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魔法学校

「嬢ちゃん、ありがとな! このパンも土産に持っていきな!」


「少ないけどお小遣いだ! メシでも食ってくれ!」


「うっうっ、フェリスちゃんと離れるなんて寂しいねえ……また会えるといいねぇ」


 魔法学校のある街トレイユに到着したフェリスは、相客たちに惜しまれながら乗合馬車を後にした。


 両手には相客たちからもらったお土産をたくさん抱えているせいで、前も見えず、よろめいている。


 女剣士はしばらくトレイユに滞在するらしく、宿を探すと言って去っていった。


「ふぁ……なんか、嵐みたいだったです……」


 相客たちに撫でられまくった頭をくしゃくしゃにさせて、フェリスは吐息をつく。


 最初はみんなから怖い目で見られていたのに、魔術を使った途端に優しくしてもらえるなんて、魔術ってすごいんだなぁと思ったりもする。

 だからもっと魔術が上手くなりたいし、学校でしっかり勉強したいと感じた。


「みんな、容赦なかったわね」


 アリシアが笑いながらフェリスの髪を整えてくれる。

 その手に触れられていると、フェリスは相客たちから撫でられていたときよりも安心した気持ちになった。


「よし、可愛くなったわ。学校に行きましょ!」


 アリシアはフェリスを連れて歩き出す。


 魔法学校は、トレイユの街の大通りを真っ直ぐ進み、商店街からしばらく歩いたところだった。


 チョコレート色の塀で囲まれた、白亜の建物の数々。


 赤煉瓦の屋根に、美しい尖塔。


 地面は緑に覆われていて、あちこちにベンチが置かれている。


 広々とした敷地を行き交っているのは、魔法学校の制服に身を包んだ子供たちだ。


 五歳くらいの小さな男の子と女の子が、きゃーきゃーいいながら駆け回っている。


 アリシアと同じくらいの年格好の女の子たちが、笑いながらそぞろ歩いている。


 ちょっとお姉さん風の少女が、済ました顔でベンチに腰掛けて本を読んでいる。


 ありとあらゆるところに子供がいて、空間そのものがエネルギーに満ちていて。


 こんなにたくさんの子供を見たことがなかったフェリスは、胸がドキドキするのを感じた。


 思わず、一緒に歩いているアリシアの上着を、ぎゅっと握る。


「……緊張してる?」


 アリシアが気遣わしげに尋ねてくる。


「は、はい……」


 小さくうなずくフェリス。


「これから、校長先生に挨拶に行こうと思うんだけど、大丈夫? 疲れてない? フェリスのことを紹介しておかないといけないのよね」


「大丈夫ですけど……こうちょうせんせいって、誰ですか?」


「うーんとね、この学校で一番偉い人よ」


「怖い人……ですか?」


「怖くはないわ。とっても強いけど、気のいいおじいちゃんよ」


「……分かりました。挨拶、頑張ります!」


 ゲンコツを固めるフェリス。


「別に頑張らなくてもいいんだけど……ただの挨拶よ?」


「分かってます。『おはようございます、親方!』って元気に挨拶します!」


「親方ではないからね! 間違えないでね!?」


 アリシアは慌てて注意した。


 この王立の魔法学校は閉鎖性が強く、そこで学んだことは門外不出とされる。それは『魔法学校で見聞きしたこと』についても同様である。

 ロバートがイレギュラーなフェリスの受け入れ先として魔法学校を選んだは至極当然だった。


 なにより、フェリスは物を知らなさすぎる。世間を生き抜く知恵を身に着ける必要がある。能力に振り回されない立派な魔術師に成長するには、人に揉まれながらあらゆることを学ばなければならない。


