内緒話
石造りの建物が所狭しと並ぶ住宅街に、フェリスたちはやって来た。
ミランダ隊長が扉の一つに近づき、そっと皆を招き入れる。
「こっちです。人に見られないよう、急いで入ってください」
魔術師団の本部で宝物庫の話などをして、他の魔術師に聞かれたら大変だ。ミランダ隊長の自宅なら安全だろうとの判断だったが。
「わー! おじゃましまーす!」
「どうして出迎えのメイドがいないんですの?」
「こぢんまりとして素敵なお部屋ね」
フェリスとジャネットとアリシアは、賑やかに中を見回しながらミランダ隊長の部屋に入った。
「し、静かに……静かにお願いしますっ」
ミランダ隊長は気が気でない。
魔術師団の本部よりはマシとはいえ、いくつもの部屋が密集している建物で騒いでいたら近所の注意を引いてしまう。魔術師団長の娘や前魔術師団長の娘を部屋に連れ込んでいるのを見られるのは、あまり穏やかなことではない。
一人住まいのコンパクトな室内に三人の少女とミランダ隊長が収まり、一息ついてから、ようやく話ができる状態になった。
ミランダ隊長は咳払いする。
「それで……宝物庫の件ですが。禁書や聖遺物など、我が国に災いをもたらす危険性がある宝物は、王宮西側にある騎士団本部の敷地内の宝物庫に収められています」
アリシアが首を傾げた。
「どうして魔術師団の敷地じゃないのかしら? 禁書は騎士団が取り扱うようなものではないと思うのだけれど」
「だからこそ、ですよ。騎士団は魔術師の探求心を恐れているのです。ひょっとしたら、禁書をわざわざ宝物庫から取り出して研究しようとする魔術師がいるかもしれない、とね」
「なるほど……」
「要するに政治的なバランスです。ただ、今回の件については、魔術師団から騎士団に申し入れをして、共同で宝物庫の監視を行っています」
「魔術師団も私たちと同じことを考えていたということ……? 黒雨の魔女を待ち伏せしようと?」
「待ち伏せとまではいきませんが、念のための警戒です。魔術師団の上層部の決定だったのですが……まさかアリシア様たちも同じ結論に達していたとは。さすがはロバート閣下のお嬢様です」
ミランダ隊長は感嘆した。
「アリシアさん、すごいですっ!」
フェリスはアリシアを尊敬の眼差しで見上げる。
「わ、わたくしだって! 時間さえあれば同じことを思いついていたはずですわ! きっとそうですわ!」
ジャネットは焦る。
ミランダ隊長は頬を緩めた。
「魔術師団長はあちこちからいろいろと言われている方ですが……、ジャネット様はたいそうお可愛らしいのですね」
「な、なにをっ……あ、あんまりバカにしないでくださいませんこと?」
「バカにはしていません、褒め言葉です」
「うう……」
ジャネットは赤くなって引き下がった。
ミランダ隊長は話を続ける。
「そういうわけで、宝物庫の方は心配要りません。我が国が誇る魔術師団と騎士団がしっかり監視しておきますので、皆さんが気にする必要はないんです。どうか、やんちゃはせず王都観光だけして帰ってく……」
「だめですっ!」
フェリスが声を上げた。
げんこつをぎゅっと握り締め、びくびくしながらも訴える。
「わ、わたし、頑張ろうって決心して王都に来たんです! そのためにアリシアさんにもジャネットさんにも無理を言って、迷惑をかけて……」
「め、迷惑なんかじゃありませんわ!」
「そうよ、フェリス。私たちはあなたの応援をするのが大好きなんだから」
「私たちってなんですの!?」
「ジャネットも同じ気持ちでしょう?」
「そ、そうですけれど……」
優しい友人たちに挟まれて、フェリスは勇気を奮い起こす。ミランダ隊長に向かい、懸命に訴える。
「だから、黒雨の魔女さんを捕まえるまで帰りたくないです! まだ、頑張りたいです!」
「フェリス……」
ミランダ隊長はまじまじとフェリスを眺め、それからため息をついた。
「もちろん、フェリスが手伝ってくれれば百人力です。ただ、まだ小さな子供にあまりにも頼り切るのはよくないと思ったんです。フェリスにとっても、この国にとっても」
「この国にとって……?」
フェリスはきょとんとする。
「ですが、フェリスがそこまで言うのなら、私も協力します。ただし、条件があります」
「なんですの?」
「皆さんだけでうろうろして、騎士団や魔術師団に目をつけられたら大変です。宝物庫の近くで張り込むなら、私も同行させてください。……フェリスの力のこと、私も間近でもっと調べたいですし、ね?」
一言付け加えたときのミランダ隊長の目は、きらりと輝いていて。少女たちを穏やかに帰そうとしていたときの、大人の顔ではなかった。