25.引き抜き
後は敗北するだけだな――余韻をしっかりと噛み締めたドエムは思考は次の予定へと進んでいた。
ここから更にギアを上げていき、全力を出した上で敗北するのだと、先ほどのような攻撃ならいくらでも受けてやると、いやむしろ何万発だろうが受けてさせて下さいと思っていた。
ドエム自身も自らの本気がどのくらいなのか分からないが、本物の聖騎士相手にできるだけ長く粘れたら良いなと呑気にも考えていた。
粘れば粘るほどそれだけ気持ち良くなれるからだ。
「……ん? 次が来ないな?」
しかし暫く待っても次の攻撃が来ない事にやっと気付いたドエムは、訝しげに声を出した。
もっと打ち込んで来ても大丈夫なのに何故次が来ない? 遠慮しなくても良いのにどうして? 様子見なんかしなくてもまだ全然余裕あるよ?
「……」
幼子がふと自分が迷子になっている事に気付いたような、不安げな顔でドエムはキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
まさかとは思うが、これが噂の寸止め焦らし放置プレイというやつなのではないかとも思ったが、それにしては先ほどまでと打って変わって強い気配は感じられないと思ったのだ。
「いったい何処へ――居た」
自分を気持ち良くしてくれる相手の気配はバッチリと憶えている。
それを少し探るだけで、ドエムはパーシヴァルの居所を察知した。
「……何をしている?」
「……見て分からない? ぶっ倒れてんのよ」
瓦礫の山の上に仰向けに倒れ込んでいるパーシヴァルへと声を掛けた。
その言葉の意味は「プレイの最中に急にボッーとするな」という身勝手極まりないものである。
いくら馬鹿でも一目見ればパーシヴァルの状態が瀕死に近い事は分かる。
自らが流した血溜まりに浸かり、内出血などで顔を含めた全身は痣や腫れで肌色成分がほぼない状態を見れば戦闘続行など不可能であると。
「……もう、終わりなのか?」
ドエムは不完全燃焼だった。久しぶりに痛みを感じる事が出来たのに、あれでもう終わり? そんな気持ちで溢れていた。
ほんの少しの愛撫で満足などする筈がない。やっと盛り上がって来たところなのだからまだまだこれからだろうと。
「勘弁してよ、おじさんの全身全霊の一撃よあれ」
「あれで最後なのか?」
「反動で全身の骨がバラバラなの、もう指一本だって動かせないの」
「……」
「おじさんはもう満足したよ――ありがとう」
ドエムは激怒した。必ず、目の前の邪智暴虐の男を除かなければならぬと決意した。ドエムには男の気持ちがわからぬ。ドエムは、常識の欠けた変態である。最高の敗北を目指し、孤独に修行をして暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
相手を最後まで満足させず、自分一人だけ勝手に出し切って終わるなどマナー違反なんてものではない。
こういった事はお互いを高め合ってこそだとドエムは思うのだ。
「――勝手に死ぬつもりですか?」
そんな彼らのもとへ鈴が鳴るような声が届く。
目線だけを向けてみれば、そこにはレオノーレを支えながら近くまで寄って来たルクレツィアが居た。
「聖騎士パーシヴァル、貴方の誓いとそれにまつわる話は聞き及んでいます」
「……だったらなんだい?」
警戒を滲ませた声色で、動けないながらも眼光鋭くルクレツィアを問うパーシヴァル。
「私に仕える気はありませんか?」
「は?」
そんな彼に差し伸ばされた誘いの手。
「俺の誓いは知ってるんだろ?」
「二君に仕える者が居ても良いと思うのです」
「正気か?」
「はい」
パーシヴァルはルクレツィアの真意を探るように、じっと彼女の目を見詰める。
「俺は彼に敗北した。騎士じゃなくなる」
「存じています」
「庭師くらいにしかなれん」
「それでも構いません」
ルクレツィアの瞳を見詰めても、パーシヴァルには彼女が何を考えているのかは全く分からなかった。
