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23.すれ違い


「立て――」


 その言葉でパーシヴァルの意識が浮上する。


(あぁ、一瞬気絶してたな……あれは走馬灯か?)


 周囲の状況、ドエムの立ち位置から十秒も経過していない事を悟った。


「その程度なのか? 聖騎士は……だったら田舎で野菜でも作ってるのがお似合いだ」


 相手を本気にさせるため、もっと力を見せて欲しいが為に行われたドエムの挑発はパーシヴァルの心に深く突き刺さった。

 それが出来たらどれだけ良かったことか……槍ではなく鍬を持っていれば違ったのにと。

 けれど、過去に戻ったとしても結局自分は槍を選んだとも思う。聖騎士に成りたい夢は今も捨て切れていないものだから。


「ほんと、なんなのかね、お前さんは……」


 槍を支えに立ち上がったパーシヴァルは、ゆっくりと自らへと歩み寄ってくるドエムを真っ直ぐに見据える。


「何者なんだ、お前さんは? その力はどうやって手に入れた?」


「む?」


 突然投げ掛けられた問いにドエムの足が止まる。

 彼はパーシヴァルの質問の意味を探るように中空を見詰め、視線を彷徨わせた。


「どうしてそこまで己を鍛え上げた?」


 続いて重ねられた言葉にドエムは自然と「あぁ……」という納得の声色を出した。

 パーシヴァルの力は夢を諦め切れない幼い心と、聖なる誓い(ゲッシュ)がその何よりも大事な夢を穢し続ける制約としても機能している事から得られているもの。

 不本意な縛りを受け入れ続けているからこそ得た力を軽々と飛び越えていくドエムの力の源泉が知りたかった。


「諦め切れない夢があったんだ」


「……」


「幼き日にそれを知って以来、どうしても捨てられない期待が」


 パーシヴァルは「同じだ」と思った。この目の前の男も自分と同じく、幼き頃に拾った夢を捨て切れず大人になった者だと。

 聖騎士の存在を知って以来、自分もそう成りたいと願った。自分も成れるのではないかと根拠の無い期待を抱いた。ただ、それだけの為に己を鍛え続けた。

 勿論ドエムの夢とは理不尽に蹂躙される真の敗北の事であり、幼き日に知ったのは歪んだ性癖である。

 パーシヴァルの聖騎士に成る夢とは似ても似つかず、一緒にするのも失礼な話ではあったが、悲しい事に不幸なすれ違いが生じていた。


「その夢を叶える為に何を誓った?」


「誓い?」


「あぁ、お前さんの歩む道が知りたい」


 ドエムは基本的にアホである。地頭はそこまで悪くはないのだが、自らが最高のエクスタシーを感じる為だけに人外の地に飛び込むくらいにはアホである。

 そして子どもの頃より人里から離れて暮らしていた弊害で、あまり知識という物が無い。子どもでも知っているような御伽噺、憧れの職業、基本的な善悪以外は何も知らない。

 そのためドエムは聖なる誓い(ゲッシュ)の存在を一ミリも知らず、理解しておらず、パーシヴァルの質問を言葉そのままに受け取った。


「挑み続けること――」


 勘違いしたままドエムは自分がした誓いといえばこれしか無いだろうと言葉を並べ立てる。


「どれだけ強大なモノが相手だろうと一歩も退かず、己が全力を出し切り力尽きるその時まで理不尽に抗い続けること――それが自分に課したルールだ」


 それはパーシヴァルには凄まじい覚悟に聞こえた。

 生涯に渡る誓い――聖約として結ぶにはあまりにも馬鹿げていて、穏やかな生活を、普通の人生を全て捨て去り、他者の為だけに生き続ける正に理想の聖騎士を体現したような誓い。

 近くでやり取りを見守っていたルクレツィアでさえ目を見開き、有り得ないと呟いた。

 この世に理不尽がいったいどれだけ転がっていると云うのか、その全てに抗うつもりなのか、出来るはずがない――


「――あぁ、だからベティ達を全力で止めたんだニャ」


 すぐ横から漏れた納得を含んだ呟きにルクレツィアは振り返る。

 お姫様の視線を受けてベティは居心地が悪そうにしながらも、状況が状況だけに手短にドエムとの出会いを語った。


「ドエム様、貴方は――」


 思えばルクレツィアが初めてドエムと接触した時もそうだった。彼は理不尽からルクレツィアを救ってくれた。

 そして今もそうだ……理不尽な暴力からレオノーレを救い、そして今も苦悩に塗れた男を救おうとしている。

 ルクレツィアはこれが真の聖騎士なのかと思わずには居られなかった。彼を取り入れるなど厚かましいにも程があった。自分は彼に、真の聖騎士に認めて貰えるように全力を尽くすべきなのだと。


「あぁ、そうか……」


 パーシヴァルは理解した。目の前の男こそが、自分が本当に成りたかった聖騎士そのものだと。勘違いである。


「改めて名前を聞いても良いかい?」


「む? ドエム・ブラットだ」


「そうか、では聖騎士ドエム・ブラット――」


 ほんのりと淡く光る不治疵の槍を構え、パーシヴァルは名乗りを上げる。


「――ただの騎士パーシヴァルが貴殿に決闘を申し込む」


 そして同時に第三の聖約(・・・・・)を自分に課す。


「敗北したその時は――私は騎士を辞めよう」


 不治疵の槍を握る事になっても諦め切れなかった夢を捨てると、少年パーシヴァルは誓ったのだ。

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