15.後悔
「なんだこれは!?」
アレンが屋敷に戻って最初に上げた言葉がこれである。
庭は荒れ、正面玄関までの道に転がる大量の血痕と戦闘の痕跡に思わず驚きの声を出してしまったのだ。
「ドエム殿! アレン君!」
その声でドエム達の帰りに気付いたのか、中からレイダル伯爵が厳戒な警備に囲まれて出て来た。
「伯爵様! いったいこれは!?」
「どうやら聖騎士の一人に襲撃されたようだ」
「なっ!? 聖騎士!?」
ドエムは一瞬だけ自分の事かと思ったが、あれはルクレツィアが勝手に言っていただけだと思い直した。
この場でいう聖騎士とは文字通り本物――難しい試験やら突破した、国の最高戦力の事を指すのだろうと。
そして何故そんな国のお偉いさんが襲撃して来たのか、ルクレツィア達は何か悪い事でもしたのかとドエムは興味なさげに話を聞いていた。
自分の趣味以外の話になるとあまり頭に入って来ない。
「ルクレツィア様とレオノーレ殿は縛られ、そのまま……」
「――ッ!!」
ドエムの脳が瞬時に覚醒する――縛られるというワードに反応した彼は勢いよく伯爵へと振り返り、その目を険しくさせる。
ルクレツィアが拐われたと聞いて圧を強めるドエムの気迫に、知らず伯爵は息を呑んだ。
「す、すまなかった……今朝ドエム殿が警戒を促してくれたのにも関わらず……」
「やめろ! 伯爵を責めるな!」
伯爵とアレンから突然そんな事を言われ、ドエムはきょとんとした顔を晒す。普通に意味が分からなかったからだ。
「別に責めてなどいない……責められるべきは俺だ」
俺が縛られたかった――ドエムの心にあるのはこれだけである。
(自分が責める側に回るなど、あってはならない)
それでは気持ち良くなれないから。
「そんな、ドエム殿が責められる事など……」
いいや、どうかこの俺を責めて欲しい。
しかしその願いは叶わない。何故ならドエムは自らが望む場に居合わせなかったからだ。
その事を再認識した時、ドエムの胸の内にふつふつと自分への怒りが込み上げてくる。
「何故俺はこの場に居なかった――ッ!!」
前庭に響き渡る慟哭――ドエムは本気で悔しがっていた。理不尽な力を持った存在に無理やり縛られるという、千載一遇の場に居合わせなかった事を。
顔を手で覆い、唇を噛み締め、肩を震わせる……彼が心の底から後悔している事はその場に居る全ての者たちに伝わった。そのあまりにも全身から滲み出る後悔にアレンでさえも言葉を失ってしまう程。
伯爵は思う。この在野に潜んでいた本物の聖騎士かも知れぬ男は、ルクレツィア様に何を見たのかと。接した時間は極短いはずなのに、どうしてここまで親身になってくれるのかと。
「――俺は行くぞ」
指の隙間から覗く怒りの形相、荒く吐き出される呼気。
ドエムの低く唸るような言葉にアレンが掴みかかる。
「待て! 何処に行く気だ!?」
その場で背を向けたドエムに対して投げかけられた疑問。
「決まっているだろう――」
縛られに行くんだよ――最後まで言わずにドエムは立ち去った。
そのあまりのオーラに誰も二の句が告げず、彼が黙って屋敷を立ち去るのを止められなかった。
この中で一番責任が無い彼が本気で悔い、怒り、憤っている。これでは護るべき存在を守り切れなかっただけでなく、庇われてしまった自分達の立つ瀬がないではないか。
「おい! 連れ出された場所は分かるんだろうな!?」
「……」
ただ一人、ドエムに対して厳しいアレンだけが声を張り上げた。その内容に思わずドエムは足を止めてしまう。
事実だったからだ。自分は何処へ行こうとしているのだろう? 何処に行けば縛って貰える? そんな疑問が浮かんだ矢先、彼の視線の先に見覚えのある人物が立っていた。
「君は……」
「す、すいません! 盗み聞きるするつもりはなかったんです!」
そこには路地裏爆走少女のメンバーである兎人族のバーバラが慌てた様子で立っていた。