ただ彼女の瞳を見詰め続けていると、その透き通った奥に吸い込まれるような心地がした。不思議な感覚だった。
ルクレツィアという少女と目をあわせるだけで、声を聞くだけで、自分の中の何かが揺さぶられて意識を逸らせなくなる。
これをカリスマと云うのだろうと頭の隅でそんな思考が過ぎった。
「……条件が二つある」
「聞きましょう」
「まず一つ、俺の部下達も引き抜くこと」
帝都にはまだパーシヴァルが手塩に掛けて育てた部下が待機している。
様々な思惑によって取り上げられた彼らも誘い、きっちりと引き抜いて養う事が絶対条件だとパーシヴァルは語った。
「良いでしょう。もう一つは?」
「一緒に帝都まで来てもらう」
「理由を聞いても?」
「誓いを守るためと、運試しだな……陛下からの命令は『ルクレツィアを帝都まで連れ戻せ』だ」
「なるほど……」
それだけでルクレツィアは全てを理解した。
恐らくパーシヴァルの最初の誓いの厄介なところとして、一度命令された事は必ず遂行しなければならないのだろうと。
障害に渡る誓い聖約を破れば何が起こるか分からない。死ぬかもしれないし、死よりも恐ろしい事が起きるかもしれない。
ルクレツィアに仕える為には既に下された命令を遂行するのが絶対条件……でないとパーシヴァルは誓いの不履行によるペナルティで仕えるどころでは無くなるからだ。
そして運試しというのは、下された命令を勝手な解釈でクリアした扱いになるのかどうかというところ。
「もしも帝都に到着した時点で終わらなければ?」
「そん時は自分の身柄か、俺の命のどちらかを諦めてくれ」
「運試しとはそういう事ですか」
「あぁ、俺がアンタに仕える運命にあるのかどうか……天に任せようじゃないか」
パーシヴァルは語る――自分が誓ったのは『主君の忠実な剣となる』だと。
忠実な剣が下された命令の内容を勝手に解釈する事が許されるのか? 命令の意図自体は明白であるのに、それを無視して主君の不利益となる行動をしても大丈夫なのか? 言葉そのままに受け取って「下された命令を忠実に守りました」は通用するのか?
誓い、下された命令を守る為に強制力が働いた場合は、パーシヴァルの意思など関係なく身体が動くかもしれない。
その時は諦めて皇帝の前に引き摺られるか、もしくはドエムを再びぶつけて俺を殺せと言う。
「パーシヴァル、貴方はそれで構わないのですか?」
「あぁ、そもそも何もせずとも死ぬかもしれん身の上だ」
パーシヴァルはドエムとの戦闘で『敗北すれば騎士を諦める』という誓いを行っている。これは最初の誓いとは矛盾する行為である。
正式に騎士として任命される場で、騎士の誓いを聖約としたのがパーシヴァルの最初の誓いだ。騎士を辞めるという事はその誓いを破る事にも繋がりかねない。
これもまた「忠実な剣となる事は誓ったが、騎士であり続ける事を誓った訳ではない」などという言葉遊びが通じる可能性は低いだろう。
ドエムに勝利できれば何も問題は無かったが、敗北してしまった以上はどうなるか分からない。
「まぁ、何かしらのペナルティは下るだろうさ……戦力としては使い物にならないかも知れないが、姫さんはそれでも良いのかい?」
「構いません」
「なんで即答できるかねぇ」
困ったように苦笑しながら、けれど直後には真剣な声でパーシヴァルを誓いの言葉を口にした。
「――全てが上手くいった暁には私は貴女の忠実な下僕となろう」
パーシヴァルの誓いの言葉を聞いたルクレツィアは静かに頷いた。
「貴方を庇護すると約束しましょう」
話の展開に付いていけなかったドエムはある事実にやっと気付いた。
「……勝って、しまった……のか……?」
呆然と呟かれたドエムの絶望は、風に吹かれて消えていった。
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