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水無月家の執事 in授業参観

*園田さん視点

*何もかもファンタジーだと思って細かいことは気にしないでください

*真尋様はどこへ行っても真尋様です






 二度目ましてでございます。水無月家の執事、園田充と申します。

 さて、本日も真尋様は現世に降臨なさった神様のように神々しくお美しいです。


「もう、真尋さん、朝ごはんの時に新聞を読むのは駄目っていつも言っているでしょう?」


 エプロン姿の雪乃様も相変わらずお美しいです。ですが、真尋が新聞を広げて返事をしないので少々お怒りのご様子です。後ろに回るとばさりと新聞を奪い取ってしまいました。真尋様は抗議の目を雪乃様に向けますが「めっ」と叱られれば、仕方が無いと素直に諦めました。真尋様は実に素直なお方です。


「お兄ちゃん、今日はちゃんと来てくれる?」


「雪ちゃんもだよ!」


 小学校の制服に身を包んだ真智様と真咲様が雪乃様お手製の朝食を食べながらお二人に向かって言いました。

 実は今日は、お二人が通っている私立白凛学園初等部の授業参観日なのでございます。残念ながらご両親はお仕事の都合で旦那様はドバイ、奥様はノルウェーにいますので、代わりに真尋様と雪乃様が参加される予定なのです。


「ええ、大丈夫よ。ちゃんと真尋さんと二人で行くわ」


「無論、カメラの準備もばっちりだし、理事長直々に欠席の許可を下さっているからな、問題ない」


 双子さんは、顔を見合わせた後、にぱっと鏡みたいに同じ笑顔を浮かべて嬉しそうに目玉焼きを頬張りました。本日も大変、愛らしくていらっしゃいます。こんなにも素晴らしい方々と共に食卓を囲めることは、私にとっては奇跡にも等しい幸運で御座います。執事であるにも関わらず、真尋様も雪乃様もそして、双子さんも私が食事の席に同席することを快く歓迎してくださっているのです。

 それから真尋様が朝から三杯ほどご飯をおかわりして、和やかな朝食の席は過ぎて行きました。そして登校の時間になり、双子さんを見送るために真尋様と雪乃様が玄関へと移動します。

 制服の襟を整え、お揃いの紺色のランドセルを背負い、真智様と真咲様が真尋様を見上げます。普段、真尋様の方が早く家を出ますので、大好きなお兄ちゃんに見送ってもらえるのが嬉しくて仕方がないご様子です。


「真智、真咲、あとで必ず行くから頑張れよ」


 二人の頭を撫でて真尋様がエールを送ります。


「うんっ!」


「あ、でも雪ちゃんは、具合が悪くなったら来ちゃだめだよ?」


 真咲様のお言葉に雪乃様は、くすぐったそうに笑って少し乱れた二人の髪を細い指先で直して下さいました。


「ええ、ありがとう。でも大丈夫よ、今日も元気だから真尋さんと咲ちゃんとちぃちゃんが頑張っている姿を見に行くわ」


「じゃあ待ってるね!」


「お兄ちゃん、ちゃんと来てね! 絶対だよ!」


「分かった分かった。忘れ物は無いな? よし、ならもう行け。遅刻したら困るからな」


「はーい! 行ってきます!」


 二人は揃って良い子の返事を返し、玄関から外へと出て行きます。私は双子さんの送迎も担当しておりますので、真尋様に一礼してから水無月家を後にします。


「ああ、そうだ。園田、あれの首尾は?」


 呼び止められて私は振り返り、にこりと笑います。


「勿論、整ってございます」


 私の返事が満足いくものだったのか、真尋様は「そうか」と頷くと、頼んだぞ、と告げて雪乃様と共に私を見送って下さいました。

 私は、庭先に朝方停めておいた車の運転席に乗り込みます。双子さんは、既に後部座席でじゃれあっております。子犬のようで実に愛らしく、毎朝の私の癒しでございます。


「真智様、真咲様、出発しますのでシートベルトの着用をお願いいたします」


「はーい!」


 素直なお返事に真尋様によく似ていらっしゃると感動しながら、お二人がシートベルトを嵌めたのを確認し、私はサングラスをかけ、前方後方、左右の確認をしてから車を発進させました。

