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ミイラ取り

 暗い、暗い深淵の洞窟に、足音が響いた。


 魔女が振り返ると、そこには頭巾を目深に被った男たちがいた。気色の悪い青ざめた顔で、唇が醜くつり上がっている。


 探求者たち――巷を騒がせる教団の、禁術に身を堕とした魔術師である。


「……誰かと思うたら、そなたらか。こんなところまで来て何用じゃ」


 魔女は顔をしかめた。


 魔術師は笑う。


「ちょっとした状況確認ですよ。最近、随分と派手に暴れ回っているようではありませんか……いろいろと、話を伺いたくてね」


「そなたらに話すことなどない。わらわは自分の好きにやるだけじゃ」


「ええ、もちろんあなたに余計な口出しはしませんよ……黒雨の魔女さん。ただ、あなたの封印を解いてさしあげたのは我々だということは、お忘れなきよう」


 媚びるような、脅すような、悪意に満ちたささやき。


「……無論、そなたらに報礼は用意する」


「ああ、お忘れになっていないようで良かった。まったく、心配しましたよ……あなたの行動が、ただ破壊しているようにしか見えなかったのでね」


 黒雨の魔女は鼻を鳴らす。


「ふん、そなたらの目は節穴か? わらわが呪いを振りまいた地点には、古くから王都の防御結界を維持している霊脈がある。そこを侵食して弱らせておかないと、あの宝庫には手を出せぬのじゃ」


 魔術師がすっと目を細める。


「ほう……それは初耳です」


 良いことを聞きました、と妖しく漏らす。


「では……くれぐれもお願いしますよ、あなたが集めた魔力、三割は我々が頂くとのお約束……」


「分かっておる。そなたらの腐臭は気に食わぬゆえ、さっさと消えるがよい」


「くく……どうもお邪魔をいたしました……」


 探求者たちはにやにやと笑いながら、洞窟から歩み去っていった。


 彼らが消えるのを待ち、黒雨の魔女はため息をつく。


 魔力で形成した仮初めの肉体――その手の平をたいまつにかざし、つぶやいた。


「もう少しじゃ……もう少しで、手が届く……わらわの……」


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 所変わって、魔法学校の図書館。


 魔女と探求者たちの密談が行われた洞窟とは大違いの、光と活気に満ち溢れたそのフロアで、フェリスはげんこつを握り締めた。


「よーし! 頑張って黒雨の魔女さんのこと調べますっ!」


「フェリス、やる気満々ね」


 微笑むアリシア。


「はい! ロッテ先生のこと、あんな目に遭わせて、他にもいっぱい迷惑かけて、黒雨の魔女さんはいけない人です! 急いで捕まえないと!」


「私も手伝うわ。とりあえず、黒雨の魔女の伝承についてざっと調べてみましょうか。それと、王国内の封印や遺跡についても調べた方がいいわね……魔女に会った祠のことが分かるかもしれないし」


「大調査ですーっ!」


 フェリスはわくわくしながらアリシアと一緒に本棚を見て回った。


 小さな体で大量の本を抱え、テーブルに置くと、椅子によじ登ってページをめくり始める。


 なぜか知らないが、知識というものにはものすごく惹かれる。その一つ一つを読む度、失われたなにかが自分の中に戻ってくるような充実感があるのだ。


 だが、先日の戦いで疲れていたのか。


 今日のフェリスは、本の半分くらいまで来ると、眠り込んでしまった。


 開いたページに腕を載せ、小っちゃな頭を載せて、すやすやと寝息を立てている。


「あらあら……フェリスったら……」


 アリシアは笑みを漏らした。


 消耗しているフェリスを、無理に頑張らせたくはない。起きるまで待っていようと思い、隣でフェリスを見守っていると。


「………………すう」


 アリシアまでも机に寄りかかって眠ってしまった。


 二人でお昼寝タイムである。


 周囲の生徒たちも、美しい生き物の寝顔を見られるのは眼福なので、特に妨害せず「ありがたや……ありがたや……」なんて思いで放置している。


 そして無限の時間が過ぎた……なんてことはなく、夕方近くになって、ジャネットが足早に図書館へ入ってきた。


「フェリス、アリシア! ここにいたんですの!? いつまで経っても帰って来ないから、心配したんですのよ!?」


 なんて声を荒げながら、フェリスのテーブルに歩み寄ってくる。


「ちょっと! どうして無視するんですの!? いじめですの!? ね、ねえ! わたくしのこと、嫌いになったんですの!?」


 半泣きでフェリスたちの顔を覗き込み、ようやく二人がお昼寝していることに気づいた。


「なるほど……そういうことですのね」


 合点はいくが、納得はいかない。フェリスとアリシアがもたれ合うようにしてお昼寝しているのも許せない。


「わ、わたくしだけ仲間はずれなんて許しませんわ!」


 そう言うと、ジャネットはよそから椅子を運んできて、無理やり二人のあいだに割り込んだ。もたれ合っている二人の体のあいだに、自分の体もねじ込む。


 右からはフェリスの可愛らしい寝息が聞こえ、左からはアリシアの素敵な香りが漂ってくる体勢。


 こうしていると、遠征のときのことを思い出す。


「ふぁ……なんだか……」


 眠くなってきてしまって、ジャネットはテーブルに倒れ伏した。


 三人でお昼寝タイムである。黙っていればアリシアに負けず劣らず美しいジャネットの寝姿に、周囲の生徒たちはよりいっそう感謝の心を強める。三人の寝姿をスケッチし始める者までいる。


 起こしてはいけない――特にジャネットは。


 なんて暗黙の了解が、司書の先生にまで浸透していく。


 そこへ、ロッテ先生がやって来た。やっと軍の病院での治療や事情聴取が終わり、フェリスにこの前のお礼を言いたいと思って探しに来たのだ。


 しかし、お目当てのフェリスは全力でお昼寝している。半開きになった小さな唇から、むにゃむにゃと愛らしい寝言が漏れている。


 三人とも、とんでもなく心地良さそうだった。


「……うん! これは先生も寝るしか!」


 ロッテ先生は決意し、ジャネットの隣で爆睡モードに入った。




 一方、校長室では。


「ぐう……ぐう……平和じゃのう……ブリンダ……」


 校長先生が椅子に反っくり返り、鼻提灯を膨らませてお昼寝していた。


 魔法学校の、うららかな昼下がりだった。

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