16.変態の影響
「で、飛竜便を予定よりも早く使いたいんだけど」
「無理ですね」
ギルドマスターの執務室にてそんなやり取りが交わされる。
机に座ったままのフィネガンに詰め寄ったパーシヴァルは、その一考の余地もない断り方に面食らう。
(伯爵に勘づかれないように民間の便を利用したのが裏目に出たか? 融通が効かない)
だが伯爵への警戒を抜きにしたとしても、どのみち城の飛竜に問題が起きて使えないなどと言われていた事を思い出す。
「それどころか、予定通りに飛ばせるかどうかも分かりません」
「は? 何故だ?」
そんな時に続けられた言葉の内容に、パーシヴァルは顔を露骨に顰めて見せた。
城の飛竜が使えないのは権力闘争が大好きな馬鹿共の横槍だろうと考えていたが、まさかそれがこの街のギルドにまで及んだのかと訝る。
「まさか飛竜が一斉に怯え出したとか言うんじゃないだろうな?」
「あぁ、もうご存知だったのですか。ならば話は早い」
「え?」
「え?」
城の飛竜便の利用を断られた時の言葉をそのまま言っただけだったパーシヴァルは、まさか本当に同じ理由だったとは思わず聞き返してまう。
妨害されるにしても、もう少しバレない努力をして取り繕うと思ったのだ。
「どういう事だ?」
流石に舐め過ぎではないかと目を吊り上げるパーシヴァルに対して、フィネガンは困惑した様子で事情を説明する。
「ここ十数年ほど、霊峰エレクティオンから観測されていた守護聖竜の魔力が途絶えていたのはご存知でしょう?」
「知っている」
定期的に霊峰から発せられる守護聖竜の強大な魔力により、気流が生まれ、雨雲が形成され、土壌が肥え、細かな病魔は死に絶え、維持されて来た生態系があった。
守護聖竜が息をするように発する魔力それ自体がもはや自然の一部と看做されて来たのだ。
そんな守護聖竜の魔力が十数年前より、まるで息を潜めるかのようにピタリと止んでしまった。
守護聖竜が発する魔力を糧とした種は数を激減させ、雨雲が滞留して洪水が起きた地域、日照りや干ばつに悩まされる地域、果ては新種の病まで流行る地域などがあり、人類社会は一時混乱していた。
霊峰エレクティオンに何かあったのか、太古より存在するかの守護聖竜にも寿命という概念があったのか、調査しに行こうにも禁域という厚い壁がそれを阻む。
そんな混乱状況が失政と圧政の加速を招き、燻っていた革命の火を燃え上がらせたのは聖騎士ならば知っていた。
「その守護聖竜の魔力がほんの一週間から二週間ほど前に復活した様でしてね」
「なに?」
「まるで何かから解き放たれたように発せられた魔力は通常よりも遥かに強大で、その魔力に当てられた竜種が怯えて使い物にならないのですよ」
急に飛竜達が怯え出した原因が守護聖竜の魔力にあると気付いたのはつい昨日の事だと言う。
それに加えて、霊峰から遠ざかるように、何かから逃げ出すように禁域の魔獣が大移動をしているのが観測されたと付け加えた。
「大事件じゃないか」
「そうです、なので飛竜便は諦めてください」
パーシヴァルは思わず天を仰いだ。自分が城を出発した時にはまだ原因が分かっていなかったのだから、今まで報告が来ていなかったのは仕方がないが、だとしても予定が狂ってしまった。
一応馬車の準備などもしているが、どうしても足が遅く、伯爵に追い付かれる可能性は捨て切れない。
「聖騎士の貴方なら霊峰の異変、その原因や理由に思い当たりはありませんか?」
「……そりゃ当て付けか?」
「いいえ、そんな事は……」
霊峰で修行をした訳でも、守護聖竜の試練を突破した訳でもないのに聖騎士を名乗っている自分に対する特大の皮肉かと思ったパーシヴァルだったが、フィネガンの様子からどうやらそうではないらしいと悟る。
単純に自分の、国の上層部という立場から知れる情報はないかといった質問だったらしい。
「まぁ、いい……じゃあとりあえず数台の馬車を手配してくれ、指定した時間になったら一斉に街を離れて欲しい」
「なんの為に?」
「詮索は不要だ。公務と言えば分かるだろ?」
「……高くつきますよ」
「良いだろう。口止め料込みだ」
聖騎士という身分、立場でなければギルドマスターとこんな気軽に交渉など出来ない。
パーシヴァルは自分にしか出来ない事を終わらせると、即座に踵を返した。
「もう行くので?」
「あぁ、後は頼んだ」
万が一レオノーレと捕まった目撃者が結託したら面倒な事になりそうだったからだ。
守護聖竜「変態が去った!我は解放された!」
禁域の魔獣「やべぇ変態が移動したぞ!逃げろ逃げろ!」
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