 真智様と真咲様は、授業参観が兎にも角にも楽しみなようで、終始、にこにこしながら内緒話をするように今日はどうしようかと話していらっしゃいます。


「ねえ、みーくん」


「はい、真智様」


 信号が黄色から赤に変わり、私はブレーキを踏んでそっと車を停止させます。ルームミラー越しに真智様へと視線を向けます。


「ちゃんとお兄ちゃん連れて来てね」


「勿論でございます。約束の時間には必ず責任をもってお連れしますよ」


「約束だよ? 絶対だよ! あのね、お兄ちゃんが来てくれるのは久しぶりだからね、皆に自慢するの!」


「お父さんとお母さんが来られないのは残念だけどね、雪ちゃんが来てくれるの初めてだからすごく嬉しい!」


 十歳児らしい無邪気な笑顔に私も自然と笑みを浮かべます。

 流石にお二人揃ってというのは、三年前に一度きりでしたがいつもは、旦那様か奥様がどちらかお一人だけでもと授業参観には来ていたので、真尋様が出席なさるのは一年ぶり、雪乃様は初めてのことになります。ご両親のことを愛していることには違いないでしょうけれど、真智様と真咲様にとって、ご両親以上に一緒に居て無償の愛情を溢れるほどに与えてくれるのは、そして大事に守ってくれているのは他ならぬ真尋様と雪乃様なのです。旦那様と奥様には申し上げられませんが、いつもよりもずっとテンションが高く嬉しそうです。

 信号が青に変わりまして、再びアクセルを踏みます。そこからは信号に引っかかることなく学校へと到着いたしました。当家と同じように送迎の車でロータリーは毎朝のことですが、渋滞しております。

 私立白凛学園は、幼等部から大学までの一貫校です。しかし、世界に誇る学力をと謳う学園ですので、入学したからと安心していると痛い目に遭います。真尋様は、公立にも通いたいと中学校までは一路様と共に公立の中学校に通っておられました。高校もどこか別の所を考えていたようですが、真智様と真咲様に「お兄ちゃんも一緒が良い!」とお願いされたので、真尋様はあっさり進路を変更し、白凛学園を受験なさいました。一路様も有無を言わさず進路変更です。白凛学園は、日本でもトップレベルの学力を誇る学校ですが、我らが真尋様は無論、トップの成績で入学を果たしました。それから一度も試験で首席を譲ったことは無いそうです。ちなみに一路様も入学以来三年間、ずっと次席をキープしておられます。実に才能豊かな方々です。

 漸く、順番が回って来まして門の前に車を停め、私は運転席から降りて後部座席のドアを開けます。真智様と真咲様が元気よく車から降りて来ました。


「みーくん、行ってきます!」


「お兄ちゃんと雪ちゃん連れて来てね、行ってきます!」


「はい、行ってらっしゃいませ」


 ぶんぶんと手を振って、待っていてくれたお友達と一緒に歩いていきます。お二人が門を潜りましたら私は運転席に戻ります。本当でしたら校舎に入るまで見送りたいのですが、まだまだ後ろに車が並んでおりますので我慢するほかありません。私はシートベルトを締めて、水無月家へとアクセルを踏みました。









「ふふっ、何もかも小さくて可愛らしいわ」


 雪乃様が校舎の中を見回しながら楽しそうに笑います。雪乃様の右手は真尋様が差し出している腕に添えられていています。

 校舎に入ってすぐのエントランスホールで受付を済ませた後、お二人は授業参観が行われる場所へと向かいます。エントランスホールは賑やかで大勢の保護者の皆様は受付をし、それぞれの子供の教室や音楽室などの特別教室へと散っていきます。

 雪乃様は、肩と裾に朝顔の描かれた涼し気な水色の訪問着に身を包んでおられます。半襟は白、帯は鮮やかな蒼です。お着物が淡い色ですので、その蒼が全体をぐっと引き締めています。帯留めは着物の柄と同じ朝顔、帯締めは抹茶色、帯揚げははっきりとした緑です。艶やかな黒髪も綺麗に結い上げて、真珠のあしらわれたシンプルな簪が添えられています。正に大和撫子です。素晴らしいです。

 そして、そのお隣を歩かれる真尋様もまた素晴らしい出で立ちです。真尋様は、ネイビーブルーのスリーピースを完璧に着こなしておいでです。このスーツは、奥様がデザインしたもので真尋様の為だけに作られたスーツですので、真尋様のそれでなくとも溢れている魅力がいつもの数倍溢れています。ワイシャツは清潔感の溢れる白、ネクタイは細い銀のストライプが入った明るいブルーです。カフスボタンはシルバーのスクエアフレームに黒、グレー、ブルー、ミントグリーンのアーガイル柄の落ち着いたデザインで、これは先月の真尋様の十八歳の誕生日に雪乃様が贈られたものです。実にお似合いです。

