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ロッテ先生(前)

5月31日に発売された書籍版の2巻が、POSデイリー文庫13位にランクインしました! 本当にありがとうございます!

 魔法学校の職員室で、フェリスはロッテ先生からレポートの書き方を教わっていた。


「だからね……、こっちは絵日記、こっちがレポートなの。レポートでは、『楽しかったです』で締めくくるんじゃなくて、自分が考えたこととかをしっかり書くんだよ?」


 ロッテ先生はフェリスに見本を使って優しく説明する。


「なるほどお……わたしが書いてたのは『えにっき』だったんですね! ごめんなさい」


「謝らなくても大丈夫。フェリスちゃんは学校に慣れてないし、少しずつ覚えていけばいいんだよ」


「ありがとございます! 先生って、すっごく優しいです! わたし、大きくなったらロッテ先生みたいになりたいです!」


 フェリスは目をきらきら輝かせてロッテ先生を見上げた。


 無邪気なフェリスからそんな目で見られると、ロッテ先生はくすぐったくなってしまう。


「なんか、思い出すなあ。私も学生の頃は、フェリスちゃんと同じことを言ってたよー」


「ロッテ先生もロッテ先生みたいになりたかったんですか?」


 フェリスはきょとんとした。


「違うよ! 私は何人もいないよ! その頃、私のことをいっぱいお世話してくれた先生がいてね。その人に憧れて、私も先生になっちゃったの」


「なんていう先生ですか?」


「ブリンダ・ウィルト先生だよ」


「ウィルト……?」


 聞き覚えのある苗字だった。確か、校長先生もウィルトという苗字で呼ばれていた気がするフェリスである。ただし、名前は違ったが。


「その先生は、本当に生徒のことを考えてくれててねー、もう完璧な先生だったんだよ。生徒の未来のためなら、一人で大臣に喧嘩を売るくらいすごかったんだから」


「大臣に!?」


「うんうん。ブリンダ先生みたいに生徒のことを考えて生徒のために役立てる先生になるのが、私の目標なんだよ」


 ロッテ先生は珍しく熱っぽく語った。


 フェリスはまだまだロッテ先生のことをよく知らないけれど、優しいロッテ先生がそこまで憧れる相手なら物凄く素晴らしい人なのだろうと感じる。


「ふあー、わたしもブリンダ先生に会ってみたいです!」


「あはは、それはちょっと難しいかなあ……さすがのフェリスちゃんでも、ね」


「……………………?」


 少し哀しそうに微笑むロッテ先生に、フェリスは小首を傾げた。


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 一日の仕事が終わり、ロッテは魔法学校の校舎から教職員の寮へと帰っていく。


 しんとした夜道で思い出すのは、昼間にフェリスと話していたこと。


「私……、ブリンダ先生みたいな先生に……なれてないよね……」


 考えれば考えるほどに、足りていない部分が多すぎる。


 生徒の気持ちを理解できていないし、生徒のトラブルもちゃんと解決できていない。フェリスみたいに才能溢れる女の子を、どう指導していったらいいかも分からない。


「ブリンダ先生だったら……もっと上手くやるのに……」


 ロッテはため息を吐いた。


 普段は明るく振る舞っているだけに、いろいろと溜め込むタイプなのだ。同僚には優秀な教師がたくさんいるのに、ロッテは凡庸。生徒から好かれてはいるけれど、その好意に報いるだけのものを持っていない。


 どうしても、気分が沈んでしまう。そのせいか、新月の闇夜がいつもよりもっと暗く見えてくる。まるで、一歩先も見えないかのような……。


「そなた……闇を抱えておるな?」


 耳元で、ささやく声がした。


「え……?」


 ぎょっとして見やれば、漆黒に染まったような艶やかな女が、ロッテの目を覗き込んでいる。


「だ、誰……?」


「わらわには、ようく分かるぞ。そなたは妬ましいのだ……許せないのだ……自分の非力が、悔しくて仕方ないのだ……」


 その女は、魔術師の装束をまとっていた。けれど、最近は流行らない格式張った服装だ。そしてなにより異様なのは、彼女の全身に闇が絡みつき、雨のように滴っているということだ。


 一見して、尋常な人間ではない。


「なんなの!? 私になんの用!?」


 ロッテは飛び退き、鞄の中から戦闘用の杖を取り出そうと急ぐ。


 だが、そうするより先に、女がロッテに迫り、妖しくささやく。


「そう警戒するな……わらわはそなたの力になりたいのだ……誰よりもそなたを理解しているのだ……そなたは、本当はブリンダが恨めしいのだろう?」


「……………………!!」


 目を見開くロッテの体に、女の闇が流れ込んでいく。白い肌が、赤黒く変色していく。


 夜道にロッテの絶叫が響き渡った。


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 さがさないでください。


 そんな書き置きと共にロッテ先生が学校に来なくなってから、一週間が過ぎた。


 教室では今朝も、クラスメイトたちが不安そうにささやき合っている。


 ロッテ先生の行方については、田舎に帰ったのだとか、教職を辞めたのだとか、軍法会議にかけられたのだとか、自分探しに出かけたのだとか、とにかく種々様々な噂が飛び交い、憶測が憶測を呼んでいた。


「ロッテ先生……どうしちゃったんでしょうか……。もしかして、わたしが迷惑かけすぎてるせいでお仕事がイヤになっちゃったんじゃ……」


 不安がるフェリス。


「……大丈夫よ。あの先生に限って、そんなはずはないわ」


 アリシアがフェリスをなだめる。


 そのとき、教室にジャネットが慌ただしく駆け込んできた。


「フェリス! アリシア! 大変! 大変ですわーっ!」


 アリシアがたしなめる。


「どうしたの、ジャネット。あんまり走ると床が抜けるわよ」


「わたくしはそんなに重くありませんわ! 今朝、お父様からの手紙で知ったのですけれど、トレイユの近くの村で、変なモノが大きくなってるらしいんですの!」


「変なモノ?」


 フェリスがきょとんとする。


「そうですわ! そしてその変なモノは元々、ロッテ先生だったらしいですわ! 魔力汚染のせいでロッテ先生が進化したんですわ! 今は閉じこもって力を溜めているみたいですわ!」


 ジャネットは泡を食ってまくしたてる。


「まったく分からないわ。もっと落ち着いて説明して。ロッテ先生はなんになってしまったの?」


「マ、ママママママ、マユになっちゃったらしいですわ!」


「……まゆげ? ロッテ先生がまゆげになっちゃったんですか!?」


 フェリスはびっくりした。

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