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はじめてのおこづかい

 数日後。


 魔法学校に帰ったフェリスたちが教室でお喋りをしていると、ロッテ先生が近づいてきた。


 手には皮袋を幾つか持ち、にこにことしている。


「フェリスちゃん、アリシアちゃん、ジャネットちゃん。今日は三人に、いいもの持ってきたよ!」


「プリンですかっ!?」


 フェリスは目を輝かせた。


 以前、学生食堂に入ったメギドプリンの味が忘れられずにいたのだ。


「残念ながら、プリンじゃないよ。もっといいもの!」


「メロンパンですか?」


「メロンパンじゃないよ! もっともっといいもの!」


「プリンよりもメロンパンよりもいいものなんて、思いつかないんですけど……」


 フェリスは途方に暮れた。


「もう、どうしてよ」


 アリシアが笑みを漏らす。


 ロッテ先生は、皮袋をフェリスたちに差し出した。


「ほら、この前、みんながミランダちゃんのお仕事を手伝ったでしょ。その報酬が送られてきたんだよ」


「おきゅうりょう、ですか……?」


「そ。これがフェリスちゃんの分、これがアリシアちゃんの分、これがジャネットちゃんの分。なくさないようにね」


「あ、ありがとうございます……」


 配られた皮袋を、フェリスは開いた。


 中から現れたのは……何枚もの黄金色のコイン。


「ふわわわわわ……きんきらきんです!!」


 フェリスはびっくりした。


「フェリスちゃんたちのお陰で、すごいことが分かったみたいだからねー。ホントはもっと払いたいところだけど、フェリスちゃんのことを事務に報告はできないから、ミランダちゃんのポケットマネーで送ってきたみたいだよ」


