24.開花
変態注意()
「――ぅぉぉおおおおあああああ!!!!!!!!」
パーシヴァルの全身から何もせずとも視認できるほどの魔力が立ち昇り、周囲の瓦礫を砂塵へと変える。
次第に魔力が具現化し、パーシヴァルの全身を覆う純白の鎧として固定化されていった。
(これは期待できそうだな)
危機感が薄く、ルクレツィア達を捕らえていた建物が爆発した時点で避難していなかった者達は、パーシヴァルの尋常ではない姿を見て腰を抜かしてしまう。
「行くぞ――!!」
「!!」
そのあまりの速度に思わずドエムも目を見開いた。
顔を貫かんとした槍を躱す事ができたのは咄嗟の反射神経でしかない。
頬から一筋の血が流れるのを感じ取り、ドエムはすぐに笑みをその顔に浮かべた。
掠っただけの切り傷からまるで毒が染み渡るように頬の肉が腐食し、常人ならすぐさま失神してしまう程の凄まじい激痛が走ったが故に。
(不治の拡がりが止まった!?)
しかし不治疵の槍の効果は、パーシヴァルの想像よりも遥かに小さい範囲で収まってしまった。
そんな彼の驚愕なぞ知る由もなく、ドエムは笑みを深めていく。
「素晴らしい! 素晴らしいぞ! これが痛み!! 久方ぶりに感じた痛みか――!!!!」
久しぶりの痛みにハイテンションとなったドエムは、そのテンションのままにパーシヴァルへと襲い掛かる。
振るわれる拳の速度と圧力で前方の空気が圧縮され、高熱を生じさせて発火した。
赤熱した重い一撃を純白の騎士へと向けて放つ。
「ぎっ、ぐ……!!」
それを受けパーシヴァルは即座にその場から跳躍し、大振りの拳が躱されて隙を晒したドエムの鎖骨を目掛けて上空から槍を突き入れる。
神速で放たれた突きは狙い違わずドエムの鎖骨へと突き刺さったが、それ以上は筋肉の鎧が邪魔をして穂先が進まない。
「ウッソだろおい――」
噴き出す血に遅れて一瞬の攻防によって生じた衝撃波が周囲の空気を押し出し、建物を揺らす。
ドエムが立っている地点を中心として地面に放射状の亀裂が入り、激しい地響きと共に一部が滑り落ちていく。
そして同時にパーシヴァルの鎧の一部が弾けるように融解した。
(掠っていたか!!)
流石に避け切れず、ドエムの拳の余波を受けてしまっていたらしい。
鎧の下の肉体は焦がしたステーキのように爛れ、誓いによって底上げられた治癒力でも回復が追い付かない。
「素晴らしい!! 素晴らしいぞ!!!!」
己が肉体を貫かれる感覚に興奮したドエムがアブドミナルアンドサイ――腹筋と脚を全面に見せていくポーズ――をしながら、むんっと鼻息一つで槍を弾き出した。
異常なまでに発達した筋肉の動きのみで突き入れた槍が肉に押し出され、パーシヴァルは本日何度目になるのか分からない驚愕に唸るように声を出す
「――シッ!」
弾かれた勢いを利用して空中で身体を捻り、回転しながら脚を振り下ろすパーシヴァルの攻撃をドエムは敢えて防御せずに受けた。
金床に鎚を振り下ろされるように、ドエムの頭頂部へとパーシヴァルの魔力の鎧に包まれた踵が突き刺さる。
「ハッハァー!!」
モストマスキュラー――身体をやや前に倒しながら、首周りにある僧帽筋や肩、腕の太さをアピールしていくポーズ――を取りながらドエムは雄叫びを上げる。
グッとポージングを取り、微動だにしない身体とは対照的に踵落としを食らった顔だけが昆虫の羽根のように振動していた。
「はァ……!!」
パーシヴァルは着地と同時に踏み出し、穂先に魔力を集中させて一点突破を図る。
「いいぞいいぞ!! そう来なくってはなァ!!!!」
サイドチェスト――胸の厚みを横から見せていき、腕の太さや背中、脚、肩などの各部位の厚みも強調するポーズ――をする事によって渾身の突きを胸板で弾き飛ばしながらドエムはどんどん昂っていく。
幼少期にクリスお姉ちゃんにお尻を叩かれて以来の衝撃に彼はただいま絶好調であった。
「まだまだァ!!」
渾身の一撃を防がれてもパーシヴァルは攻勢の手を緩めない。
ドエムの背後に回り込み、その首を薙ぎ払おうと動く。
「むほほ――」
急に背後から首を叩かれ、ドエムの口から気持ち悪い声が漏れる。小さかったせいで戦闘音に紛れ、誰にも聞かれなかったのが幸いか。
