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17.聖なる誓い

「――」


 何かに気付いた様子のルーシーが、腰掛けていた木箱から立ち上がる。

 ゆっくりと、静かに……警戒した様子で奥に座るルクレツィア達へと近付いていく。

 自分が向かって来ている事には気付いているだろうに、何故か全く見向きもしない彼女達の様子に訝しげに目を細め、口を開こうとしたその時――


「――レオノーレ、許可します」


聖なる誓い(ゲッシュ)――〝捧げ剣〟」


 全身を薄く輝かせたレオノーレが不可視の剣を片手に飛び出す――その際に自らの主人と、ついでに捕まった少女達の縄を切っていた。

 罠の可能性を考えて少し様子を見ていたが、聖騎士パーシヴァルが本当に去ったと判断したが故の行動だった。


「使えたのか!?」


 驚愕の声を上げるルーシー、彼女にとってそれはパーシヴァルが使用するものという印象が強かった。

 聖なる誓い(ゲッシュ)――それは始まりの聖騎士の因子を持ち、かつ真の聖騎士へと到れる可能性を秘めた者だけが行える秘技。

 自らに制約を課し、誓った内容を履行し続ける事で強大な力を得る数百万人に一人の力。

 自らを縛る事が出来るのは、最初から持っている者、凄まじい努力によって何かを獲得した者だけである。

 誓いを破れば得ていた対価は消失し、ペナルティが課されるが、それを加味しても強力……誓える者と、誓えない者の間には大きな差が生じる。

 聖騎士でもない、たかが皇女の私設騎士団の者が使えるものではないと思っていた。


「ぐっ、お前ら! 人質を取れ!」


「は、はっ!」


 そしてレオノーレの聖なる誓い(ゲッシュ)〝捧げ剣〟は、己が鍛え上げた全て、あらゆる武力行使の有無を他人に委ねるというもの。

 例え自らの命に危機が迫っていたとしても、目の前で救うべき子どもが襲われていようと、ただ一人と定めた主人が赦すまで、主人を守るため以外の事で彼女は剣を抜く事が出来ない。

 レオノーレが剣を捧げた相手はルクレツィアである。そのルクレツィアが明確に剣を抜く事を許可した。

 今の彼女は禁域で戦っていた時よりも速く、鋭く、正確に剣を振るう。

 ルクレツィアを中心として、捕まった冒険者の少女達が円陣を組むのを見て、レオノーレは必要最小限の人数を間引く事にした。


「がっ!?」


「ぐぅ!?」


「ごはッ!?」


 屋敷で倒された部下達の仇という程ではないが、レオノーレは狭い空間に散らばる敵を三次元的な動きで討ち取っていく。

 狭い空間で戦う為か、敵が今手にしているのは短剣や短槍ばかりである。その内の一つがレオノーレに届くよりも先に、彼女の腕が蜂の羽根のようにブレる。

 任意で伸長された不可視の刃、その切っ先が短剣を握る手を切り落としたのだ。利き手を失った者が悲鳴を上げるよりも先に、跳躍したレオノーレは既に一段高い場所に陣取っていた者の頭を左右に斬り割いた。

 ゆっくりと倒れる死体を足場に再び跳躍――空中にて不可視の刃を伸ばしながら一回転する事で、積まれていた木箱や樽ごと幾人もの敵を戦闘不能にする。


「オラァ! さっきは随分と痛め付けてくれたニャ!」


「覚悟するべき」


「死ね」


 ルクレツィアの支援ありとはいえ、路地裏爆走少女のメンバーも一人ずつ確実に倒していた。

 敵の大部分はレオノーレが引き付け、処理してくれている事や、ルクレツィア達のもとまで辿り着く時点でもう既に何かしらのダメージを与えられている者が大半だからだ。

 武器は奪われているとはいえ、それでもその辺に落ちていた木材や、倒した敵から奪った短剣で戦えるくらいには彼女達も強かった。伊達にDランク冒険者をやっていない。


(聖騎士パーシヴァルが居ない今が姿を暗ませるチャンス――ここからレオノーレと二人で逃げ出し、潜伏し、折を見て伯爵と連絡を取れば良い)


 ヴィダルドに裏切られ、待ち伏せをされていた時点でルクレツィアは伯爵邸に滞在する事も知られていると考えていた。

 自分の居場所が判明している限り、父である皇帝は執拗に自分に刺客を差し向けるだろう事も承知していた。


(伯爵には今日か明日にでも話すつもりでしたが)


 伯爵領から離れ、また別の支援者のもとへ潜伏すると伝えるつもりだったが、敵の襲撃の方が早かった。

 けれどもこれは逆にチャンスとも言える。伯爵邸を最後に姿を消すのと、聖騎士に一度捕らわれてから姿を消すのでは大分印象が異なる。

 自分の後援者にも被害を出して捕まってしまった皇女よりも、聖騎士からも逃げ果せた皇女では、その後の支持率に大きな違いが出る。

 冷静に広い視点から物事を見ていたルクレツィアは、聖騎士パーシヴァルの居ない今しかないとと考えていた。

 冷静に彼我の戦力差を考えた時に、レオノーレではパーシヴァルに勝てないと判断したのだ。


「ここで逃がす訳には――!!」


「いいや、終わりだ――!!」


 どの経路を辿って逃げるか、何処に潜伏するのかルクレツィアが思考を巡らせている間にも既に敵はルーシーただ一人となっていた。

 レオノーレが彼女を倒すと同時に一気に走り抜け、この地下倉庫から脱出する――そう身構えていた時だった。


聖なる誓い(ゲッシュ)――〝唯唯諾諾〟」


 そのあまりにも早すぎる帰還に、ルクレツィアは思わず顔を顰めた。

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