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おかいもの

「ふあああ……こんなにたくさん、お洋服が……」


 アリシアに連れられて訪れた洋服店で、フェリスは感嘆の声を上げた。


 両手をペンギンのように伸ばして呆然と突っ立ち、目をぱちくりさせる。


 フリルやレースのふんだんにあしらわれたドレス。

 薄雲のようなオーガンジー。

 色とりどりのワンピース。

 ふんわりと膨らんだパニエ。


 名前も知らない、見たこともない綺麗な洋服の数々が並んでいて、フェリスはうっとりしてしまった。

 なにせ、魔石鉱山の親方たちといったら、年がら年中、汚い作業着を着ていただけだったし、フェリスの服はそれに輪をかけて汚かったのだ。


「ね、すごいでしょ! このお店、王都の洋服屋さんと同じくらい品揃えがいいのよ! 次から次へと可愛い服が出て、もうお小遣いが足りなくて困っちゃうの!」


 アリシアはうきうきと語った。

 その姿はまさに十二歳の年齢相応で、フェリスはアリシアのことを九十五歳なんて言ってすまなかったなあと反省せざるを得なかった。


 店の奥の方から、美しく着飾った大人の女性がやって来る。


「あら、アリシアちゃん。今日はお友達と一緒?」


 女性にアリシアは会釈する。


「こんにちは。ええ、友達と一緒よ。今日はこの子の洋服を買いに来たの」


「友達……って、誰ですか? わたしに見えない友達がいるんですか?」


 フェリスは怖くなってしまい、辺りを見回した。


 アリシアが笑みをこぼす。


「もう、なんでよ。フェリスに決まってるでしょ!」


「え、わわわわたしですか!? わたしが、アリシアさんの友達!?」


 フェリスはびっくりした。


「迷惑……かしら。私に、友達だって思われたら……」


 心細そうな顔をするアリシア。


 寄る辺のない意外な姿に、フェリスは慌ててフォローする。


「いえいえ、そんなことないですっ! 嬉しいです! すっごく!」


「ありがとうっ!」


 アリシアはフェリスにぎゅっと抱きついてきた。


「ひあっ!?」


 やわらかい感触。

 爽やかな体温。

 鼻腔をくすぐる花の香り。


 人に抱き締められたことがなかったフェリスは、なにかというと抱き締めてくるアリシアに困る。

 心地良くて、幸せで、困る。

 なんだか、胸が詰まって、瞳からこぼれ落ちそうになるのだ。


「さ、フェリス! 好きなお洋服を、好きなだけ選んで! お父様から許可はもらってるから!」


 アリシアはフェリスの手を引いて、服のいっぱい並んでいる棚の前に連れて行った。

 だが、これだけたくさん種類があると、フェリスは目移りしてしまう。全部が可愛すぎて、どれかを選ぶなんて無理だと思った。


「え、えっと……どうしたらいいか分からないですけど……」


 途方に暮れて、アリシアの顔を見上げる。


 すると、アリシアの目がきらりと光った。


「じゃあ、フェリスに着せてみたいコーディネートがあるんだけど、試してもいい? とっても可愛くなると思うから! ね! ね! いいかしら?」


「は、はい、だいじょうぶ、です」


 アリシアの勢いにたじろぎながら、フェリスはうなずいた。


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「ふああああ……」


 アリシアに着せられた衣装で鏡の前に立ち、フェリスは身を震わせた。

 この店に入ってからため息ばかり吐いている気がするが、それも仕方ない。こういうのは刺激が強すぎるのだ、きっと。


 アリシアが選んでくれた洋服は、途方もなく可愛かった。


 純白で女の子らしいブラウス。

 クリーム色のふわふわなベスト。

 青空のように爽快なジャケット。

 胸元にはリボンが結ばれていて、アクセントになっている。


 ちょっと短いかなと思うスカートは、フリルがたくさんついていて華やか。

 ソックスにはキュートなウサギがあしらわれ、足下をぴかぴかの革靴が締めている。


 アリシアが簡単に整えてくれた髪で、愛くるしい洋服に身を包んだフェリスは……まるで街を歩いている女の子たちのようだった。

 アリシアの美しさには比べるべくもないけれど……それでも、フェリスにはこれが自分だとは思えない。


 店の女主人が目を丸くする。


「へえ……これは素晴らしいわね」


「フェリス、とっても可愛いわ! 最高よ!」


 胸の前に手を組んで声を弾ませるアリシア。


「か、かわいくなんて、ないですけど……」


「ううんっ、可愛い! フェリスは可愛いの! 世界で一番可愛い女の子だわ!」


「や、やめてくださいいい……」


 フェリスはほっぺたが熱くて仕方なかった。そんなことを言われると、どこかに穴でも掘って隠れたくなる。採掘だけは得意なのだ。


「それじゃ、店長さん。このお洋服も買わせていただくわ。お会計をお願いしてもいいかしら?」