 何が言いたいかと言いますと私のご主人様方が正装すると普段から溢れた魅力が天元突破しているということです。私、あまりの感動と興奮と衝撃に胸が締め付けられて、出発の時間になってお二人が現れた瞬間、水無月家の玄関で膝から崩れ落ち神に感謝し、涙しました。真尋様は何故か蔑むような目で私を見下ろししておいででしたが、そんな表情もゾクゾクするほど魅力的ですので無問題です。雪乃様は膝から崩れ落ちた私に「御病気は悪化の一途を辿っているのですね」と心配して下さいましたが、私の膝は至って健康です。(違う。膝じゃない頭の話だ。By真尋)

 そんなこんなで私は、真尋様と雪乃様と共に校舎の中を進んでいきます。え?なんで私も一緒なのか? 当たり前です。私は水無月家の執事ですから。この白凛学園は学力だけでは無く家柄の良い方々が通う学園としても有名で、分かりやすく言えばお金持ち学校ですので、ある程度の水準を満たすと執事や秘書、侍女なんかを連れている保護者の方もちらほら居るのです。真尋様は、世界でも指折りのミナヅキグループの御曹司であらせられますし、奥様である雪乃様も由緒ある家のお嬢様ですので、寧ろ、もう一人くらい使用人を連れていてもおかしくはありません。

 ですので私は、真尋様と雪乃様に恥を掻かせないように執事として気を引き締めてなければなりません。ちなみに私は、昨夜丹念にアイロンを掛けた執事服です。

 真尋様と雪乃様は、本日、五年A組の授業参観が行われる予定の体育館に向かっています。すれ違う人々が思わず見とれている姿に私は、主の素晴らしさが伝わっているようでなによりだと感動いたしました。


「ん? あれは……」


「龍己くんのお母様とお父様ですね、あちらは静流くんの」


 お二人が見つけたのは、真智様と真咲様の御学友であり、先日の七夕BBQの時にも当家に遊びに来て下さった有泉龍己(ありいずみたつき)様と小鳥遊静流(たかなししずる)様のご両親です。ご夫婦揃ってスーツ姿の有泉家は食品関係の会社を経営していて、水無月家とも古くからの付き合いがございます。ご夫婦ともお着物の小鳥遊家は、茶道の家元でこちらもまた水無月家は古くからお世話になっております。


「有泉さん、小鳥遊さん、いつもうちの弟たちがお世話になっております」


 真尋様が声を掛け、雪乃様と揃って頭を下げます。私も後ろで丁寧に一礼いたしました。

 有泉ご夫妻と小鳥遊ご夫妻も真尋様に気付いて、挨拶を交わし三家は連れだって屋内競技場へと歩いていきます。雪乃様は真尋様から離れ奥様方と旦那様の少し後ろを並んで歩かれ、真尋様は有泉様と小鳥遊様と並んで進んでいきます。私は奥様がたの後ろを小鳥遊家の爺やさんと一緒に歩いていきます。

 真尋様は何やら小難しい経済の話をされておりますが、雪乃様は奥様方と着物の柄や何やらについて楽しそうにしておられます。私も爺やさんと庭木の剪定などについて話しながら足を進めました。

 そうして辿り着いた体育館はやはり広いです。広い体育館は正面にステージ、両サイドには段々になった観客席があり、保護者は一度、そちらへと移動します。真尋様と雪乃様は、最前列の席に並んで座りました。その両隣に有泉様ご夫妻と小鳥遊様ご夫妻が座ります。私と爺やさんは、最上段の使用人席へと移動し、カメラの準備を致します。真尋様は静止画担当、私は動画担当です。

フロアには五年A組の生徒達が既にジャージに着替えて集合しておりました。五年生の学年カラーは青ですので青の半ズボンに白の半袖という出で立ちです。


「あ、お兄ちゃん! 雪ちゃんも一緒だ!」


「お兄ちゃーん! 雪ちゃん!」


 真智様と真咲様が気付いて手を振ります。真尋様と雪乃様も嬉しそうに手を振り返しておいでです。そこかしこで、自分の家族を見つけては呼ぶ声が聞こえて体育館は賑やかです。双子さんは、私にも気付いて手を振って下さいました。本当に天使です。

