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10.誤算

初日からハイファンタジー日間ランキングに載ってました!

まだまだ下の方ですが、ありがとうございます!


 ドエムは冷静に自分と周囲の状況を分析し、何やら冤罪を掛けられそうになった事を察した。

 衆人環視の中で幼気な少女達の前で服を脱ぎ捨てた事は冤罪でも何でもないのだが、そうではなく、ドエムは自らが暴行の犯人だと思われていると勘違いしていた。

 暴行されるのではなく、する側だと思われるなど心外だった。また、そのような些事で女王様からのお仕置きを邪魔されるのも堪らない。

 ドエムはゆっくりと振り返り、自分に声を掛けてきた初老の男性を睨み付けた。


「――ッ」


 ドエムの怒りの眼光を受けてギルドマスターと呼ばれた男はみずからの死を幻視した。

 本能が警告するままにその場から瞬時に飛び退き、冷や汗をかく。


「ギルドマスター?」


 一緒に付いて来た受付嬢に訝しげに掛けられた声に返事をする余裕も無かった。

 ただ彼の中には「対応を誤れば終わる」という確信のみがあった。


「も、もう一度だけ聞こう……君はいったい何をしている?」


「見て分からないか?」


 女王様からのお仕置きを待っているんだよという意味で発せられた言葉だったが、もちろんそんな事はドエムにしか分からない事である。

 故に、簡潔に述べられた言葉の裏を読むべくギルドマスターは思考をフル回転させた。

 改めて状況を再確認してみれば、大男(ドエム)の前で怯えているのは素行不良の『路地裏爆走少女』のパーティーメンバーと、万年下位冒険者のジョージであった。

 大方いつもの様にジョージが少女達にイビられていたのであろうが、何故そんな両者が共に震え上がって身を寄せ合っているのか。


「すまない、見ても分からないな」


「だったらそこで見ていろ――先ほどまでと同じ様にな」


「――ッ」


 ドエムからしたら「何も分からないのに邪魔をするな」という程度の発言でしか無かったが、ギルドマスターにはそうとは伝わらなかった。


(これは……かなりキツイ返しだな)


 自分が騒ぎを起こすまでギルド全体で見てみぬフリをしていた事を指摘されたと思い込み、反論に窮してしまったのだ。


「……そういう訳には、いかないな」


 これだけの騒ぎになり、ギルドマスターの自分が介入してしまった。ここで一睨みされただけで引き下がっては以降のギルド運営に支障が出る。

 レイダル伯爵の推薦書を連れの騎士が持っていた為にギルドマスター直々に対応しようと、こうして本人の前に現れた故だったが、もっと間に人を挟むべきだったと後悔しても遅い。


「何もしていなかったのに、か……?」


 お前も女王様のお仕置きを求めるのか? 何もしていなかったのに、横から俺の愉しみを掻っ攫うのか? ドエムの胸中は怒りと「これも焦らしプレイに含まれるのではないか?」という思いで迷い揺れていた。


「そうだ、今までは何もして来なかった……だがこれからは違うと約束しよう」


「これから?」


 ドエムはコイツは何を言っているんだと思った。これから女王様に恭順するにしても俺が先だと。


「あぁ、だからもう彼女達を許してやってくれないか?」


「許す?」


「怯えているじゃないか」


 その言葉にハッとして振り返ったドエム目に、女王様に成ってくれる筈だった少女達が彼に怯えている姿が映った。

 先ほどと何も変わらない光景ではあるが、人から指摘されて改めてよく見ると段々と己の罪深さが認識できてくる。


(俺が攻めに回ったというのか――!!)


 そうなのだ、攻められるべき受けの自分が少女達を追い詰めている。

 つまりはそう――お仕置きしているのは自分の方だったのだ。

 本来お仕置きされるべきは自分だというのに! なんという誤算!


「なんて、事だ……すまない、ありがとう……自分の愚かさに気付けたよ」


「いや、そこまで言ってはいないが……」


 酷く物哀しそうな顔でドエムは自らの過ちを悔いた。

 誰だか分からない初老の男性にお礼を言い、続いて女王様だった子たちへと謝罪する。


「怖がらせてすまなかったな、私は人として失格だ」


 本当に何をしているのだ自分は……こんなの冤罪でも何でもない、自分は罪深い存在だ。

 そんな思いの込められた謝罪に、少女達は困惑して顔を見合わせる。


「ま、まぁ許してやるのニャ! 怖がってはニャーけど」


「そうか、こんな自分を許してくれるのか」


 この件を口実に叱って欲しかった、あわよくば受け攻めが逆転して欲しかった……そんな事を未練がましく思っていたドエムは、それらの密かな期待が裏切られ、更に落胆した様子で呟いた。


「なにが、どうなって……」


 状況について行けないのはアレンである。上司の命令で気に入らない人間の案内をしていたら、その人間が唐突に服を脱ぎ出してギルドマスターまで出て来る騒ぎになるのだから無理もない。

 どうやら義憤から少女達の蛮行を止めようとしての行動らしいが、彼の見た目から必要以上の恐怖を与えてしまっていたらしい……という勘違いに行き着くまでそう時間は掛からない。


「君たちもだ――『路地裏爆走少女』の諸君!」


 そんなアレンを置いてけぼりにして、事態は更に進んでいく。


「ジョージに謝りなさい」


「!」


 ドエムは衝撃に目を見開いた。まさか女王様に謝罪を命じたのかこの男はと、ギルドマスターを凝視する。


(口先だけとは思われたくはないからね、有言実行……できる限り早く誠意を見せるべきだ)


 ギルドマスターとしては、ドエムに宣言した通りもう見て見ぬふりはしないという意思表示であったし、驚いたように見詰められるのも「こんなに早く対応するとは思わなかった」という考えから来るものだろうと勘違いしていた。

 そして少女達の方もギルドマスター直々に注意をされては逆らう訳にもいかず、格下に謝罪するのは獣人としての本能、価値観が許さなかったが、渋々といった様子でジョージに謝罪していった。


「すまんかったのニャ」


「ごめんね」


「ごめんなさい」


「ゆるして」


「い、いいよ」


 加害者が謝罪し、被害者が許しを与えたところで、やっとギルドマスターはホッと安堵の息を吐いた。


「さて、解決はしたが、何も罰は無しという訳にはいかない」


 そう切り出したギルドマスターは、次々にそれぞれへと罰を言い渡した。

 騒ぎを大きくしたドエムには冒険者試験を難しくする事を、路地裏爆走少女の面々にはドエムの試験に協力する事と一週間の奉仕活動を。


「うっ、仕方がないのニャ……」


「それでは試験会場へ行こうか」

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