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内緒のお姫様

 次の授業の時間。


 ミドルクラスAの教室には、フェリスの姿がなかった。


 数秘術の先生は教室に入ってくるなり、眉をひそめる。


「おや……? 一人足りないようだが……フェリスはどこだ?」


 机で体を硬くする、アリシアとジャネット。


「ど、どうしますの、アリシア……?」


「困ったわね……殿下のことを言うわけにはいかないし……」


 などとささやき合う。


 アリシアは手を挙げて先生に呼びかける。


「先生。それより、この前の授業で教わったカルマナンバーの計算方法について詳しく教えていただきたいんですが」


「ほう、そうかそうか。お前たちは本当に勉強熱心だな。まず、カルマナンバーの定義について復習しておこう。そもそも魂の転換点というのは……」


 数秘術の先生は嬉々として語り始め、アリシアとジャネットは胸を撫で下ろした。


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 一方、当のフェリス本人はというと。


「なるほど……これが魔法学校……なんだか中まで玩具の学校みたいで可愛らしいですね」


「は、はい……」


 興味津々のロゼッタ姫を連れ、校舎の廊下でびくびくしていた。


「どうしたのですか、フェリス。顔色が悪いですが」


「わ、わたし、悪い子になっちゃいました……授業中に廊下を歩くなんて……あぅぅ……」


 真面目である。授業中は教室で大人しくしているもの、とアリシアやロッテ先生から教わってからというもの、それを素直に信じ切っているフェリスである。


 逆にまったく真面目ではない――というか我が道を行くがモットーのロゼッタ姫は、くすっと微笑む。


「大丈夫ですよ。フェリスは賓客を案内するという大役を果たしているのです。それは普通に授業を受けるより重要なお仕事なのですから」


「そうなんですね! 良かったですー」


 こっちもやはり素直に受け入れるフェリスである。


――この子、放っておいたら悪人に簡単に騙されてしまうのではないでしょうか……? 最強の力が悪用される可能性も……?


 ロゼッタ姫はちょっと心配になる。


「……ロゼッタさん?」


「……なんでもありません。ちゃんとわたくしのそばにいてくださいね」


「はいっ」


 にこっと笑いつつもよく分かっていないフェリスである。


 ロゼッタ姫はますます心配になる。これはロゼッタ姫だけではなく、アリシアやジャネットなど、フェリスの周りにいるすべての人間に共通する悩みなのだが。とにかくフェリスは危なっかしいのだ。


 二人が廊下を歩いていると、向こうから校長がやって来た。ロゼッタ姫はフードを深く被り直し、フェリスの後に隠れるようにしてやり過ごそうとする。


 だが。


「……む? 見慣れない子じゃのう」


 そう簡単にはいかない。校長はぴたりと足を止めてロゼッタ姫を見る。


 素直なフェリスはかたかたと震え始める。


「うちの学校の制服でもないし……魔力をあまり感じられぬし……お主は誰かの?」


「あ、あのっ、あのっ……ふわわわわわ……」


 ごまかすのは至って下手なフェリス。


「もしや……侵入者かの!?」


「ち、違います! え、えとっ、わたしのお友達ですっ!」


「ほう。それは素晴らしいことじゃの。お友達は大事にするべきじゃ」


「は、はい……」


「で、誰かの? 一応、名前と顔くらいは把握しておかんとの」


「そ、それはちょっと無理でっ……」


「無理か」


「はいいい……」


 フェリスはぷるぷる震えながら校長を見上げた。もはやごまかしにすらなっていない対応に、ロゼッタ姫はこれまでかと諦める。


 しかし。


「無理なら仕方ないの」


「ええ!? それで良いのですか!?」


 拍子抜けするような校長の返事に、ロゼッタ姫は思わず声を上げてしまった。


「お主から悪意は感じられぬし、瘴気の気配もせぬからの。じゃが、お主の声……なにやら聞き覚えが……」


「あっ……」


 ロゼッタ姫は慌てて口を押さえると、フェリスと共にその場から逃げ出す。


「こらこら、廊下は走っちゃ駄目じゃぞー」


「すみませーんっ!」


 フェリスは速度を下げ、決して走らず、とはいえ大急ぎで、校長から離れた。


 このままでは心臓に悪すぎると思い、校舎から校庭へ出て、ロゼッタ姫を連れて寮の方へ向かう。


「あれれ? フェリスちゃん、なにしてるの? 早退き?」


 通りがかりのロッテ先生から声をかけられるが、


「は、はい、早退きですーっ!」


 猛ダッシュで走り去る。


 ようやく寮の自分の部屋に帰り着くと、床にへたり込んで息をついた。


「はあ……はあ……こ、ここが、アリシアさんとわたしのお部屋です……ここなら安心です……」


「わあ……素敵なお部屋ですね。今日からわたくしもここで暮らすのですね」


「ふええ!? そうなんですかあっ!?」


「駄目でしょうか?」


「だ、駄目じゃないですけど……だいじょぶでしょうか……」


「隠れて猫を飼っていると思えばよいのですよ」


「ロゼッタさんはにゃーじゃないですよー!」


 なんてフェリスとロゼッタ姫が話していると。


 ばっと扉が開き、部屋にロッテ先生が飛び込んできた!

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