 そして五分も経たないうちにチャイムが鳴って授業が始まりました。体育担当の男性教師・鬼塚先生(三十三歳 独身 絵に描いたような爽やかな体育の先生)とA組の担任・花村先生(二十六歳 独身 ふわふわ系の美人な先生)が保護者に簡単な挨拶をして、授業が始まりました。

 今回の授業内容は、跳び箱のようです。子どもたちが六段、五段、四段、三段と四つの高さに設定された跳び箱の前にそれぞれ並びました。真智様と真咲様は、六段の列に並んでいます。


「この日の為に跳び箱を一生懸命、練習しましたので上手に出来たら褒めてあげてくださいね」


 花村先生ののんびりとした言葉に保護者の皆様は、頷きを返しました。


「お父さんやお母さんたちがいて緊張するかも知れないけど、リラックス、リラックス! 皆なら絶対に出来るから! よーし、まずは三段の皆から! いいかな? よし、では……」


 鬼塚先生がホイッスルを吹けば、ピ――と甲高い音が響き渡ってキュキュと靴の鳴る音がはじけます。タタタッ、トン、トン!、一人目の子は無事に成功、ぴん、と着地を決めると嬉しそうに保護者席を振り返って手を振りました。彼のお母様と思われる女性がぱちぱちと拍手を送りました。そうして鬼束先生の掛け声とホイッスルと共に次から次へと子供たちが、跳び箱を兎のように飛び越えていきます。余程、練習を頑張ったのか失敗する子は一人も居なくて私は、密かにほっとしました。ちょっと危うい子も居ましたが、何とか無事に成功して満面の笑みを浮かべていました。

 そうして漸く、真咲様の番になりました。最後から二番目です。トリを務めるのは、真智様のようです。私はカメラの照準を真咲様に合わせます。

 ピ――と笛が鳴り、真咲様が駆け出しました。ロイター板を踏み、軽やかに跳ねあがった真咲様はどういう訳か跳び箱の上で綺麗な逆立ちのようなポーズを決め、スタンと美しい着地を決めました。俗に言う、前方倒立回転飛び、という体操の技の一種です。突然、何の前触れもなくそんなものを決めたので、会場は呆気に取られています。鬼束先生と花村先生も驚きを隠せていません。私は感動を隠せません。


「お兄ちゃーん、雪ちゃーん、出来たよ!」


 真咲様が嬉しそうにぴょんぴょん跳ねます。


「ああ、教えた通り良く出来てるぞ」


「咲ちゃん、凄いわ」


 真尋様が手を振り返し、雪乃様は拍手を送りました。どうやら先週末、兄弟三人で体操教室に遊びに出かけたのは跳び箱の練習をしていたのだと気づきました。あの時、双子さんが「ひみつー」と言って教えて下さらなかったのです。


「鬼塚先生! 早く! 笛吹いてー!」


 真智様が固まる鬼束先生に催促をすると、鬼塚先生ははっと我に返ってホイッスルを構えました。私も改めてカメラを構えます。

 ピ――と最後の笛が鳴り、真智様が軽やかに駆け出し、思いっきりロイター板を踏み込み、飛び跳ねました。真咲様と同じ技を決めるのかと思いきや、真咲様は前方倒立回転に宙返り一回転ほど加えて、見事に着地しました。重力を感じさせない素晴らしい演技です。鬼塚先生は開いた口が塞がらない様でした。


「上手に出来たー!」


 真智様が興奮した様子で真尋様を振り返ります。


「凄く綺麗なフォームだったぞ!」


「流石よ、ちぃちゃん」


 真尋様と雪乃様の返事に真智様は、むふんと胸を張ると意気揚々とクラスメートの元へと戻ります。一番に真咲様が真智様を褒めると堰を切ったように凄い凄いと歓声が上がりました。双子さんはその輪の中心で照れくさそうにしております。

 真智様も真咲様も真尋様によく似て運動、勉学共に優秀です。ですが、僅かな差ですが真智様は運動の方が得意で、真咲様は勉学の方が得意なのです。


「真智君も真咲君も凄かったけど……誰に教わったの? 先生、びっくりしちゃった」


 花村先生が二人に声を掛けます。


「お兄ちゃんに教えて貰ったの! 先生びっくりさせようと思って!」


「お兄ちゃんは、もっとすごいの! 大人用のもっと高い跳び箱飛べるし、跳び箱の上でくるくるってして、ひねりも入れるよ!」


 次に体操教室に行かれるようなことが有れば、必ずカメラ持参の上、同行させて頂こうと私は心に決めました。私も真尋様が華麗に宙を舞う姿をこの目と記録に焼き付けたいのでございます。


