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2.助っ人シチュ


 ドエムは十五年ぶりに人里へ降りる事にした。

 最高の敗北をする為には先ずは相手が――強者の存在と、観客が必要であるからだ。

 確かに敗北するという一点だけを見れば、修行場であった山に潜むドラゴンが相手でも良かったかも知れない。

 しかし、だ――自身が惨めに敗北し、蹂躙される無様な姿を衆目に晒さなければ意味がない。そこに妥協は一切ない。

 それにあの山のドラゴンはドエムが近付く気配がすると、直ぐに隠れ潜んでしまう。ドエムはシャイな性格なのだろうと考えていたが、どっちにしろ今は無理だ。


 兎にも角にも強者の情報を集めるという意味でも、観客を用意するという意味でも大きな街に行く必要があるだろう。

 何処が良いだろうかと考えて、ドエムは即座に『自分が真理に気付いたあの街が良いだろう』と考えた。

 そう、遠い日のドエム少年がド真ん中で座禅を組み、地元民から迷惑そうな顔で見られたあの街である。


「――おぅふ」


 何故いきなり気持ち悪い吐息が漏れたのか? それは当時の地元民から向けられた迷惑そうな視線を思い出したからだ。

 自分と同じくらいの歳の子ども達からは好奇な眼差しを向けられ、大人達は気味が悪そうに顔を顰めて去って行く……最終的に衛兵に無理やり引き摺り下ろされたのも良い思い出だ。

 数人がかりで取り押さえられ、繰り返し厳しい叱責を受けたあの瞬間も気持ち良かったと。


「おっと、興奮するのはまだ早い……耽る前にちゃんとした服を用意しなければ」


 我を取り戻したドエムは自らの格好を見下ろす。

 十五年も人里から離れていた彼の姿はお世辞にも文明的とは、とてもではないが言えない。

 猛獣の毛皮を巻いただけの野性的な格好では服を着ているとは到底言えないし、着ていなければ無理やり脱がされないではないかと。

 人間社会を忘れて久しいが、それでも自分の原点まで忘れてしまった訳ではない。


「街に着いたら先ずは衣服、だな……」


 自分の原点を、オリジンを思い出せ――お姉さんに無理やりズボンとパンツを下ろされた時、どう思った? と。

 ドエムがドMに目覚めたあの時、彼は自らの意思ではなく、姉さんの手によって無理やり晒したくない恥部を友の前で晒された。


「脱がされる為には着なければ――」


 ドエムは自ら脱ぐのではなく、無理やり脱がされたいのだ。

 今の自分は自ら脱いでいるのと何ら変わりは無いのではないか? その事に気付いた時、ドエムは己を叱咤した。悔しげに拳を握り締める。


「衣服や社会性は自ら棄てる物ではない――無理やり剥ぎ取られてこそだと言うのに」


 あの瞬間の興奮をもう一度――その言葉を心の中で何度も反芻する。


「……ん?」


 そうして久しぶりに向かう街で行う事を頭の中で確認しながら秘境を駆け抜け、七日が経った頃――ドエムの耳に人が争う声が届く。


「いつの間にか人里が近付いていたのか」


 ここまでに多くの樹海や山脈を踏破していたが、数年前に最後の修行の場として選んだ山に向かう時にはもっとかなり時間が掛かっていた気がしたドエムは首を傾げつつも、もしかしたら頼み込めば街に入る前に衣服を分けてくれるかもしれないと足に力を入れて駆け出した。


「――馬車を守れッ!!」


 程なくしてそんな怒声が周囲の木々に反響する。

 気配を消して様子を窺って見れば、どうやら一台の馬車を巡って集団が対立しているらしいと分かる。

 馬車を守ろうとする者たちと違い、襲撃者と思われる集団は全身を黒い衣装で覆い、顔も隠していて見るからに怪しい。

 どちらに恩を売るべきかは明白で、だからこそドエムは思った――最初の敗北チャンスであると。


(これはあれだな、颯爽と格好つけて現れたのに瞬殺されてしまう惨めな姿を両者に晒せるのではないか?)


 幼きドエムが読み聞かせされた物語の中に、今の状況よよく似た物があった。

 お姫様が乗った馬車をならず者が襲い、そこにたまたま通りかかった聖騎士様が助けに入るという物だ。

 まさか目の前の馬車に本物のお姫様が乗っている訳では無いだろうが、注目すべきはそこではない。


(あの聖騎士ポジションで敗北したい――)






 お姫様を、無辜の人々を守るべく颯爽と現れた偉丈夫――両者はどちらの援軍なのか、それとも第三勢力なのかと身構え警戒し、場の注目が十分に集まったところで正義を説く。


『貴様らのこれ以上の狼藉を、見過ごす訳にはいかない!』


『なんだと! たった一人で何が出来るってんだ!』


『ふっ、貴様ら程度一人で十分さ――』


『なに!? やっちまえ!!』


 そんな自信に満ち溢れ、正義の心を宿した聖騎士様がもしも力及ばず嬲りものにされたら――そんな想像をすると背筋がゾワゾワとさせる程の期待が全身を駆け巡る。


『ぐはぁ!』


『おいおい! どうしたんだよ聖騎士気取りィ!』


『威勢のいい事ほざいてこの程度かぁ!?』


『あぁ、そんな……』


『急に出て来て何だったんだ』


 大層な言葉を吐いて敗れた聖騎士の姿に落胆する護衛に、嘲笑する襲撃者、お姫様の期待に輝いていた瞳から徐々に光が失われ、その表情が失望と絶望に彩られる瞬間を想像すればどうだ?






(そんなの、そんなの――最高じゃないかッ!!)


 これこそ自分の求めていた敗北シチュであると、今まで鍛え上げてきた全てを卑劣な襲撃者達の卑怯な罠や手段によって踏み躙られるのだと。

 純粋な勝負で敗北するのも良いが、実力を発揮させて貰えずに敗れるのも、それはそれで惨めで興奮すると。


(よし、往くぞ――)


 一通りの脳内シュミレーションを終えたドエムは、長年の修行の成果を得るため意気揚々と戦場へと躍り出た――

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