尾行作戦
「連中、嬉しそうに帰っていくぞ。こっちの意図には気付いてないようだ」
草藪に身を潜め、ナヴィラ族の戦士がささやく。
その視線の先には、戦利品の荷物を抱えて歩み去るガデル族の小部隊の姿があった。
草藪には、彼らと軽く小競り合いを済ませて撤退したナヴィラ族の戦士たちと、フェリス、アリシア、ジャネット、ミランダ隊長が隠れている。
ジャネットが元気に立ち上がる。
「じゃあ、尾行開始ですわね! フェリス、わたくしの後ろにしっかりついてきて、そして絶対に大声を出しちゃダメですわよ!!」
「は、はいっ!」
うなずくフェリス。
「ジャネットが一番大声を出しているのだけれど……」
先行きが不安になるアリシア。
フェリスたちとナヴィラ族の戦士たちは、敵との距離を保ってガデル族の追跡を始めた。
深い山の中でガデル族を見失わないようにするのは大変だったが、山を知り尽くしているナヴィラの戦士たちは決してガデルの痕跡を逃さない。足跡や、草木につけられた擦り傷、風のにおいまで利用して、尾行を続ける。
やがて、ガデル族の部隊は岩地を降り、谷底へとたどり着いた。
しばらく谷を進むと立ち止まり、周囲を念入りに見回す。
フェリスたちは岩陰に隠れて息を潜める。
「どうしたんでしょう……きょろきょろして。おなかすいたんでしょうか……」
アリシアは小さく笑った。
「別に食べ物を探しているわけじゃないと思うわ。お腹が空いているのはフェリスよね?」
「はい! おなかすきました!」
くーっとお腹を鳴らすフェリス。
「大変ですわ! フェリスになにか食べさせないと! ものすごく奇遇なんですけれど、ここにわたくしの手作りクッキーがありますわ! ちょっと休憩してランチにいたしましょう!」
ジャネットは嬉々として荷袋からクッキーを取り出そうとする。
「そんなことをしている場合じゃないわ。ほら、見て」
アリシアはガデル族の部隊を指差した。
彼らが行軍を再開する。谷をしばらく進むと……その姿が消滅した。まるで、空間の狭間に消えてしまったかのように忽然と。
「いなくなっちゃいました!」
驚くフェリス。
ミランダ隊長が表情を引き締める。
「隠蔽用の魔法結界ですね。一瞬現れた魔法陣の型式からして、隣国の軍部で使われているものとは違います……探求者たちが協力しているというのは事実のようです」
ガデル族の戦士が眉間に皺を刻む。
「魔法結界、ということは……ここが奴らの巣ってわけか」
「どうされるんですか?」
「直ちに結界内部へ侵入。見張りに気付かれないよう中心部まで潜入し、長を叩く。もし気付かれた場合は、迅速に殲滅する」
「せ、せんめつ……」
フェリスは震える。
それは、人間同士の戦い。魔物や獣を狩るのとはわけが違う。
怖い。怖くて、仕方ない。
「そのあいだ、お前たちは好きに仲間を捜索するがいい。しかし、お前たちの身を守る余裕まではない。分かったな」
「は、はい!」
けれど、大切なアリシアの父親の命がかかっているのだ。
怖くても、逃げるわけにはいかない。
フェリスは手の平をぎゅっと握り締めた。