「真智君も真咲君も素晴らしい運動神経をしているんだね」


「そうですね、特に真智の方が運動は得意ですね。真咲も良い物をもっていますが、語学の方に興味があるみたいです」


 真尋様が有泉様の褒め言葉に心なしか無表情を綻ばせて嬉しそうに返事をします。雪乃様も小鳥遊家の奥様に褒められて満更でも無いご様子です。

 次は、ドッチボールの試合のようです。真智様と真咲様はチームが別れましたがお二人とも素晴らしいご活躍で最終的にはお二人が残り、緊迫した試合の結果、真智様が勝利されました。やはり運動においては真智様の方が少しばかり有利なようです。


「少し時間が余ってしまいましたね……何かしたいことがある人ー!」


 鬼塚先生が腕時計に目を落とし、子どもたちに問いかけます。恐らく、真智様と真咲様の活躍でドッチボールの試合が予想以上に早く終わってしまったからでしょう。


「はーい!」


 元気よく手を挙げたのは真智様です。鬼塚先生に「真智君」と指名されると真智様は、ぴょんと立ち上がります。


「お兄ちゃんの格好いいところが見たいです!」


「あ、僕も!」


 隣に居た真咲様が賛同を示します。私も心の中で大賛成の声を上げました。


「ええっと、お兄さんの格好良いところ?……二人のお兄さんは座っているだけでも格好いいと先生は思うよ。お兄さんは何を食べてあんなに格好良く育ったの?」


 鬼塚先生は実に好感が持てる先生の様です。鬼塚先生のぽろっと零れた質問に真咲様が「愛妻の手料理だよー」無邪気に答えます。花村先生は、まあまあ、とどことなく楽しそうです。雪乃様は、あらと少し気恥ずかしそうにしていらっしゃいます。


「あ、先生、良いこと思いつきましたー!」


 花村先生が朗らかな笑顔と共に手を挙げます。鬼塚先生が「花村先生!」と指名します。


「まだまだ時間が有るので、見に来てくれた家族と一緒に遊びましょう。体育館の中なら自由ですし、特別にボールやフラフープも使っていいですよ。疲れちゃったなぁ、お父さん腰が痛いなぁなんて場合は、仲良くお喋りをして跳び箱が上手に出来ていたか聞いてみるのもいいですよ」


 花村先生の提案に子供たちは、大賛成の声を挙げました。

 子供たちが一斉にこちらに駆け寄って来て家族を呼びます。真尋様も立ち上がり、ジャケットを脱いで雪乃様に預けるとフロアの方へと降りて行きます。静流くんはあまり運動が好きでは無いので、お父様とお母様の間に座って褒めてもらう時間を選んだようです。逆に龍己君はお父様の手を引いて、母さんもと言いながらフロアに降りて行きます。奥様が、はいはい、と笑いながら後に続きました。私は真尋様の席が空いたので、雪乃様の隣へと向かいます。


「雪乃様、大丈夫ですか?」


「ええ。いつもより調子が良いくらいです」


「それは良かったです」


 雪乃様の笑顔に私も笑顔を返して隣に座り、カメラを構えます。

 真智様と真咲様はバスケットボールを持って来て、真尋様に渡します。どうやらバスケがしたいようです。バスケのゴールの仕方を教えて欲しいのか、ご兄弟でゴールポストの方へ移動して練習を始めました。真尋様が華麗にシュートを決めれば、双子さんは無邪気に拍手を贈ります。いつの間にか有泉様と龍己くんも加わってちょっとした試合をしながら遊んでいます。有泉の奥様は夫と子に応援を送っています。


「ふふっ、ちぃちゃんも咲ちゃんも楽しそうだわ。それに真尋さんが生き生きしていて素敵ねぇ」


 雪乃様の言葉に私は深く頷きます。傍から見たら無表情ですが、分かる人には分かるのです。真尋様が今、全力で楽しんでいらっしゃるのが私にはひしひしと伝わってくるのです。

 体育館の中は賑やかな声で溢れ返っています。バトミントンをしたり、フラフープをしたり、ボール遊びをしたり、マットを引っ張って来て、側転を両親に見せている子も居ます。


