魔女の目的
結局、初日の調査は昼寝に終わり、情報が手に入ったのは数日後のことだった。
その本は、図書館の一角にある秘密の書庫で見つかった。
題名は――漆黒の悲劇。
黒雨の魔女が歴史の表舞台に突如として現れ、災厄を引き起こし、討伐されるまでの経緯が、王国軍の一騎士の視点から描かれていた。
「この……、黒雨の魔女がずっと持っていたという魔導具が気になるわね……」
アリシアは本のページを眺めてつぶやいた。
「どしてですか?」
首を傾げるフェリス。
アリシアのお膝に抱っこされ、最高に快適な心地を味わっている。安らかすぎて今すぐにでも眠れそうだが、初日の二の舞になっては困るので我慢している。
「ぐぬぬ……」
その隣で歯噛みしているのはジャネットである。自分のお膝にフェリスを抱っこしてあげたいが、そんなことを言い出す勇気はなく、恨めしげな視線でアリシアを睨むしかない。
もちろんアリシアはその視線に気づいているが、
――悔しがるジャネットも可愛いわ。
なんて思って素知らぬふりをしていた。
浴びせられる怨念には構わず、フェリスに説明する。
「この魔導具が原因で黒雨の魔女が暴走し、黒雨の魔女もその魔導具に強い執念を抱いていた……って書いてあるでしょう。つまり、今も黒雨の魔女はその魔導具を欲しがってるんじゃないかしら? 恐らく……もっとひどい災厄を巻き起こすために」
「あ、確かにそうです! アリシアさん、頭いいです!」
「フェリスほどじゃないわ。実力テストで満点を取ったお利口さん?」
「あ、あれは、まぐれですけど……」
「まぐれで満点が取れたら苦労はしないわ」
アリシアは苦笑した。
自分がどれだけ頑張ってトップクラスの成績を維持しているのか、天才のフェリスには分からないのだろう。
「魔導具は……王都の宝物庫に封印されたみたいですわね」
ジャネットは本の内容に目を注ぐ。
アリシアがうなずいた。
「ええ。宝物庫といってもあちこちあるし、もうとっくに移動しているかもしれないけれど……調べてみる価値はあるんじゃないかしら」
「ちょうどそろそろお休みがありますし、行ってみてもいいですわね。宿はわたくしの屋敷を使えばいいですわ。ね、フェリス! 是非是非そうなさいまし! 素敵なベッドがありますの! ふわふわで、天蓋がついていて、お姫様が寝るようなベッドですわ! フェリスにぴったりですわ!」
ジャネットは全力で推した。
だが、フェリスは。
「で、でも、王都って、王様がいるんですよね……?」
なぜか怯えていた。
「……? それは、王都ですから、もちろんいますわ」
「女王様も、お姫様も、他の王族の人たちもいるわね」
怪訝そうなジャネットとアリシア。
「え、偉い人ばっかりじゃないですか……。もし、失礼なことをして怒らせちゃったら……」
「牢屋に入れられますわね。下手をしたら処刑ですかしら」
「こ、こここここここ怖いんですけどっ!」
フェリスは縮み上がった。
「王都は広いんだから、そうそう王族の人たちに出会ったりはしないわ」
「そ、そうでしょうか……しょ、しょけい、されたくないんですけど……」
「大丈夫、いざとなったら王族よりフェリスの方が強いですわ!」
「そんなことないんですけどっ!」
かたかたと震えるフェリス。
ジャネットとアリシアは困ったように顔を見合わせた。
「あんまり怖いなら、無理しなくてもいいわ。ちょっと宝庫の前で待ち伏せすれば、黒雨の魔女を捕まえられるんじゃないかと思っただけだから」
「ええ、元々これは魔術師団の仕事ですもの。フェリスが無理する必要はありませんわ」
優しい言葉に、フェリスは……首を振った。
「だ、だめです……。怖いけど、行かなきゃです。またロッテ先生みたいになる人が出てきたら大変ですから。黒雨の魔女さんに、メッて言わなきゃいけませんから……」
げんこつを握り締め、勇気を奮い起こす。
「わたし、頑張ります! 王族の人たちに怒られないよう、すみっこでおとなしくしておきます!」
「王族よりも黒雨の魔女の方が危ないんだけど……」
「さすがはフェリスですわ……」
よく分からない宣言に、アリシアもジャネットも困惑するばかりだった。
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「えっ、外出許可? もちろん構わないけど……、どこに行くの?」
教員室の机で、担任のロッテ先生が首を傾げた。
「王都ですわ。フェリスをわたくしの屋敷にご招待するんですの。あ、ついでにアリシアも来るみたいですわ」
「ついでってなにかしら……」
こわばった声で告げるジャネットに、眉を寄せるアリシア。
黒雨の魔女を捕まえるためだなんて言ったら外出を禁止される危険性があるから、フェリスも含めて三人とも緊張している。
「ふうん……招待ね……」
ロッテ先生はまじまじとフェリスを見つめる。
「ご、ごめんなさい!」
フェリスは思わず謝罪した。
「どうして謝るの?」
「え、えとっ、それはっ……ごめんなさい!」
正直すぎて隠し事が苦手なフェリスだった。
ロッテ先生は苦笑する。
「まあ……なんとなく分かったよ」
「え……」
アリシアは表情を曇らせた。
ロッテ先生が肩をすくめる。
「本当なら止めなきゃいけないんだろうけど、フェリスちゃんがついていれば大丈夫だろうし……、生徒の可能性を潰すのは教師の仕事じゃないし……先生は気づかなかったことにしておくね」
「……ありがとうございます」
頭を下げるアリシア。
「でも、これだけは約束して。フェリスちゃんの力が、王族、そして軍部の偉い人たちに知られないように注意すること。貴族にも……ううん、王都の住民にも、なるべく知られないようにして。そうじゃないと……、フェリスちゃんを利用しようとする人たちが出てくるから」
「わたくしが責任を持って守りますわ!」
ジャネットは胸を張って言い放つ。
「それと、王都に着いたら調査部隊のミランダちゃんに連絡を取るといいよ。あの子なら、いろいろと都合をつけてくれるから」
「はい! 行ってきます! お土産も見つけてきます!」
フェリスはぺこりとお辞儀して、元気良く教員室を飛び出した。