「そういうことなら、わたくしがお父様にお願いしますのに……」


「まあ、いいんじゃないかしら。そんなに大金があっても使わないし」


 口を尖らせるジャネットを、アリシアがたしなめた。


 フェリスは皮袋を恐る恐るアリシアに差し出す。


「え、えと、これ……アリシアさんに……」


「ん? どうして?」


「わたし、いっぱいアリシアさんとアリシアさんのお父さんのお世話になってますし……ちょっとでもお返ししたいですし……」


「いいのよ、そんなこと。せっかく初めて自分のお金を稼いだんだから、フェリスの好きに使うべきだと思うわ」


 言い聞かせるアリシアに、ジャネットが首を傾げる。


「アリシアは初めてじゃないんですの?」


「ううん、私も初めて。なんのお洋服を買おうかしら!」


 珍しく浮き浮きしているアリシアである。


「自分の……好きに……」


 つぶやきながら、フェリスはじーっと金貨を見つめた。


 そして……。


「はむっ!」


 なんの躊躇もなく、金貨を口の中に頬張る。


「フェリス!?」


「フェリスちゃーん!?」


「なにをしてるんですのー!?」


 アリシアとロッテ先生とジャネットの三人が仰天する。いや、三人だけではなく、教室中の生徒たちが騒然となる。


「ふもも! ふもももも!」


「なに言ってるか分かりませんわ!」


「ふもふも!」


「いいから出しなさい! 早く出しなさい!」


 ジャネットとアリシアは大慌てでフェリスの口から金貨を引っこ抜いた。


 しょんぼりするフェリスに、アリシアは優しく言い聞かせる。


「フェリス、金貨は食べられないのよ?」


「でも、街でお店の人が金貨を食べているのを見たことが……」


「あれは本物かどうか噛んで確かめてるだけですわ! 食べているわけじゃありませんわ!」


「そうなんですね……ごめんなさい」


「謝らなくてもいいけれど……」


 アリシアは笑いながらフェリスの頭を撫でた。


 そしてふと隣を見やれば、ジャネットが目をぎゅっとつむり、唇を今の金貨に近づけていっている。


「ジャネット……?」


「きゃー!? ななななななんでもありませんわ! これは欲に目がくらんだだけですわー! 金貨はお返ししますわーっ!」


 ジャネットは真っ赤になった。金貨をハンカチで拭いてフェリスに手渡し、ハンカチをポケットにしまう。


「せっかくお小遣いがもらえたんだから、今日の放課後はみんなでお買い物に行きましょうか。どう、フェリス?」


「は、はいっ、行きますっ! お買い物、行きたいですっ!」


 こくこくとうなずくフェリス。


「あの……わたくしは……?」


 ジャネットはおっかなびっくり尋ねた。


 そんなライバルの姿が可愛らしくて、アリシアは頬を緩める。


「もちろん、三人で行きましょ。……イヤかしら?」


「イヤなわけがありませんわっ! 思いっきりおめかしして行きますわ!」


 ジャネットは手を握り締めて意気込んだ。


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「おっかいもの~♪ おっかいもの~♪ 初めてのおこづかいでおかいもの~♪」