バックダブルバイセップス――身体をやや後ろに反らしながら、広背筋と脚を見せていくポーズ――を取るドエムの、その大きな背中を見てパーシヴァルは眩しさに目を細めた。
あれこそが自分が目指した聖騎士の姿に違いないと、あの男の大きな背中にこそ市民は安堵を覚えるのだと……そう根拠もなく確信が持てる。
それ程までに現在のドエムは光り輝いて見えたのだ。
「生半可な攻撃では決定打にはなり得ない、か……」
そんな真の聖騎士と認める男に対し、パーシヴァルは全身全霊の一撃でなければ無意味であると悟る。
もう後の事など何も考えない、一撃に今の全てを乗せた最大火力ではないと非礼にあたると考えた。
「来るか!? 来い!!」
パーシヴァルの雰囲気が変わったのを感じ取ったドエムは目を限界までカッ開き、痛みを余すところなく享受するべく腰を深く落として両手を広げた。
(ふっ、自分の全てを受け止めると……)
下手すれば死ぬかも知れないとは考えないのか、どうして今日出会ったばかりの自分にそこまでしてくれるのか、そこまで考えてパーシヴァルは「それは彼が本物の聖騎士だからだ」と結論付けた。
自分とは違って誠の騎士道を歩み、到底遵守し続けられない誓いを胸に全てを救おうとする英傑だからだと。
「――その胸、お借りします」
今できるありったけを次の一撃に込める――鎧を魔力へと解き直し、全身を保護、強化する為の魔力すら槍に注ぎ込み、打ち出すための最低限だけ残してその後の反動なんか知らないとばかりに集中していく。
込められた魔力量のあまりの多さに槍が鳴動し、パーシヴァルの制御下から離れて暴発しかねない。
それら全てを気合と根性で抑え込み、酷使される脳味噌が過負荷を訴えて意識が途絶えそうになる。
それでも、目と鼻から流血しながらもパーシヴァルはただ前方の男を見据えた。
「ぅぉぉおおおおあああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
裂帛の叫びと共にパーシヴァルは聖槍を投擲した。
「――!!」
音の壁を超え、残光が迸る。
放った衝撃で主人を吹き飛ばし、その全身の骨を砕いた聖槍が光に迫る速度でドエムに直撃した。
「――ドエム様!?」
ルクレツィアの悲鳴は轟音に掻き消された。
あの一撃を受けて立っていられる人間など存在する筈がないと思われる投擲。
霊峰に住まう聖獣にすら致命傷を負わせ、聖竜だろうと無傷では済まない――それ程の一撃である。
「きゃあ!!」
「これ耐えるの無理ニャ!!」
全てに一拍遅れて発生する爆発とソニックブーム。
荒れ狂う力の奔流に瓦礫が枯葉のように宙を舞い、ルクレツィア達も同じ末路を辿る筈だった。
そんな彼女達を引き寄せ、吹き飛ばされないように両手で抱え込んだのはレオノーレだった。
「レオノーレ!?」
「申し訳ございません、復帰が遅れました」
彼女が気絶してからそれほど時間は経過していない。
けれど驚異的なスピードの自己回復能力に加えて、格上の戦闘の気配に充てられたせいで目を覚ましたのだ。
「見届けましょう、最後まで」
「……えぇ、そうですね」
レオノーレにしがみつきながら荒れ狂う強風が吹き止むまで必死に耐える。
あれ程の一撃を受けてドエム様は無事なのか、パーシヴァルは反動で死んでしまったのではないか、そう思ったのも束の間の事――
「――んぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!」
煙が晴れた先に現れたのは頬を激しく上気させ、息を切らせながらフロントラットスプレッド――腰に手を当て、逆三角形の体型を形作っている上半身の筋肉を強調するポーズ――を取りながら絶頂に至った喘ぎ声を上げるドエムの姿。
感じ過ぎているのか、明らかに股間の膨らみが酷く隆起していた。
視界が悪いせいでルクレツィア達には勝利の雄叫びを上げているようにしか見えず、醜い姿は認識されなかったのは幸か不幸か。
自らを心配する彼女達の気持ちや視線など意に介さず、ドエムはポツリと呟いた――
「――あぁ、開いた」
アビスホールが、十五年ぶりの開花を果たす。
さぁ、後は敗北するだけだな! やっと絶頂けるぜ!
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