 父親からそう聞かされていたアリシアだが、大勢の生徒がごった返す魔法学校においてフェリスをしっかりと世話できるだろうかと考えると、身の引き締まる思いがした。


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 大きな本棚や、重厚な机が並んだ校長室。


 壁には不思議な草や毛皮がたくさん飾られていて、床と天井には紋様が描かれている。


 その部屋でフェリスとアリシアを迎えた校長は、長いローブを着て、頭にとんがり帽子を被った老人だった。


 床に届きそうなほどの長い白ヒゲをしごきながら、しげしげとフェリスを眺める。


「ふむ……これがロバートの手紙にあった少女か……。なるほど、ただものならぬ気配を感じるわい」


 アリシアは首を傾げる。


「そうですか……? 外からは普通の女の子にしか見えないんですが。本当は違いますけど」


「それはアリシア、踏んできた場数の問題じゃよ。これだけ大勢の生徒を見ておるとな、その生徒の度量や将来はだいたい分かるようになる」


「私の将来も、ですか……」


「うむ。だいたい分かっておった。しかし……この少女と出会ったことで、お主の将来も大きく変わるやもしれんな……」


 言って、校長はフェリスに問いかける。


「ところで、フェリス。お主はなぜさっきからワシのヒゲを穴が開くほど見つめておるのかね?」


 咎められたような気がして、フェリスは手をぶんぶん振る。


「あっ、ごっ、ごめんなさいっ! こんなに長いオヒゲを見たのは初めてだったので、すごいなあって思って!」


「ほう。お主もこういうヒゲが欲しいのかね?」


「はい! そのくらい長いオヒゲが欲しいです! とっても格好いいです!」


「頑張って伸ばしてみるがいい。なんなら毛生え魔術も教えてしんぜよう」


「ありがとうございます! 頑張ってオヒゲ伸ばします!」


「やめなさい!!」


 目を輝かせるフェリスを、アリシアが大急ぎで止めた。


「だめですか……?」


「ダメよ! 女の子はヒゲなんて要らないの!」


 アリシアが主張すると、校長は首を振る。


「いいや、アリシア。それは先入観というものじゃ。若者の無限の可能性を奪ってしまうのは、九十五歳のすることではないぞ」


「私は十二歳です! どうして校長先生まで私を九十五歳って言うんですか!」


 アリシアは抗議するが、校長はさらりとかわす。


「まあ、それはさておき。フェリスにやらねばならんものがある」


「え……わたしにですか?」


 なんだろうとフェリスは思った。


 校長が小さな棒きれを軽く振る。


 すると、廊下とは反対側の扉が開き、木の箱が空中に飛び出してきた。


「ひゃ!?」


 誰も触れていないのに勝手に動く扉や箱に、フェリスは仰天する。


 木の箱はフェリスの前に着地するや、ひとりでに蓋を開いた。


 その中から、すぽぽぽぽんっと、何冊もの本や棒きれが出てくる。


「これがフェリスへのプレゼントじゃ!」


「プレゼント!! なんに使うものか知りませんがありがとうございます!! すっごく嬉しいです!!」


 フェリスは小躍りした。なぜいきなり贈呈されたのかも不明だが、とにもかくにもプレゼントという響きが素敵だった。


「いや、勉強に使うんじゃがの。ほれ、教本一式と、杖じゃ」


「きょう、ほん……?」


 フェリスはぎこちない手つきで本をめくってみた。白いページ、あんまり白くないページ、ぜんぜん白くないページ。


「いっぱい小さな模様が書いてある紙ですね……?」


「模様……?」「模様……?」


 校長とアリシアは揃って怪訝そうな顔をする。


 なにかおかしなことを言ったようだと気付くフェリスだが、さりとてなにがおかしかったのかも分からない。


「こっちの棒きれは、なんですか……?」


「それは杖じゃよ。魔術師は杖なしでは魔術が使えんからな」


「そうなんですね! 知りませんでした!」


 フェリスはニコニコしながら杖を抱き締めた。そんな素晴らしい道具をもらえたなんて、今日はラッキーな日だと思った。


「あれ……そういえば、そうよね……? じゃあなんでフェリスは……」


 アリシアは唇に指を添えて呟く。


「二人とも疲れておるじゃろう。今日はゆっくり寮で休んで、明日の始業式に備えなさい」


 優しげな校長に見送られ、フェリスとアリシアは部屋を出た。


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「ここが魔法学校の女子寮よ。基本的に、授業期間中はみんなここで生活するの。長期休暇だと帰省していいんだけど、寮に残る子も多いわ」