 フェリスはうきうきと歌を口ずさみながら、商店街を歩いていく。


「フェリスったら、とっても楽しそうね」


 アリシアが笑った。


「はいっ! ろーどーのせーかです!」


 よく分かっていない様子のフェリス。


 一方、ジャネットは。


「ど、どうして二人とも制服なんですの……」


「ふえ?」


「学校から真っ直ぐ来たからよ? なにか問題あったかしら」


「ありますわよ! わたくしだけこんな格好だなんて、恥ずかしいじゃありませんの!」


 舞踏会にでも行けるような真紅のドレスで着飾ってしまっている。


「よく似合っているわ。ね、フェリス」


「はい! お姫様みたいです! つよそうです!」


 お姫様がよく分かっていない様子のフェリス。


「ううう……」


 ジャネットは頬を燃やして震えた。


 フェリスとショッピングに行けるというので気合いを入れすぎてしまったが、冷静になってみればこの服装は明らかに街中で浮いている。


 一度寮に戻って着替えたいが、フェリスを待たせたくはないし、行って戻ってきたら買い物が終わっている気がするので、ドレスの裾を掴んで頑張って歩くしかない。


「うーん、まずはなんのお店に行こうかしら?」


「わたし、雑貨屋さんを見てみたいです!」


「いいですわね。可愛い雑貨を探しますわよ!」


「わーい!」


 少女たちは手を取り合い、スカートを翻して、雑貨店に突撃していく。


「あ、これ可愛いです! これ買います!」


「はい、まいどありー!」




 雑貨店の次は、お菓子やさん。


「ふぁー! おいしそーです! 買います!」


「早めに食べるんだよっ!」




 お菓子屋さんの次は、アクセサリー店。


「綺麗な指輪ですー! 買います!」


「おじょーちゃん、目のつけどころがいいねえ!」


「これもこれも買いますー!」


「ありがとね!」




道を歩いていると、露天商から声もかけられたり。


「お嬢さん、この石を買わないかい? なんと、持ってるだけで幸せになれる石だ。特別に金貨五枚で……」


「買いますー!」


「それはダメですわー!」




 あっという間に金貨は減っていき、代わりにフェリスは山のような荷物を抱えていく。


 ジャネットがたじろぐ。


「フェ、フェリス……? ちょっと、調子に乗って使いすぎじゃありませんかしら? これじゃ、すぐにお金がなくなっちゃいますわ」


「で、でも、欲しいものたくさんありますし……」


 フェリスはつぶらな瞳を瞬いた。


「驚いたわね。フェリスって、あんまり欲しがらない子だと思っていたのだけれど」


 アリシアが肩をすくめた。


 ジャネットは腰に手を当て、人差し指を振りながら教える。


「フェリス、よろしいですこと? たとえお金があっても、無駄遣いはダメなんですの。そんなことでは、貴族も一代で家を潰してしま……」


「わー! お鍋がいっぱいありますー!」


 フェリスは目をきらきらさせて金物屋さんに走っていってしまう。


 結局、その日の数時間で、もらった報酬はすべて使い切ってしまったフェリスだった。


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 そして、翌朝の学校。


 教室にやって来たロッテ先生がフェリスに尋ねた。


「どう、フェリスちゃん? 昨日の報酬で、なにかお買い物はできた?」


「はい! これ、ロッテ先生に買ってきました!」


 フェリスはロッテ先生に真新しい杖を差し出した。


「え……、これ、先生にくれるの?」


「プレゼントです! いつもお世話になってますから! 初めてのおきゅーりょうは、お世話になってる人にプレゼントって、聞きました!」


「そっかぁ……ありがとね、フェリスちゃん。ちょうど、杖がボロボロになってきてたんだよー」


 ロッテ先生は目を瞬かせた。


 こんな小さな子からプレゼントされるのは気が引けるが、でも、フェリスが自分のために選んでくれたのが嬉しかった。


「ジャネットさんにもプレゼントです!」


 フェリスはジャネットに可愛らしい指輪を差し出す。


「わ、わたくしにも? ゆ、ゆゆゆゆゆ指輪を!? つまりプロポーズですの!?」


 ジャネットは指輪を受け取るなりぶっ倒れた。


 指輪を胸に抱き締め、


「なんて安らかな死に顔なのかしら……」


「死んでませんわっ!!」


 全力で否定する。


「みなさんにも、プレゼントです! お世話になってますから!」


 フェリスは大きな白い袋に入れたプレゼントを、うんうん言いながら引っ張ってクラスメイトたちに配っていく。


「わー! ありがとー!」「フェリスちゃんからのプレゼントなんて、一生の宝物にする!」「むしろ家宝だよ!」「生まれてきて良かった!」「くうっ、なんだか目から汗がっ」「ずっと見守ってた甲斐があったよ!」「この子はアタシが育てた……!」


 クラスメイトたちは大喜びである。


 フェリスにメギドプリンなどを与える(詰め込む)のも幸せだが、なにかをもらうのも幸せだと痛感し、涙を流している。


 もはやノリがクラスメイトというよりフェリスの親だった。


 そんな何十名もの親御さんたちのあいだを、フェリスはちょこまかと走り回ってプレゼントを渡していく。


 そして、最後にアリシアのところへ戻ってきた。


「いっぱい買い物をしていたのって、このためだったのね……」


 やっと合点がいくアリシア。無欲なフェリスが自分の買い物で浪費するなんて、おかしいと思ったのだ。


「は、はい。あの、アリシアさんにも、プレゼントです。すっごく、すっごく、お世話になってますから……わたしのこと、ゴミ箱から拾ってくれましたから……」


 フェリスはぷるぷる震えながら、アリシアに小箱を差し出した。


「なにかしら……」


 アリシアが蓋を開けると、小箱に入っていたのは……綺麗なペンダント。ペンダントの中には、フェリスが描いた絵が納められている。


 アリシアと、フェリス、ジャネットが三人で肩を寄せ合っている絵だった。


「ありがとう……大切にするわ」


 アリシアはペンダントをきゅっと握り締めた。


「でも、いいのかしら? 今見てた感じ……、昨日買ったものは全部配っちゃったみたいだけど……。フェリス、銅貨一枚も残ってないじゃない」


 ジャネットが目を丸くする。


「え!? 全部、プレゼントに使っちゃったんですの!? そんなの悪いですわ! これはお返ししますわ!」


「いいんです! わたし、やっとみんなに少しだけ恩返しできましたから! 喜んでもらえて、すっごく嬉しいです!」


 えへへー、とフェリスは幸せそうに笑う。


「もうっ! もうもうっ! フェリスはバカですわ! 大馬鹿者ですわ!」


「ふえ!? そ、そですか!? わたし、バカですか……?」


「ええ、そうね。本当に……」


 戸惑うフェリスを、ジャネットとアリシアはぎゅーっと抱き締めた。

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