戦火の匂い
「ほらよ。ジャネットに手紙だ」
「ついに来ましたわーっ!!!!」
寮母さんから封筒を渡され、ジャネットは跳び上がって大喜びした。
「良かったわね、ジャネット。楽しみで楽しみで毎晩眠れなくて、睡眠不足だったんでしょう」
とアリシア。
「そ、そんな楽しみにはしていませんわ! ちゃんと眠れていますわ!」
なんて抗弁しつつ、ジャネットの目の下にはしっかりとクマができてしまっている。
「いつの間にお返事を書いたの? ずいぶん内容に悩んでいたみたいだけど……」
アリシアが尋ねると、フェリスは小首を傾げた。
「ふえ……? わたし、まだお手紙は書きかけですよ? ジャネットさんから便せん五百枚のお手紙をもらったので、お返事も五百枚書かなきゃいけないと思って……今、二百二十五枚目です!」
「律儀ね……」
「そ、そこまでしなくていいですわ! フェリスの小っちゃな手が壊れちゃいますわ!」
慌てて言っておくジャネット。自分が大量の手紙を送りつけたせいで大好きなフェリスがへとへとになってしまったら元も子もない。
「でも……、フェリスからじゃないとしたら、誰からなのですかしら……?」
ジャネットは受け取った封筒の送り主を確かめる。
「マルゴット・ラインツリッヒ……? 確かこれってジャネットの……」
「お母様からですわ! お母様からお手紙をいただいたのは五年ぶりですわ!」
「わー! よかったですー!」
フェリスは自分のことのように喜んで手紙を覗き込む。
が、身長が足りないので頑張って背伸びしても届かない。
ジャネットはすぐにそれに気付き、しゃがんでフェリスに高さを合わせた。
「急に手紙を送ってくるなんて、なにが書いてあるのかしら……?」
「えっと……読んでみますわね。『ジャネットへ。グスタフが倒れました。死にそうなのですぐ戻りなさい。マルゴット』……お父様が!?」
「た、大変ですーっ!!」
少女たちは肝を潰した。
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王都プロスペロにある、ジャネットの屋敷。
自室の豪奢なベッドに横たわったグスタフは、愛娘の見舞いを受けて苦虫を潰したような顔をしていた。
「まったく……大げさにしおって。ワシがそう簡単に死ぬものか!」
「結構お元気そうでなによりですわ……」
ジャネットはほっと胸を撫で下ろす。
対して、母のマルゴットは鼻で笑った。
「もう死ぬ死ぬってうるさかったじゃないの。娘に会えないまま最後を迎えるのは嫌だー、嫌だーって騒いでいたくせに」
「そ、そんなはずがあるか!」
もごもごと口ごもる魔術師団長グスタフ。浅黒い肌が赤みを帯びている。
「とりあえず、娘の顔を見られたから、これで安心して死ねるでしょう。あまりはしゃぐと体に障るから、一人にしておきましょう」
「ワシははしゃいではおらん!」
「はいはい」
マルゴットはジャネットたちを連れて寝室を出た。
「ふええ…………」
初めて見たジャネットの母に、フェリスは目を丸くして注目している。ジャネットによく似た、美しい顔立ち。ジャネットよりもっと大人っぽくて、切れ長の瞳に艶やかな色香が漂っている。
「お父様、大丈夫なんですわよね……?」
ジャネットが心配そうに尋ねると、マルゴットは肩をすくめた。
「やせ我慢しているけど、本当のところは案外重傷なのよ。国境地帯の紛争を解決するために出ていたんだけど、現地の部族同士の戦闘に巻き込まれてね」
「そうなんですのね……」
唇をきつく結ぶジャネット。
アリシアが口元に指を添えて首を傾ぐ。
「……また、なにか戦争が起きるのかしら。私の小さな頃は、ずいぶん酷かったみたいだけれど……」
そんなアリシアをマルゴットが見やり、目を細くした。
「アリシア・グーデンベルト……あなたがラインツリッヒの屋敷を訪れるなんて、時代も変わったものねえ」
「……はい」
「ま、私はラインツリッヒへ嫁に来ただけだから、両家の確執なんてどうでもいいんだけど。グスタフが友達付き合いを認めるなんて驚きだわ。なにせ、グスタフは昔、あなたのお母様を……」
「えっ?」
ジャネットは目を丸くするが、マルゴットは咳払いしてごまかす。
「いいえ、昔のことはいいのよ」
「なんですの!? 気になりますわ! 教えてくださいまし!」
ジャネットが袖を引っ張ると、マルゴットはそれを振り払う。
「うるさいわね、馬鹿娘。近くでキンキン騒がないで頂戴。子供なんて面倒だから顔も見たくないんだけど、グスタフがどうしても会いたいと言うから手紙で呼び出してやったのよ。もう用済みよ」
「ごめんなさい……」
すぐさま頭を垂れるジャネット。
「そ、そんな言い方ってないと思います! ジャネットさんはすっごく心配してたんですよ!」
フェリスは訴えるが、マルゴットは意にも介さない。
「でも、グスタフが寂しがるかもしれないから、しばらくは屋敷に滞在なさい。朝夕は冷え込むから、風邪を引かないようしっかり着込むのよ、馬鹿だって風邪は引くんだから。それと、明日は二人でお買い物に行きましょう、ちょっと着ているものが見るに堪えないから。久しぶりのお買い物だけど、はしゃぎすぎるのはよしなさいよ。じゃあまた後でね、夜には絵本を読んであげるわ。どうせあなたはまだまだ精神年齢が低いでしょうからね」
などと一方的に告げると、廊下を去っていった。スキップ気味に。
ジャネットは暗い顔でしょげかえる。
「あいかわらず、お母様は冷たいですわ……。きっとわたくしのことがお嫌いなのですわ……」
「そ、それは……どうなんでしょうか……?」
「むしろ好きすぎる感じがするわね。ジャネットより重症ね」
呆れるアリシアだった。