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12.襲撃


 ドエム達が冒険者ギルドへと赴いて少し経った頃、伯爵邸に一人の男が訪ねて来ていた。


「すんませ〜ん、家主と約束があって来たんですけど〜」


 気軽そうに門番へと声を掛けた男は、お世辞にも貴族の知り合いとは思えないほど薄汚かった。

 無精髭は放置され、髪はボサボサ、着ている服も擦り切れている。

 話し掛けられた門番の兵士は、視界に入った見窄らしい格好の男性に怪訝そうな表情を浮かべた。

 何を考えているのか分からない顔で微笑みを浮かべるその様子に、気味が悪そうに顔を顰める。


「伯爵様に呼ばれているので通して貰えませんかね〜?」


「お前が? 伯爵様と?」


 胡散臭そうに男を眺め、門番の兵士は同僚へとアイコンタクトを送り合う。あまりにも怪し過ぎたからだ。

 だが万が一、本当に主人と約束がある人物であったとしたら粗雑には扱えない。本当に知り合いだった時、何もせず追い返したとなれば首を切られかねない。

 門番の兵士は至極面倒くさそうに、確認を取るからこの場で待てと伝える。もしくは招待状なとがあればそれを出すだけでも良いと。


「あー、やっぱりそうなりますよね〜」


 それを聞いた男は心底気怠そうに溜め息を吐き、なんでお前がそんな態度を取ると門番達を苛立たせる。


「知り合いって言ったところではいそうですかと通して貰えませんよね」


「何を当たり前の事を言っている?」


「いえいえ、ただ何事も上手くいかないなと」


 男が肩を竦め、恥ずかしそうに頬を掻く――門番の一人が崩れ落ちる。


「……は? ……へ?」


「ウィダルドも失敗するし、ワンチャン上手くいかないかなって思ってた事も上手くいかないし……どうしてこう、運命は俺を働かせようとするんだ」


「それは隊長が聖騎士だからですよ」


 何処から現れたのか、未だに状況が呑み込めていないもう一人の門番を気絶させながら、男の独り言へと女性が生真面目そうな声で返事をする。


「おじさんはね、出来ればあまり働きたくはないんだ」


「叛意ありと思われますよ」


「分かってる分かってる」


 煙草を咥え、女性に火を付けて貰いながら男は腕を上げて振り下ろす動作をする。

 それだけで周囲に隠れていた男の部下たちが一斉に屋敷へと突入していく。


「はぁ〜あ、後味の悪い仕事を押し付けられちゃったなぁ」


「逃げられる前に早く行きますよ」


「はいはい」


 敷地を隔てる門をくぐり抜け、前庭を突っ切り、飛び出して来た兵士を無造作に斬り捨てて屋敷内へと侵入する。

 男が足を踏み入れた時点で、屋敷のそこら中で怒号と剣戟が響いていた。


「なっ!? 聖騎士パーシヴァル!?」


 見窄らしい格好をした男――聖騎士パーシヴァルの存在に気付いたルクレツィアの護衛の一人だった年嵩の騎士が声を上げる。

 一斉に向けられる敵意と畏れの混じった視線に照れ臭そうに「どーもどーも」と返し、隣りに居た女性に頭を叩かれてパーシヴァルはバツが悪そうに煙草の煙を吐き出した。


「絶対に姫様に近付けさせるな! 奴が――」


 額に穴を空けた年嵩の騎士はそれ以上の言葉を発する事は出来ず、重い音を立てながら崩れ落ちる。

 煙草を弾き飛ばした姿勢のまま、聖騎士パーシヴァルは屋敷中に響く大声で勧告した。


「ルクレツィア殿下! レイダル伯爵! 素直に投降しなければ犠牲が増えるだけだ! 貴人として堂々と姿を表わせ!」


「ふざけるな! アイツを止めろ!」


 手の空いている者は騎士や兵士だけでなく、使用人までもが得物を手にして襲撃者の親玉へと殺到していく。

 その光景に嫌そうな、哀しそうな表情を一瞬だけ浮かべて聖騎士パーシヴァルは剣を抜いた。


