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18.主従


「隊長!」


 ルーシが安堵の声を出すのと、レオノーレの胸に蹴りが突き刺さるのは同時だった。

 鋼よりも堅く頑強なパーシヴァルの蹴撃を視認できずに直撃を受けてしまったレオノーレは、そのまま後方のルクレツィア達のさらに背後の壁まで吹き飛ばされる。

 そのあまりの速度にルクレツィアは一瞬息をするのを忘れ、路地裏爆走少女のメンバーは腰が抜けてしまう。


「……戻るのが早すぎるのではありませんか?」


 唾を呑み込み、震える声で精一杯の軽口を叩くルクレツィア。

 自分の騎士がまだ生きているのかどうか、安否確認がしたい気持ちを抑えて彼女はパーシヴァルと向き合う。彼から絶対に目を逸らさない。逸らせない。

 少しでも視線を外せば、その瞬間にも意識を刈り取られてしまうような恐怖がある。


「あのね、おじさんにとってこの街の端から端まで五秒なの。距離なんてあってないようなものなの。ここから逃げ出せたとしてもすーぐに追い付いて捕まえちゃうんだから」


 そのあまりにもあんまりな主張に言葉を失ってしまう。

 人間がそんな速度を出せるなんて常識では考えられないが、相手は国家の最高戦力の一人である。

 これが事実だとしたら、隙を見て逃げ出してもすぐに追い付かれてしまう。


「――いや、すぐには捕まらない。時間稼ぎが有効な事に変わりはない」


 瓦礫を押し退け、頭から血を流しながら復帰したレオノーレの言葉。


「頭でも強く打った? おじさんの脚力は身をもって知った筈だけど?」


 呆れた声を出すのはパーシヴァルである。


「ここから姫様が逃げ出したとして、お前は何処の方角に行ったのか分からず、隠れ潜んでいる可能性も考えなければならない……駆け抜けるだけなら五秒でも、人を探し捕らえるとなれば現実は違って来る筈だ」


「なんだ、ちゃんと考えての発言だったんだ」


 その言葉にハッとしたのはルクレツィアである。

 千載一遇のチャンスを潰され、最も信頼する騎士が一瞬で倒され、有り得ない数字を持ち出されて冷静さを欠いていたらしいと気付く。

 レオノーレの言う通り、例え大きな街の端から端まで五秒で駆け抜けられるとしても、別に競走をする訳ではないのだから必要以上に恐れる必要はない。

 もちろん聖騎士パーシヴァルの走力は驚異的ではあるが、それに恐れを生して思考停止せず、逃げ方を考えればすぐに捕まる訳でもない筈だと。

 しかし、この場から脱するには大きな問題が一つだけある――


「レオノーレ、死ぬつもりですか?」


 それは絶対に誰か一人がここに残ってパーシヴァルの足止めをしなくてはならないという事。

 そして聖騎士の足止めが出来る人材など、この場には同じく聖なる誓い(ゲッシュ)を使用できるレオノーレだけである。

 まだルーシーという騎士も控えており、冒険者の少女達はルクレツィアの為に身命を賭す義理などない。必然的に聖騎士と合わせて二人を一人で相手する事になる。確実に死ぬ。


「死ぬつもりはありません。あんなくたびれた中年など速攻で倒して追い付いて見せます」


「えっ、急に刺して来るからおじさんビックリしちゃった」


 心做しかしょんぼりした様子のパーシヴァルをルーシーが小声で慰める。

 自覚があり、自分でもおじさん呼びしているとはいえ、他人から、若い女性から言われるのは流石にまだ堪えるようだった。


「レオノーレ」


 その傍らで一度キツく目を閉じ、そして覚悟を決めた顔を上げたルクレツィアが透き通る声で自分の騎士の名を呼ぶ。


「この場は任せました、全力で聖騎士パーシヴァルを討ち取りなさい」


「お任せください」


 レオノーレの聖なる誓い(ゲッシュ)がさらにギアを上げる。全力を出す事を許され、主人から全幅の信頼を示された事で出力が上がったのだ。

 その主従の理想的な関係にパーシヴァルは眩しそうに目を細め、そして自分には直視できないと視線を逸らす。

 彼の胸に、何処かズキズキと痛みが走った気がした。


「おじさんの誓いと似てる……けれど、決定的に違くて尊いモノだね」


 惜しみない称賛と憧憬を吐き出し、彼は剣を構える。


「――せめて一思いに殺してやるよ」

ドエム劇場は次か、その次だ!もう少し待ってくれ!(変態予告)




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