「いつもありがとう。全部で20万クインになるわ」


 そう答える店長の腕には、既に大量の洋服が山となって重なっていた。


 フェリスは財布から、黄金色の円盤を取り出し、数えながらカウンターに置いていく。


 見慣れない物体にフェリスは首を傾げた。


「あの……そのきらきらしたの、なんですか……?」


「これ? 金貨よ? 見たことない?」


 アリシアが尋ねた。


「きんかって?」


「一番価値のあるお金のことよ」


「おかねって、なんですか……?」


「そこから!?」


 びっくりした様子のアリシア。


 びっくりさせて申し訳ないなあと思うフェリス。


 店長もぽかんと口を開けている。


 アリシアは口元に指を添え、懸命に思案した。


「えっとね……なんと説明したらいいかしら……。その、人が働いたら、そのご褒美にもらえるものって言ったらいいかしら……?」


「ご褒美はパンですよ?」


「え、ええ、フェリスはそうだったのね。でも普通は、お金をもらうの。そして、お金を他の人に渡せば、その人が持ってる品物をもらったり、代わりに働いてもらうことができるの」


「おかねってすごいですね!」


 フェリスは目を丸くした。まるで魔術みたいだと思った。


「ということは……金貨は、たくさんたくさん働いたらもらえるもの、なんですか?」


「そうね」


「じゃ、じゃあ、おかいもの、してもらうわけにはいかないです! わたしっ、そんなたくさん働いてませんしっ、ごはんもいっぱい食べさせてもらいましたしっ!」


 フェリスは急に申し訳ない気持ちになった。


 綺麗な洋服を見て浮かれていたが、考えてみれば、対価なしでこんな美しい品物が手に入るわけがないのだ。

 つまり、すべてはグーデンベルト家の厚意ということで。そこまで甘えてはいけない気がする。


 だが、アリシアはフェリスの手を取り、優しく言った。


「フェリス、お願い。私は、あなたにこんなことよりもっともっと大きなことをしてもらったのよ。もし、私があのまま男たちに誘拐されていたら、私の人生は真っ暗だったんだから」


「で、でも……」


「あなたは私の恩人なの。どれだけ私があなたに感謝しているか、どれだけ恩返しをしたいと願っているか、分かって。ね、フェリス」


「は、はい……」


 碧い瞳にじっと見つめられ、フェリスはぎこちなくうなずく。


 胸の奥がくすぐったくて、じんわりと熱くて……どうしたらいいのか分からなかった。ここまで誰かに大切にされたことなんて、今まで一度もなかったのだ。


 この優しさに触れていると自分が溶けてしまいそうで、フェリスは小さな胸を震わせていた。


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 グーデンベルト家の屋敷の前に、馬車が停まっている。


 御者が大荷物を馬車に積み終え、御者台に座った。隣には護衛として腕利きの女剣士が腰掛けている。


 アリシアとフェリスは冷たい朝の空気に身をすくめながら、馬車のかたわらでロバートと向かい合っていた。


 今日はいよいよ、二人が魔法学校のある街へと旅立つ日。その街までは、馬車で一週間の旅になる。


 外套を着込んだ娘を見下ろし、ロバートは挨拶する。


「それでは、アリシア。いろいろと気を付けるのだぞ」


「ええ、任せて」


 微笑むアリシア。妻に似てしっかり者の娘である。


 フェリスがぺこりとお辞儀する。


「ありがとうございました、ロバートさん。本当にお世話になりました」


「ああ、行ってこい。休みのときは、アリシアと一緒に帰ってきなさい」


「はい!」


 アリシアとフェリスが馬車に乗り込んだ。


 御者が鞭を鳴らすや、馬は軽やかに走り出す。


 娘と娘の恩人を乗せた馬車が遠ざかっていくのを見送りながら、ロバートは眉間に皺を寄せていた。


 フェリスに出会ってから、彼女のいた魔石鉱山というものがどこにあるのか調べてみたのだが、女の子が徒歩で移動できる範囲には存在しなかった。

 魔石が大量に出回っているという情報も聞いていない。しかし、フェリスは嘘を吐くような子供ではないはずだ。

 つまり、魔石鉱山とその採掘物は、巧妙に隠されているということだ。


 そして、アリシアの誘拐未遂事件。

 あの事件の黒幕も、結局分かっていない。衛兵長の話によれば、最近、魔術師候補生が誘拐される事件が増えているのだという。


 どちらも、魔術が絡んでいる。


 きっと、誰かが……なにかをしようとしている。


 なにかが起こっている予感がする。


 だが、ロバートにはいったいなにが起きようとしているのか、皆目見当がつかなかった。


「二人とも……本当に気を付けてくれ」


 ロバートは空を見上げながら、娘とフェリスの安全を祈った。

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