19.死兵
「今から逃げますよ、お立ちなさい」
ルクレツィアが冒険者の少女達へと声を掛けると同時――人類最高峰の剣戟がぶつかり合い、耳障りな甲高い音を奏でる。
レオノーレの不可視の刃によって軍制品の剣が軋み上げるのを感じ取り、パーシヴァルは力押しを止めて技で対抗する事にした。
相手の剣閃を受け止めるのではなく、受け流す……空気をぶった斬るような荒々しい太刀筋が、空気の隙間を泳がせるように流麗に変化する。
「……っ」
真正面から相対しているからこそ、その変化を敏感に感じ取ったレオノーレは歯噛みする。
身体能力、魔力出力、誓いによる強化幅だけでなく、純粋な剣技でも自らが及ばない事を悟ったからだ。
見えない筈の刃をどうやって感知しているのか、どれだけ剣を振るっても薄皮一枚さえ切る事なく逸らされ、そのあまりの自然さにまるで自らわざと外しているのではないかと錯覚するほど。
そうして出来た隙を見逃さず、認識の外からヌルりと現れる刃に対応が遅れ、防御が間に合わずに何度も身を裂かれる。
(思った以上に粘る)
聖騎士パーシヴァルはレオノーレという女騎士について、知っている情報を思い浮かべようとしたが、直後に大した物は持っていない事に気付く。
彼女は優秀な騎士であり、最も新しい聖騎士に近いと言われていた若き傑物であるという噂は耳にしていた。
だが聞こえてくる話はどれもパーシヴァルの興味を引くようなものではなく、優秀といっても他の聖騎士の様に常識の範疇を超える程のものではなかった筈である。
だが油断せず、新しい聖騎士に最も近いという人物評価と、禁域での奇襲をやり過ごした手腕から警戒はしていた。ルクレツィアの手駒の中で一番厄介な相手になるだろうと。
聖なる誓いを使える事も、聖騎士である自分とここまで打ち合える事も想像していなかった。
(ルーシーと姫さんを早く遠ざけないとな)
レオノーレの剣戟を受け流すと同時に素早くハンドサインを送る――それはルーシーに対する『対象を連れて離脱しろ』の合図。
相手もそうだが、この場では聖騎士パーシヴァルは本気を出せない。部下と任務対象が戦闘に巻き込まれてしまうからだ。
二人さえこの場から居なくなれば後はもうやり方を制限する必要もない。お互いに本気を出した時に、今よりも圧倒的な差が生じるためすぐに決着がつく――そう思っていた。
「「なにっ!?」」
重なったのはパーシヴァルとルーシーの驚愕の感情を含んだ声。
パーシヴァルの指示通り、ルクレツィアを捕らえようと動いたルーシーの目の前にレオノーレが躍り出る。
自らに振り下ろされる刃への防御すら捨てて、ただ主を守るためだけの行動を起こしたのだ。
(自らが受けるダメージを無視して!?)
そのせいで背中を逆袈裟に斬られたのにも関わらず、重傷を受けて大量に出血しながらもレオノーレはルーシーの道を塞ぐ。
「ぐっ……!!」
「下がれルーシー!!」
ルーシーの技術ではレオノーレの刃は受け止め切れないと判断したパーシヴァルが間に割り込む。
間一髪で部下を救う事に成功したパーシヴァルは、相対する女騎士の様子を細かく観察する。
(動きがほんの少しも鈍くならないな……)
細かい切り傷もある。普通であれば今頃大量の出血で動けなくなっていても不思議ではない。
それでもレオノーレはその動きに、剣技に、身の毛もよだつような気迫に些かの衰えも感じさせず、鬼気迫る表情で背後のルクレツィアを護り続ける。
「今のうちに走って!」
その背後ではルクレツィアと冒険者の少女達が、レオノーレ達を円の中心として、外周を沿うように駆け抜ける。戦闘の余波に巻き込まれないように、時折飛んで来る斬撃を回避しながら少しずつ。
ルーシーが出入り口を塞ごうと動けば、即座にレオノーレが自らへの斬撃を無視して不可視の刃を振るう。
文字通り死兵となったレオノーレは止まらない――致命傷を幾度となくその身に刻まれようと、主人が逃げ切るまでは。
「……こりゃ首を落とさないとダメだな」
騎士を信頼して一瞥すらせず、ただ前だけを見据えるルクレツィア。
主人の信頼に応えるように、がむしゃらに道を切り開くレオノーレ。
(嫌だなぁ、こんな子らを殺すのは……何度やっても慣れないや……)
戦況はパーシヴァルが圧倒的に有利である。
このまま戦いが続けば、ルクレツィア達が出入り口に到達する前にレオノーレは死ぬだろう。
だが、追い詰められている表情を浮かべているのはパーシヴァルだった。
「行かせるかァ――!!」
ルーシーは自らが信頼する常識の精神的な不調を感じ取り、自身も死兵となる事を決めた。
例えレオノーレがその身を犠牲に迫って来たとしても次は退かず、確実に皇女の足を斬ると。
それを察したパーシヴァルは剣を握る手に力を込める――次にレオノーレが動いた時、ルーシーが殺される前に彼女の首を落とすと決意して。
もはや皇女を巻き込む事など気にせず、生きてさえいれば五体満足でなくてもいい、そんな考えからギアをさらに一つ上げる。
(不味い――)
ただ出入り口を、階段目指すだけなのにそれが酷く遠く感じられる。
最初の攻防からまだそれほど時間は経っていないのに、既にレオノーレは満身創痍で、その上で敵の雰囲気が変わった事も察せられた。
パーシヴァル、レオノーレ、ルーシーの三者が一斉に動く――次の瞬間には誰かが死んでいると自然と思える気迫。
ルクレツィアはただではやられはすまいと、魔力の糸を括り付けた瓦礫を振りかぶる。
振り子のように、遠心力を付けて高速で飛来するそれは、しかし騎士達にとってはあまりにも遅く、かるい剣の一振りで糸を断ち切られてしまう。
(ダメですか……)
制御を失った瓦礫が出入り口の方へと飛んでいく。
隙を晒したルーシーへとレオノーレが迫り、そんな彼女の首を落とさんとパーシヴァルの剣が振り下ろされる――そんな時だった。
「姫様ご無事ですか――!!」
出入り口の方からアレンが飛び出して来たのだ。
「「あっ」」
「えっ――がはッ!?」
思わずルクレツィアとルーシーの声が重なってしまう。
アレンが飛び出てくると同時に、彼女達の攻防によって弾かれた瓦礫が彼の額にクリーンヒットしたのだ。
「アレン君、君はなんて運が……あぁ、気絶するほど強烈だったのか。私が前に出ていれば……」
「ドエム様!!」
倒れ込んだアレンを支えるように、後から出て来た人物の存在にルクレツィアは歓喜の声を上げた。
で、出た〜!!(椅子から転げ落ちる)
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