「――ごめんね、命令だから」


 真正面からの振り下ろしを半身になって躱し、ストンっと軽い動作で手首を斬り落とす。

 両手を喪った事に未だに気付かない兵士を魔術の盾としながら、懐から奪い取った短剣を投げて魔術を放ったばかりの騎士の喉を貫く。

 背後から突き出された槍を脇に挟み込み、そのまま後ろに飛び退く事で間合いを潰す。

 トンと軽く背がぶつかると同時に逆手に持っていた剣が胸を貫き、槍を握っていた手から力が抜ける。

 軽くなった槍を脇に抱え込んだまま振り回して飛来する矢を弾き、その場から跳躍――シャンデリアと同じ目線で捉えた弓兵に向けて槍を投擲。

 新しく生まれた死体には目もくれず、自分の着地した瞬間を狩ろうと殺到する残りの騎士と使用人へと順手に持ち替えた剣を構える。


「今だ!」


「死ね!」


 聖騎士パーシヴァルが着地し、背筋を伸ばすと同時に勢いよく噴き出す大量の血。

 着地する瞬間に狩られた騎士と使用人たちの首から溢れ出たもの。


「これでも急いだのですけれど、ね……」


 僅か数秒の出来事が終わった時、玄関ホールに柔らかい少女の声が響き渡った。


「この犠牲の多さは、それだけ貴女の人望を表している」


「姫様、お気を付けて」


 聖騎士パーシヴァルの言葉と、レオノーレの言葉が重なる。


「それで、聖騎士パーシヴァル様がどのようなご用件で?」


 ルクレツィアからの問いに、パーシヴァルは肩を竦めた。


「分かってるんだろ? 貴女のお父上は相当にお怒りだ――民主派の皇女など許せないとさ」


「そうですか、やはり父上とは分かり合えないみたいですね」


「生死は問わない。確実にその身を持って来いと仰せだ」


 疲れたように溜め息を吐き出し、新しい煙草に火を付けながらパーシヴァルはルクレツィアから目を逸らす。


「これ以上の犠牲は必要ないだろ? 出来れば自分の意思で付いて来てくれ……抵抗する者、襲い掛かって来た者は殺さなくちゃいけないんだ」


「分かりました」


「姫様!」


 素直に応じたルクレツィアに、レオノーレは悲痛な叫びを上げる。


「ところで、レイダル伯爵は?」


「お生憎様、ちょうど家を空けておりまして」


「……ふーん? ま、貴女という旗頭さえ居なくなれば何も出来ないからいっか」


「隊長」


「最優先は姫さんで、レイダル伯爵については特に何も言われてなかったろ」


「はぁ」


 頭痛を堪えるように眉間を揉みほぐし、女性は聖騎士パーシヴァルの言う通りに行動を開始した。


「では縛られてください」


「姫様に触れるな!」


「良いのですレオノーレ」


「しかし」


「最後まで一緒に付いてきて下さいますか?」


「ッ――」


 主人からの言葉に、レオノーレはハッとした。

 言葉の裏を読み取り、その正確なところを理解したからだ。


「……はい、もちろんです」


「そりゃ良かった、さすがにレオノーレにまで暴れられたら面倒な事になってたわ」


 煙草を吸いながら、自分達を見もせずにそんな言葉を吐く聖騎士パーシヴァルに怒りが込み上げてくる。


「大丈夫ですレオノーレ」


「姫様」


「信じて耐えましょう」


 主人にそこまで言われては大人しくするしかない。

 レオノーレは自分に落ち着くように言い聞かせながらも、その瞬間が訪れるまでじっと耐え忍ぶ事にした。


(今朝、ドエム様の様子がおかしかったのはこの襲撃を予期していたのかも知れませんね――)


 今この場には居ない人物を思い浮かべ、そしてルクレツィアは窮地を脱する為に頭を働かせた。

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