「ほおおおおお……」


 フェリスはアリシアに案内されて、女子寮の廊下を歩いた。


 落ち着いた雰囲気の内装。


 壁には絵が飾られていて、窓には可愛らしいカーテンがかけられている。


 ところどころに置いてあるテーブルでは、女の子たちがおしゃべりをしたり、真剣な表情で紙切れを渡し合ったりしている。何枚もの紙切れを握り締めているが、あれはなにをしているのかフェリスには分からない。


 廊下沿いにはドアがいくつも並んでいた。


 そのうちの一つにアリシアが入り、絨毯の上に荷物を降ろす。


 女の子らしいインテリアの部屋だった。


 そう広くはないが、ベッドが二つ置かれ、テーブルや椅子も二つずつ配置されている。

 しゃれたデザインの本棚やクローゼットもある。


「ここがフェリスの部屋よ。コップとか、鏡とかは、あとで商店街に買いに行きましょうね」


「あ、あの……」


 フェリスはもじもじと指をいじった。


「なぁに?」


「アリシアさんは……どこのお部屋なんですか……?」


 あんまり遠いと心細いなぁと思うフェリスである。

 ここまで大勢の女の子たちがいるところは初めてだし、うまくみんなに溶け込んでいけるか自信がない。

 そもそも、子供という存在さえ、あまり慣れたものではないのだから。


 アリシアがくすっと笑った。


「もちろん、フェリスと一緒よ。だって、フェリスから目を離したら、どこに飛んでいっちゃうか分からないもの」


「と、飛んではいきませんよぅ! 羽ないですし!」


「ホントかしら? ここに羽を隠してるんじゃないの?」


「ひゃっ、やっ、くすぐったいですアリシアさんっ!」


 アリシアに背中を触られ、笑いながら首を縮めるフェリス。同じ部屋で寝起きできると分かって、心の底から安堵していた。


 アリシアがいてくれれば、なにも心配することはない。

 慣れない学校生活も、きっと頑張っていけると思った。


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 夜。


 照明の落とされた自室のベッドで、フェリスは目をぱちっと開いた。


 眠れない。全然眠くない。


 さっきから毛布を被ってじっとしているが、少しも睡魔が襲ってくる気配がない。


 明日からの学校生活はどうなるだろう、どんなことを教えてもらえるのだろう、どんな人と友達になれるのだろう……と考えると、楽しみで仕方ないのだ。


 もうじっとしていられなくて、いっそ踊り出してしまいたいくらいの気持ちだった。


 フェリスはベッドからぴょんっと跳び出す。


「……フェリス? どうしたの?」


 隣のベッドから、アリシアが身を起こす。


「あ! ごめんなさい……起こしちゃって!」


「ううん、私もまだ寝てなかったから」


「良かったです……」


「ちゃんと眠らなくちゃ、明日が大変よ?」


「それは分かってるんですけど……眠れなくて! わくわくするんです!」


 フェリスはその場でぴょんぴょんジャンプした。


 寮の中を走り回ってきたかったが、それはいくらなんでも迷惑な気がした。


 そんなフェリスを、アリシアが笑って眺める。


「困ったわね……」


「困りました!」


「うーん……じゃ、一緒に寝ましょうか。そうしたら、少しは落ち着くかもしれないわ」


「いいんですか?」


「もちろん」


 アリシアは毛布を軽く持ち上げて、フェリスを招いた。


 フェリスは毛布の中に転がり込み、アリシアと身を寄せ合って横たわる。


 甘い匂い。


 やわらかくて、すべすべした感触。


 アリシアとくっついていると、フェリスは不思議と胸の奥が安らいでいくのを感じた。


「……ホントはね。私も、ちょっと緊張して眠れなかったの。フェリスも同じで、ちょうど良かったわ」


 いたずらっぽく目配せするアリシアに微笑み返しながら、フェリスはまぶたを閉じた。

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