方ないけどねぇ」


 わざわざ庇ってくれた事に感謝はすれど、パーシヴァルはこの先もずっと守られるつもりは無かった。

 誓いを破れないからといってルクレツィア達の仲間を死傷したのは事実であるから。


「とりあえず屋敷に戻りましょう」


「……そうですね、伯爵に傷を癒さねば帝都へは迎えませんし、この場の惨状を伯爵に報告しなければ」


「あぁ、傷といえば――」


 何かを思い出したような声を出したパーシヴァルがドエムへと手をかざす。

 一瞬「やっぱり続きをしてくれる気になったのか!!」と喜んだのも束の間、先ほどの戦いでドエムが受けた槍の傷から薄い魔力が吸い出されパーシヴァルの手へと戻っていく。


「これで不治疵の槍の効力は消えた。後は時間経過で治るよ」


「!?」


 ドエムは驚きに目を見開き、パーシヴァルを凝視する。

 それは不治疵の槍の効果が任意で解除できる事に驚いたからでも、直前まで殺し合っていた相手を助ける行為に感動したからでもない――ただ単純に「これ以上さらに俺から痛み(快楽)を奪うというのか」という酷過ぎる逆恨みからだった。

 ドエムの中でパーシヴァルへの好感度が意味不明な理由から著しく下がっていく。


「アレン、パーシヴァル様を運んで下さいますか?」


「いや、私が運ぼう」


 ルクレツィアのお願いにアレンが返事をするも早く、身体中に打ち身や擦り傷を作ったルーシーが現れる。


「……手酷くやられましたね」


「ありゃ本物だよ」


「隊長のこんな姿も、そんな言葉も、見聞きしたく無かったですよ」


「そりゃすまん――あいててて!? もっとゆっくりお願いするよ」


 短く小声でそんなやり取りした後に、ルーシーはパーシヴァルをゆっくりと起き上がらせて肩を貸した。

 主人からのお願いを遂行できず、手持ち無沙汰になったアレンは面白くなさそうにしていたが、ふとある事に気付く。


(待てよ? 今この場に戦える者は俺しか居ないではないか!?)


 敬愛する主人は非戦闘員であり、上司であるレオノーレも満身創痍で全力戦闘は無理だろう。

 敵対していた聖騎士パーシヴァルは上司と相打ちになったのか戦闘不能状態だが、それでもルーシーがまだ残っている。

 そして何よりもアレンが一番警戒すべきドエムが元気そうに立っているではないか。

 レオノーレという最大の障害が動けない今、ルクレツィアに対して良からぬ事をするかも知れない。

 アレンは警戒心を最大まで引き上げ、ルクレツィアを守る事が出来るのは自分だけだと言い聞かせてドエムを睨み付ける。


「――ふっ」


 ドエムはよく分からないが、アレン君が急に睨み付けて来てくれた事に対して笑みを洩らした。

 それは傍から見たら空回る若き騎士を暖かく見守る顔であったが、実態は今さらその程度ではもう満足できないよという気持ち悪い笑みである。


「貴女達はどうしますか?」


 そんな二人のやり取りから視線を外し、ルクレツィアは今まで一緒に居たベティ達へと声を掛ける。

 彼女達はお互いに顔を見合わせ、何事かを小声で話し合った末に一歩前に踏み出した。


「アンタらのせいでウチらの棲み家はボロボロ、責任取って住み込みで雇ってくれなきゃ困るニャ」


「……今回みたいな争いに巻き込まれるかも知れませんよ?」


「そん時は逃げるに決まってるニャ」


 怒りに染まった顔でアレンが一歩踏み出し、それをルクレツィアが片手を上げる事で止める。


「良いでしょう、簡単な護衛業務くらいは出来るでしょうし、聖騎士との戦いには参加しなくても良いです――ただし、伯爵の許可を得る事と、礼儀作法を学ぶ事が条件です」


「どうする?」


 ベティが仲間達へと振り返り、そしてまた小声だ相談した後に振り返る。


「それで良いニャ」


「では早くこの場から離れましょう。新たな刺客が来るかも知れません」


 刺客という言葉に反応し、ドエムは咄嗟に声を出した。


「同行しよう」


「……心強いです」


 淡く微笑むルクレツィアは知らない――彼がただ、その刺客とやらに敗北したいだけだという事を。

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