「ねえ、友幸さん、あの方、少し様子が変じゃなくて?」


 最初にそれに気づいたのは、小鳥遊の奥様でした。友幸様――夫の着物の袖を引き、体育館の入り口を指差しました。私と雪乃様もそちらに顔を向けました。

 体育館の入り口に、男が一人立って居ます。この場に、というかこの白凛学園の父兄にはそぐわないヨレヨレのスーツに身を包んだ男は剣呑な目つきで遊ぶ子供たちを追って居ます。白髪交じりの頭にやつれた頬、年齢は五十より上に見えますが実際の年齢はもしかしたらもう少し若いのかも知れません。

 子供たちが次第に気付き始めて、不安そうに保護者の影に隠れ、保護者の皆さんも距離を取り始めます。真尋様もいち早く気付いて、真智様と真咲様はこちらへと走ってきます。有泉親子も有泉様が龍己君を抱き締める奥様を庇う様に下がります。


「雪ちゃん!」


 二人が不安そうに駆け寄って来て、雪乃様に抱き着きました。雪乃様は二人を抱き留め、不安そうに見守ります。


「すみません、ここは五年A組の授業参観の最中なのですが、お名前を頂戴してもよろしいですか?」


 鬼塚先生が警戒しながらも丁寧に声を掛けました。真尋様は、何故かバスケットボールを手に男に近付いていきます。今や体育館はしんと静まり返っています。


「…………だ?」


「すみません、もう一度……」


 あまりに小さな声で告げられたそれが聞き取れず、鬼塚先生が聞き返した瞬間、男は鬼のような表情を浮かべた顔を勢い良く上げました。


「植村の野郎はどこだって聞いてんだ!!」


 そんな不躾な怒鳴り声を響かせると同時に男は、隠し持っていたナイフを取り出し、鬼塚先生に向かって振りかぶりました。しかし、それと同時に真尋様がバスケットボールを思いっきりぶん投げました。見事な軌道を描いだボールは男の顔面に直撃しました。男はそのまま仰向けにひっくり返ります。


「ナイフを拾え!!」


 真尋様の鋭い声にはっと我に返った鬼塚先生が男が倒れた時に手から離れたナイフを慌てて拾い上げて、男から距離を取りました。男もナイフに手を伸ばして居ましたが、鬼塚先生に取られてしまったので慌てて起き上がりました。そのまま寝ている方が幸せだったと思うのですが、愚かにも起き上がった男はあろうことか真尋様に殴りかかったのです。


「この若造が!! 舐めた真似しやがって!!」


「若造という点は否定しないが、舐めてんのは貴様だ」


 真尋様は淡々と告げると殴りかかって来た男の腕を掴んで、そのまま見本のような、いえ、国宝のような美しい一本背負いを流れるように決めました。ダーンと良い音が響き渡り、真尋様はそのまま容赦なく男の腕を捻り上げて、ネクタイであっという間に拘束してしまいました。男が何やら喚こうとしていたので真尋様はそちらへもハンカチで猿轡を噛ませて流れるように黙らせました。今やふがふが喚く男の声しか聞こえません。


「弱い奴ほど良く吼えるな」


 真尋様は男の背中を踏みつけて呆れたように言いました。


「園田!」


「はい! 録画はばっちりです!! 真尋様の雄姿、この園田、ばっちりと押さえて御座います!」


 私は右手に構えたカメラを左手で指差して頷き返しました。


「馬鹿か! そうじゃない!! 五十嵐殿に連絡しろ!!」


「あ、そちらでしたか! ただいま!」


 私は慌ててスマホを取り出して、五十嵐様に電話を掛けます。その間に鬼塚先生は職員室に走り、花村先生は保護者と子供たちに観客席の方に戻るように声を掛けます。有泉親子もすぐにこちらに戻ってきました。

 呼び出し音が途切れ、通話に変わり、渋い男性の声が耳元で響きます。私は挨拶をした後、用件をお伝えいたしました。分かった、すぐに手配するというお返事と共に通話は途切れます。


「真智!真咲! お前らの兄さん、やっぱり格好いいな!」


 龍己様が開口一番、そう叫ぶと真智様と真咲様は「でしょー!」と胸を張って返しました。静流さまが「お兄様、強いんだねぇ」と感心すれば二人は真尋様がどれほど武芸に優れているかを一生懸命伝えます。

 良くも悪くも名家が揃う白凛学園です。子どもたちは妙に度胸が有るのか、真尋様があまりにあっさり倒したからか、或は、安心できる家族が一緒だからか泣いたり、不安がったりする様子は見られません。


