21.残像だ
聖騎士パーシヴァルの手に穂先が大きく二又に分かれ、さらにそこから無数の枝葉の如く刃が細かく分岐した深紅の長槍が現れる。
「あれが聖騎士パーシヴァルの聖槍――」
そのルクレツィアの呟きに反応したのはベティである
「姫様? はアレを知っているのニャ?」
「えぇ、彼が聖騎士として認められるに至った槍として有名ですからね」
不治疵の槍はその名が示す通り、この槍によって付けられた傷は癒えない。
ほんの少し掠る程度のダメージであっても毛細血管に沿うように傷が拡がり、敵対者の肉体を細かくバラバラに砕く。
例えこの槍の一撃を受けて生き残ったとしても出血を止める事も出来ず、傷は拡がり化膿を続け、最終的には弱り果て死に至る。
聖騎士パーシヴァルはこの槍によって人類圏に迷い込んだ禁域の魔獣を討ち取り、隣国の侵攻を退けて聖騎士となった。
当たりさえすればいい――例え格上であっても、いつか必ず殺せるのがこの槍の本質である。
(なんだその禍々しい穂先は!? 絶対に痛いじゃないかッ!!)
そんな槍を前にしてドエムの興奮は最高潮に達していた。久しく感じていない痛みと再開できる気がしたのだ。
また自らの身体を貫くようなあの衝撃を、固く閉ざしてしまったアビスホールがヒクヒクとしてしまうような悦楽を、それらを求めてドエムの全身から覇気が溢れ出す。
「準備はいいな?」
「あぁ、この槍でお前を貫く」
ドエムはここに来て、初めて自ら構えを取った。
「聖騎士の力を見せてくれ!!」
一瞬の静寂――そしてほぼ同時に踏み出す両者。
「きゃあっ」
「ふにゃ!?」
空気が鳴動し、軋みを上げる。
ドエムとパーシヴァル、両者のちょうど中間地点より空間それ自体が石を投げ入れられた水面のように波紋を立てた。
内側から爆発するように地下倉庫は地上の建物もろとも吹き飛び、直後に強い衝撃によって生じた真空を目掛けて突風が吹き込む。
あまりの衝撃にルクレツィア達も姿勢を保っていられず、それぞれがボールのように跳ねた。
「驚いたな、今のを相殺するのかい」
「ただの突きだろう?」
「ハハッ、本気で言ってそうで末恐ろしいねぇ」
パーシヴァルの神速の一突きを裏拳で弾き、その衝撃を利用しての石突の薙ぎ払いを腕のガードで受け止める。
そしてドエムは思った以上に痛みが無いことに首を傾げた。
痛いか痛くないかを聞かれたら痛いと答える程度にダメージはあるのだが、小さな頃に近所のクリスお姉ちゃんにお尻をぶっ叩かれた時ほどの衝撃はないと。
(傷一つ付いていない? いったいどんな理屈だ? どんなナマクラだろうが、思っ切り攻撃されれば切り傷の一つや二つは出来るはず……)
内心で冷や汗を流しているのはパーシヴァルだった。
想像以上に敵が硬い事に訝しみ、既に何かしらの誓いを発動していると考えた。
(だがそれにしては防御が高すぎる。俺の一刺しを受け止め、相殺できる程の攻撃力と両立できるのか?)
何かを縛り、捨てるからこそ力は得られる。
ドエムの在り方はその原則に反しているようにパーシヴァルの目には映った。
(ならば速度はどうだ?)
瞬きする間もなくパーシヴァルがその場から消え失せる。
超高速で動き回り、ドエムの隙を窺う――
「何をしている?」
「!?」
突然すぐ耳元で聞こえた声に驚き反射的に槍を振るう。
受け止めたのはドエムだった。目を離したつもりは全く無かったパーシヴァルは、急いで先ほどまでドエムが立っていた場所へと視線を送る。
目の前の脅威から一時的にでも視線を切るなど本来ならばあってはならないが、得体の知れない恐怖が彼を動かした。
(まだ立っている? まさか分身能力――消えっ!?)
「――残像だ」
直前までと変わらず悠然とその場に立つドエムの姿に驚愕し、分身や幻といった能力の考察に入ったところで急に消え失せたそれにパーシヴァルは目を見開いた。
まさか現実に「残像だ」をする奴が居るとは思わない。
「こんなものではないのだろう!? 聖騎士という存在はッ!!」
咄嗟に槍を上げてガードしたのはただの勘だった。
「重っ――!?」
その一撃の重さに槍を支え切れず、ドエムの拳がパーシヴァルの頬に突き刺さった。
(――あっ、やべぇ、意識が飛ぶ)
明滅する視界に、空中に打ち上げられる身体……物理的に脳を揺らされる打撃の一発でパーシヴァルは既に戦闘不能になり掛けていた。
混乱する脳内で「なんだこの化け物は」という愚痴が浮かび上がる。
そして同時に抱く「なんで俺はこんなところで、やりたくもない仕事をやって死にかけているんだ」という疑問。
「立て」
瓦礫の山に墜落したパーシヴァルへと投げ掛けられる短い言葉。
「まだ終わりではない筈だ」
低く響く、男の声。
ドエムは容赦が無かった。
「お前は聖騎士なのだろう?」
その問い掛けに、パーシヴァルは苦笑した。
(あぁ、そうだ……俺は――)
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