合同作戦
異空間の奥の奥、幾百もの階段を降り詰めた先に、その淀みはあった。
何面体とも分からぬ暗黒のダイヤモンド――巨大な殻が、フロアのすべてを埋め尽くしている。面の一つ一つは研ぎ澄まされてきらめき、内部から濃密な闇が染み出している。
ミランダ隊長がフェリスに尋ねた。
「黒雨の魔女の魔力は、ここから全体に広がっているんですね?」
「は、はい……多分……」
フェリスはうなずく。
グスタフが魔術師団の兵士たちを見回した。
「では、合図と共に八方から総攻撃を仕掛ける。良いな?」
「本当に……それでいいんでしょうか……?」
フェリスは不安を覚えた。
「いいかとは、どういうことだ」
「あ、あのっ……他にも方法はあると思うんです。もいっかい、黒雨の魔女さんと話し合ったりとか!」
「それができたら、過去に魔導大戦など起きておらん。王都を呑まれた以上、もはや黒雨の魔女を破壊するしか王族と民を救う手立てはないのだ」
「でもっ……」
「さあ、始めるぞ。唱えよ!」
グスタフ団長が杖を振り上げると、魔術師たちが杖を構え、言霊の詠唱を開始する。無数の魔法陣が暗黒の巨大殻の周囲に展開され、砲撃の準備を整える。
そのとき、周囲に激震が走った。
地面ではない、空間自体に走る激震。
「きゃあっ!?」
「なんなのです!?」
「吹き飛ばされちゃいますーっ!」
「フェリスは放しませんわーっ!」
少女たちはお互いにしがみつき合って体を支える。
魔術師団が硬直する目前で、暗黒の殻が花開いた。
鋭く尖った花弁を軋らせ、内部をさらけ出していく。
瘴気の熱波、暗闇の濃霧があふれ、秘められた住民が眼を拓く。
「……来たのか。すくみ上がって隠れていればよかろうに、あえて災厄を呼び起こすとは愚かな」
殻の奥から、疲れたようにつぶやくのは、黒雨の魔女。
その全身から、瘴気の触手が噴き出す。
触手はうなりを上げて膨張しながら、魔術師たち、そして少女たちを突き刺そうと襲いかかってくる。
「やめてくださあああいっ!!」
フェリスが手を突き出すと、大きな魔法結界が魔術師と少女たちを覆った。見た目は薄くとも頑強無比な障壁が、触手をことごとくせき止める。
「やっぱり……すごい……」
ミランダ隊長が感嘆した。他の魔術師たちも、十歳の少女が行使した魔術の威力に驚愕している。
「厄介な……。またそなたか!!」
黒雨の魔女がフェリスをにらみ据えた。
鋭い視線にフェリスはびくっとしながらも、頑張って黒雨の魔女に呼びかける。
「お願いします! 王都の人たちを逃がしてあげてください! 王都をみんなに返してください! みんなから大切なものを取らないでください!」
「なにを言う……先に奪ったのは……そなたらではないか……」
「え………………」
目を見開くフェリスをよそに、グスタフ団長が号令を怒鳴る。
「今だ! フェリスが防御しているあいだに、攻撃を叩き込め!」
「だ、だめっ……」
フェリスが止めるも間に合わない。
いや、訓練された兵士が、緊急時に上官の命令を無視することなどあり得ない。
魔術師たちの杖から、一気に魔術が放出された。
炎の叫喚、氷柱の嵐が、黒雨の魔女に襲いかかる。
「ぐうっ……!!」
胸に氷柱が食い込み、黒雨の魔女はよろめいた。
その美しくも艶やかな唇から、たらたらと鮮血が滴る。
「効いて……る……?」
ミランダ隊長は、伝説の存在に自分たちの魔術が通用していることに驚く。
だが。
「これ以上……奪われてなるものかあッ!!」
黒雨の魔女の双眸が、凶暴にぎらついた。
その髪が、ドレスが、瘴気が、漆黒に燃えながら触手を伸ばす。
一筋一筋に魔法陣が形作られ、融合して膨張し、大爆発を起こす。
フェリスの魔法結界に亀裂が走り、砕け散った。
瞬時に新たな結界が発生するものの、全体を守るには足りない。
魔術師たちが吹き飛ばされ、異空間の階段が消し飛び、轟々と瘴気の嵐が荒れ狂う。
「ちょ、ちょっとーーーー!? 手がつけられませんわよー!?」
転げ落ちそうになるフェリスを必死に抱えながら、ジャネットが悲鳴を漏らす。
嵐の中で、ゆっくりと黒雨の魔女が浮き上がる。
その瞳に映っているのは、深い、深い絶望。
「もう、よいわ。すべて……消えてしまえ」
黒雨の魔女はささやいた。