「助けてを求めて彷徨ってたら、たまたま見掛けて……」
試験が終わり、彼女達と別れてまだそれほど時間は経っていない。
ドエムが冒険者になるにあたっての諸々の手続きと、ギルドカードの作成、そしてギルドマスターからの聞き取りにそれなりの時間は取られたが、それだけである。
「君は確か、ギルドの……どうかされたのですか? 生憎ですが、コチラも立て込んでいまして」
もしかして女王様としてお仕置しをしていない事に気付き、こうしてわざわざ追い掛けて来てくれたのではないか? そんな妄想を繰り広げるドエムとは違って、アレンは騎士として礼儀正しく、バーバラの目線に合わせて事情を尋ねた。
アレンにとってドエムは崇敬する主に近付く怪しげな野蛮人だが、困っている様子の一般市民には優しい対応をする男だ。それが例え不良少女であっても。
「な、仲間が捕まって! えっと、人攫いの現場を目撃してしまって連れて行かれたんです! けど、もしかしたらその場が皆さんの求めてる場所じゃないかなって……」
「なに?」
バーバラは必死に訴えた。何か身分が高そうな人が捕まっていた事と、それを目撃してしまったせいで潜んでいた人攫いの仲間に急に襲われたと。
必死に抗ったけど多勢に無勢で、装備も整っていて普通の人攫いとは違ったのだと、仲間の中で一番警戒心が高くて逃げ足の早い兎人族の自分だけがたまたま逃げ出せたのだと。
「ヤンチャばかりして来た私が言える義理じゃないですけど、仲間を助けてください! 街の衛兵に頼もうにも、忙しそうにしてて取り合ってくれなくて……」
何か他の場所でも騒ぎがあったのか、知っている詰所は全て人が出払っていて慌ただしそうにしていたという。
何処に行っても門前払いで、そうして自分が知っている最後の詰所を出たところでドエム達の背を見付け、反射的に追い掛けたら領主の屋敷に辿り着くし、足を踏み入れて良いものか、どうやって声を掛けようか迷っている内に自分達が居合わせた現場と関係ありそうな話をしているし、ドエムは叫んでいるし……そうして困っていたところを見付かってしまったのだと説明した。
アレンもその話を聞いて思わず伯爵へと振り返り、無言で頷き合う。
「兵を集めろ! 急げ!」
「その場所に案内してくれ」
「ドエム殿!? 皆の準備が整うまでお待ちになられて――」
「それでは遅いのだッ!!」
空間がビリビリと震動するほどの叫び――ドエムは焦っていた。
自分を縛ってくれるかも知れない存在の居場所を知れたのは良いが、伯爵達に先を越されては堪らないと。
自分の敗北を、縛られた痴態を見届けるギャラリーは多ければ多いほど良いが、その前に事件を解決されては困るという完全に自分本位な悩み。
「今こうしている間にも彼女達の身に何かあるかも知れない……」
それらを解決する為の口実を必死にこねくり回す。
「目撃者の存在に気付いた事で、移動を早めるかも知れない……」
ドエムはたった一つの解にこれだと飛び付いた。
人質の安否が心配なのだという、それのみの一点突破を目指すゴリ押し。
「なに心配するな――彼女達を助けるのはこれで二度目だ」
敗北への前フリも忘れない。そこか何よりも大事だからだ。
敵への大袈裟な威嚇、味方の安心感……それらが裏返るからこそ気持ちイイのだから。
「さぁ、案内してくれ」
「は、はい!」
「待て! 私も行くぞ! ……すいません伯爵様、先行して移動しないか見張っておきます」
「う、うむ! 頼んだぞ! すぐに援軍を伴って駆け付ける!」
放っておけばさっさと行ってしまいそうなドエムの隣に並び、アレンはその鋭い眼光を上へと向ける。
「まったく、勝手な事を……」
自分よりも遥かに体格の大きいドエムを睨み付ける為に見上げなければならないのが、彼にはとても気に入らなかった。
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