「真尋さん、やっぱり素敵ね。格好良かったわ」


 雪乃様もうっとりしておいでです。


「園田!」


「はい!」


 真尋様に呼ばれて私は、カメラをしまって真尋様の元に駆け寄ります。

 ん、と出された手に私は懐からウェットティッシュを取り出して、真尋様の手を丁寧に拭きます。


「……違う。タブレットだ」


「分かっております。ですが、こんな汚物で真尋様の手を汚したままでは執事の名が廃ります」


 私は正義のために汚物に触らざるを得なかった真尋様の手を右も左も綺麗に拭きます。真尋様は、呆れたようにため息を零しましたが、何を言う気も失せたのか私の好きなようにさせて下さいました。


「水無月様!」


 バタバタと複数の足音が聞こえて鬼塚先生を先頭に制服の警官が二人、そして、ひょりろと細い教頭先生と校長と思われるでっぷりと肥ったおじさんが一人やって来て、真尋様の前にずらりと並びました。

 警官が二人、真尋様に敬礼します。


「○×交番勤務、墨田義男巡査であります!」


「同じく、鳴沢啓介巡査であります!」


「五十嵐警視総監から話は行っていると思うが、子どもたちを怖がらせたくはない。内密に処理してくれ」


「はっ!」


 二名の警官はガチガチに緊張しながらも真尋様の足の下にいた男を立ち上がらせると引きずるようにして連行していきました。


「榎田校長」


「は、はいっ!」


 名前を呼ばれた校長先生がびしっと背筋を正して硬直します。

 真尋様は、此の世の奇跡とも言えるほど美しい顔をしていらっしゃいますので、それに睨まれると大抵の人間はこうなります。それに真尋様は何故か昔から人を従えるオーラを持っていて、気付くと皆さま真尋様を上に見て、頭を下げるのです。

 それにこの学園の校長なら、水無月家には頭が上がらない筈です。


「この後、PTA総会後、臨時の理事会を開く」


 真尋様は私が差し出したタブレットを受け取り、長い指で画面の上をなぞります。


「その腹に蓄えた脂肪と同じだけ人には言えないものを蓄えたんだろう? 覚悟しておくんだな。俺は伯母上に頼まれて、可愛い弟たちの日々の成果を見るついでに狸の駆除に来たんだ」


 真尋様が、うっすらとその唇に笑みを湛えました。ゾクゾクするほどお美しく神々しいです。私、胸が締め付けられる思いです。

 一方、校長先生は今や顔色が土気色です。いつの間に現れたのか、黒ずくめのスーツ姿のSPが校長の両脇を掴んでどこかに連行していきます。逃げないように理事会まで見張るつもりなのでしょう。


「宮村教頭」


「はいっ」


「なんだこの様は」


 真尋様のいうこの様は、というのは先ほどの侵入者のことだと思われます。

 私は真尋様が放るように差し出したタブレットを受け取り、懐にしまいます。


「も、申し訳ありません!」


「セキュリティ対策を抜本的に見直す。理事会までに資料と言い訳でも揃えて置け」


「は、はいぃぃぃ……っ」


 教頭先生は、ますます細くなって消えそうになりながら逃げるように去っていきました。

 真尋様は、やれやれと言った様子でため息を零しました。


「伯母上も素直に公欠を認めてくれるかと思えばこれだ」


 真尋様がぼやかれます。

 真尋様のお父様の姉に当たる伯母上様はこの白凛学園の最高理事です。というか、白凛学園を経営しているのは水無月一族ですので、校長先生も教頭先生も水無月本家の子息である真尋様に睨まれては、蛇に睨まれた蛙のように縮こまるほかありませんでしょう。

 先日「私の可愛い甥っ子たちが通う初等部の校長が糞だから片付けて来て(意訳)」という命が下り、真尋様がため息を零されたのは記憶に新しいです。


「真尋さん、お怪我は?」


 保護者席に戻れば、雪乃様が心配そうに尋ねます。真尋様は、ふわりと優しい微笑みを落として「大丈夫だ」と雪乃様の頬をさらっと撫でました。雪乃様がほっとしたように表情を緩めれば、我慢していた双子さんが真尋様に飛びつきます。


「お兄ちゃん、すごく格好良かった!」


「えいやってすごかったよ!」


 真尋様は、表情を緩めて二人の頭を順に撫でました。

 私は、真尋様がご家族に向けるこの優しい表情が大好きです。無表情がほろりと溶けるように緩む様は、真尋様の安寧がここにあるのを如実に物語り、私はより一層、執事としてそれを護ることに尽力せねばと決意を新たにするのです。

