ふしぎな門
書籍版の三巻が11月30日にヒーロー文庫様から出版されます!
大幅に改稿しておりますので、どうぞよろしくお願いいたします!
https://herobunko.com/books/hero45/7552/
バステナ王国、王都プロスペロ。
……が、あったはずの平原。
今やそこには、ただひたすら真っ平らな地面が広がっているばかりだった。草一つ、小石の一つも残っておらず、圧倒的な違和感と存在感の虚無。
「ふあ……ホントに王都が行方不明になってます……」
校長に引率されてきたフェリス、そしてアリシア、ジャネット、ロゼッタ姫、ロッテ先生は、馬車を降りて呆然と立ち尽くしていた。
「これからどうするんですか? どうやって王都を見つけるんですか?」
フェリスは校長を見上げる。
「どうしようかのう。困ったもんじゃの」
のほほんと答える校長。
ロッテ先生が眉を寄せる。
「……校長先生? まさか、ノープランだなんてことは……」
「ノープランじゃ! ふぉっふぉっふぉっ!」
「まったく……相変わらず呑気なんですから……」
校長に呆れるロッテ先生。
「とりあえず、魔力の痕跡を調べるとするかの。これだけ大がかりなことをやらかしたのじゃ、必ずや手がかりは残る」
校長はローブの懐から、小箱を取り出した。地面に放り投げると、小箱が膨らんでトランクになり、中が開いて魔導具が飛び出してくる。筒のようなモノ、グラスのようなモノ、台のようなモノが勝手に宙を浮遊し、組み合わさって大きな観測器械を形作る。器械のあちこちにはチューブが通っており、赤い液体が泡を立てて満ちていた。中央には矢印のついた球体が据えられ、表面に格子模様が刻まれている。
「これは……?」
目を見張るロゼッタ姫。
「ダウジング・グリッド、周辺の魔力を感知して詳細なマップを作り出す魔導具じゃ。趣味の日曜大工でこしらえておったんじゃが、こんなときに役立つとはの。趣味は大事じゃの」
「趣味で造れるようなものなのでしょうか……?」
「暇つぶしともいう。さてさて、ちゃんと動くかのう」
校長が杖をダウジング・グリッドの球体に触れさせると、魔導具のチューブを赤い液体が行き巡り始める。
その脈動に促されるようにして、球体の表面に赤い粒子が浮かび上がり、地形を描いていく。
「……ふむ、ふむ」
「なにか分かったんですの?」
ジャネットが尋ねた。
「王都は消えてはおらんな。しかとここにある」
「どこにも見当たりませんが……幻惑魔術でも使われているんでしょうか?」
アリシアが周囲を見回す。
「いや、違う。ここにはあるが、ここにない。隠蔽されてはおらぬが、誰の目にも映ることはない」
謎かけのように校長はつぶやき、杖の先を空中にさまよわせる。
「そ、それってどうゆう……」
フェリスが言いかけたときだった。
辺りに巨大な稲光が走り、大地から闇が噴き出したのは。
「なにか来るよ!? みんな下がって!」
ロッテ先生はすぐさま杖を構えて叫んだ。
フェリスたちを取り囲む闇の中に、紅蓮の光がいくつも灯った。
うなり声と共に、闇から無数の狼が飛び出してくる。いや、それは狼ではない。狼と獅子、人の顔を繋ぎ合わせて獣にしたような、おぞましい異形。
「魔法生物テンペルギス……!」
アリシアが硬直した声を漏らす。
テンペルギスの軍団は咆哮を響かせ、凶暴な牙のあいだから紫の唾液を吐き散らしながら、大地を引き裂いて突進してくる。
少女たちは悲鳴を上げて身を寄せ合った。ロゼッタ王女に被害が及ばないよう、王女を中心にして杖を構える。
すると、しわがれてはいるが朗々とした声が鳴り渡った。
「永劫の銅、不朽の銀、崇高の金よ……我が盾となりて、矮小なる敵を打ち砕け!」
校長の杖から、何十もの魔法陣が広がった。魔法陣のそれぞれが実体化して盾となり、高熱と閃光を放って、テンペルギスの軍団に叩きつける。
「ゴギャアアアアアアアア!?!?!?」
爆音、轟風、耳を貫くような阿鼻叫喚。テンペルギスの軍団が一瞬で消滅する。
吹き荒れる嵐と砂埃に、少女たちは必死にお互いを支え合う。
「さ、さすが……悪魔殺しのミルディンですね……」
あまりもの威力に、ロッテ先生は顔を青ざめさせていた。
「ふう……年甲斐もなく大きな魔術を使うもんじゃないの。腰が痛いわい」
校長はやれやれと自分の腰を叩く。
辺りを取り囲んでいる闇が渦巻き、新たなテンペルギスの軍団が生み出される。
「まだやるのか。お主らも元気じゃのう」
校長は杖を構え直した。
「私も手伝います!」
ロッテ先生が言玉の詠唱を始める。
と、少女たちの耳に声が響いた。
『向こうに門がある! お主らは門の先に隠れておるのじゃ!』
「は、はい!」「先に避難しておきますわー!」
フェリスたち少女は、背後にいつの間にか見えるようになっていた門に飛び込んだ。
校長とロッテ先生は協力してテンペルギスの軍団を殲滅する。包囲の闇が引き始め、大地に吸い込まれるようにして消える。
「……む? フェリスたちはどこに行ったのじゃ?」
「あれ……? さっきまで、そこにいたはずなのに……」
顔を見合わせる校長とロッテ先生。
そこに門などは存在しない。
いや……、少女たちに門が見えていたということすら、校長とロッテ先生は気付いていない。
茫漠と広がる平原の真ん中で、二人は唖然としていた。