14.血の匂い
ドエム君が暴れるまでもう少し……もう少し……
「ふぎゃっ――!?」
パーシヴァルがルクレツィア達を部屋へ倉庫内へと案内し、大人しくするように言い含めたところで、そんな間抜けな声と共に少女達が追加で転がされる。
計三人の少女達はそれぞれ獣の身体的特徴を併せ持っており、この国に於いてはあまり尊重されない人種である事が窺えた。
「この子らは?」
「はっ! 現場を目撃された様ですので連れて参りました!」
パーシヴァルからの簡潔な問いに、少女達を連れて来た兵士が答える。
「あちゃ〜、不運な子たちだねぇ」
「てめぇら何者ニャ! あちし達のシマで好き勝手してると許さないニャ!」
強気に吠える猫耳少女にパーシヴァルは面倒そうに耳に指を突っ込み、その様子に更に抗議の声がヒートアップする。
ルーシーは煩わしそうに剣を少女の喉元へと突き付け、眼光鋭く見下しながら黙れと脅す。
「目撃者はこれで全部か?」
「それが、コイツらの仲間が一人……」
「は? 逃がしたの? マジで?」
「申し訳ございません」
「はァ〜……」
まさかの返答にパーシヴァルだけでなく、ルーシーでさえも目を丸くした。彼らの常識ではこんな手抜かりは有り得ないかったからだ。
(最重要任務という割りには質の低い人材を寄越すんだもんなぁ〜)
分かりやすく頭を抱えながら、中年の聖騎士は心の中で愚痴る。
パーシヴァル自身が育て上げた部隊を取り上げておきながら、こんな無能を下に遣わすなど何を考えているのか分からない。
いや、分かりたくもなかった。どうせ権力闘争の一貫で、聖騎士パーシヴァルを失脚させようと誰かが何かしらの横槍を入れて来たのが真相だろうと、パーシヴァルは薄々勘づいていた。
(こんな事ばっかりしてるから腐るんだよ)
「怒られるのおじさんなんだから勘弁してよねぇ」
内心の憤りなどおくびにも出さず、困ったように笑いながらパーシヴァルは地下倉庫の出口へと足を向ける。
「どちらへ?」
「なるだけ早く迎えを寄越すように連絡してくるよ……あ、ちゃんと見張っておいてね」
「分かっています」
唯一の腹心であるルーシーに声を掛け、パーシヴァルはその場から立ち去った。
「これが俺のギルドカード――」
試験を終えたドエムは少しして受付で自分のギルドカードを受け取っていた。ランクは最初からDである。
Dランク冒険者のみで構成された『路地裏爆走少女』のメンバーを単騎で圧倒したのだから当然と言えば当然で、C以上ではないのは、例え推薦や実力があったとしても、実績皆無での最高がDだったからに他ならない。
「お前がDランクとはな、伯爵様に感謝しろ」
「あぁ、分かった」
試験がすぐに終わったのもアレンの不信感を煽っていた。
事実としては、ただ単純にドエムの実力が圧倒的すぎて試験管が戦意喪失してしまっただけなのだが、伯爵の推薦によって忖度されただけだと思われていた。
そんな、いつもなら悦ぶアレンからの高圧的な態度に生返事をしてしまうほど、今のドエムは感動していた。
(これが俺の社会性――)
身分、名誉、地位――それらは衣服と同じく、理不尽に剥ぎ取られる為に存在する。
着用していた衣服を無理やり剥かれてしまうのと同様に、積み上げてきたものを崩され、上り詰め場所から蹴落とされるのも最高の敗北を彩るスパイスなのだ。
自らを鍛え上げる事も、守るべきものを増やしていく事も、全て最高の敗北を経験する為に必要なこと。
(培った武力を蹂躙され、身に付けていた物を剥ぎ取られる、蹴落とされ、守るべき大切な物を理不尽に奪われていく……そんな敗北に俺は一歩近付いたのだ)
山を降りてからここまで、何もかもがトントン拍子に進んでいる気がしてドエムは上機嫌だった。
だからこそ、振り返った先に居た人間に気付かずぶつかってしまう。
「おっと、すまない」
「いや、いいよいいよ、おじさんも急いでたから」
無償髭を蓄えた見窄らしい格好の中年男性にアレンは顔を顰めつつも、ドエムへと「気を付けろ」と叱責を飛ばず。
(――ん?)
その時、ドエムは何かに気付いたように鼻をひくつかせる。
「……君、名前は?」
気付いた違和感の正体に到達するよりも先に、中年男性に誰何され、ドエムは正直に答える。
「ドエム・ブラットだ」
「そうかい、覚えておくよ」
それだけを残して中年男性はさっさとドエムの横を通り過ぎ、受付に何かを見せてからギルドの上階へと上がっていく。
「あんな者が上階に?」
「上階に何かあるのか?」
「……上階は関係者、もしくは高ランク冒険者しか入れない」
「そうなのか」
何処から高ランク冒険者と呼ばれるのかは分からないが、上階に入れるのを一つの目安とするべきだろうか……ドエムは敗北する前に冒険者としての地位をどこまで目指すべきか考えていた。
(ん、あぁ――)
考えている途中で、先程の違和感の正体に気付く。
(血の匂いだ――)
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