 それから真尋様は、大勢の方々に声を掛けられ、双子さんはその横で自慢げに胸を張り、雪乃様はおっとりと微笑んでおられましたが、時間になりましたので、私は双子さんと雪乃様と共に先に帰宅いたしました。

 別れ際、真尋様が「一路を呼べ」と不敵に笑っていらっしゃいましたので、徹底的にやるつもりなのだな、と私はそっと校長先生方に手を合わせました





後日、白凛学園初等部の校長先生が東南アジアの辺境にある白凛学園の支援校へと転任になったと双子さんから教えて頂きました。














オマケ


「分かりますか! 一路様! このっ、このっ、流れる様な一本背負い、見て下さい! このしなやかな曲線と無駄のない足さばき!」


 私は、遊びにいらっしゃった一路様に先日の授業参観での真尋様の雄姿を見せて、僭越ながら解説をさせて頂いております。一路様は何故か遠い目をして御覧になっておりますが、もしかしたら眩しすぎるのかも知れません。真尋様の雄姿は、それほどまでに輝いておられるのですから仕方がないのです。

 余談ですが、この犯人の男は至って普通に逮捕されました。植村という方が経営していた会社に勤めていたのですがセクハラ騒ぎと上司の嫁との不倫で馘になったのを逆恨みし、植村の御子息をどうにかしようと乗り込んで来たのだそうです。


「園田、お前、一日に何度、その映像を見る気だ?」


 雪乃様と一緒にソファに並んで座り、コーヒーを飲む真尋様が呆れたようにおっしゃいました。


「何度でも! ああ、ご安心ください! 旦那様にも奥様にもきちんとBlu-rayに焼き付けてお送りしましたので!」


「……送ったのか」


「はい!」


 元気よく頷いた私に真尋様は、はぁぁとため息を零されました。きっと照れておられるのでしょう。真尋様は、おくゆかしい方です。


「来るたびに僕に見せてくれなくても良いんだけどなぁ」


 一路様が何事かぼやきながら砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを飲みます。


「でも、何度見ても真尋さんは素敵よ。バスケをしているシーンも凄く素敵なの。流石は私の旦那様だわ」


 雪乃様の言葉に真尋様は「そうか」と心なしか声を弾ませて、彼女の肩を抱き、流れるようにキスをします。一路様は見て見ぬふりです。私は仲の良い主人夫婦を崇拝しているので、にこにこと見守ります。


「そういえば、マスコミが一つも騒がなかったよね? 学園に不法侵入者が出て、校長が横領と裏口入学の斡旋で辞任したのに」


 一路様が、クッキーを齧りながら首を傾げました。

 雪乃様とイチャイチャしていた真尋様が顔を上げます。


「……マスコミが水無月に逆らう訳ないだろう?」


「やっぱり……でも、校長はどうしたの?」


「日本の刑法など高が知れている。余罪が色々あったので、東南アジアの学校に赴任してもらった。栄転だ栄転、何せ理事長としての赴任だからな」


「うわー、えげつなっ。だって、それって前に真尋くんとこの伯母さまから聞いたよ? 学校は学校でも凶悪犯の更生施設だって」


 一路様が愛らしい顔を顰めて言いました。真尋様は長い足を組み替えて、雪乃様の肩を抱き、優雅にコーヒーを飲んでおられます。

 私は、巻き戻しボタンを押して真尋様の雄姿をリピートします。その施設の前任の理事長は、凶悪犯たちの喧嘩に巻き込まれてボコボコになって再起不能になったというのは黙っておきます。


「……ダイエットをしたいか、と聞いたら、したいと答えたから俺は慈悲を掛けてやったまでだが?」


 艶やかともいえる笑みを零した真尋様に一路様は、琥珀色の瞳に苦笑を浮かべて肩を竦めました。雪乃様は、まあ、優しいのねと朗らかに笑っておられます。


「……君だけは敵に回したくないよ、世界がひっくり返ってもね」


 一路様の呟きを耳に私はもう一度、巻き戻しボタンを押しました。





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ここまで読んで下さってありがとうございました!


本編に頭を使い過ぎて、頭を何も使わない話が書きたくなった結果がこれです。

前回、お気づきの方も居たかと思いますが園田さんの趣味は「真尋様と時代劇観賞」ですが、一緒に観るのではなく別個です。趣味が「真尋様」のちょっと残念な執事なのです。


本編を暫く書き溜めたいので、更新が遅くなりますが息抜きにこちらを書けたらなと思っていますのでお付き合いいただけると幸いです。


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